2015年5月25日月曜日

執行官って何?

司法書士の岡川です。

裁判所には、主に民事執行手続において登場する「執行官」という公務員がいます。

裁判所法において、裁判官とか裁判所書記官とか裁判所調査官などと並んで、「各地方裁判所に執行官を置く」と規定されており、地方裁判所に所属している裁判所職員です。

何をする人なのかというと、裁判所法には「裁判の執行、裁判所の発する文書の送達その他の事務」を行うと規定されています。

さらに、執行官法には、
一  民事訴訟法 (平成八年法律第百九号)、民事執行法 (昭和五十四年法律第四号)、民事保全法 (平成元年法律第九十一号)その他の法令において執行官が取り扱うべきものとされている事務
二  民事執行法 の規定による民事執行、民事保全法 の規定による保全執行その他私法上の権利を実現し又は保全するための手続を構成する物の保管、管理、換価その他の行為に係る事務で、裁判において執行官が取り扱うべきものとされたもの
が執行官の職務とされています。
要するに「執行官がやると決められている事務が執行官の職務だ」とのことです。

なんか、こう見ると裁判所法のほうが具体的ですね。


執行官の具体的な仕事については、民事訴訟法だとか民事執行法だとかに書かれています。

まあ色々あるんですが、典型的には、民事執行手続(強制執行とか担保権の実行としての競売など)で、執行官が執行機関となっている手続(あるいは、執行機関である執行裁判所の補助として行う手続)があります。

執行官が執行機関となる(執行官に申し立てる)のは、例えば、動産執行だとか建物明渡執行とかですね。

金銭請求を認容する判決等の債務名義に基づき、債務者の動産を差し押さえて売却する手続は、執行官が行います。
債務者の家に入って行き、財産的価値のありそうな物に「差押」と書かれた紙(実際は「差押物件標目票」と書いています)をペタペタと貼り付けるお仕事ですね。

建物明渡執行は、家賃を支払わない居住者に対して建物明渡請求をして、その勝訴判決等に基づいて行うものです。
債務者の家に入って行って、債務者を追い出し、中の荷物を撤去するお仕事です(実際に荷物を運ぶのは業者が行いますが、それを指揮するのが執行官です)。

動産引渡執行というのもあります。
特定の動産(例えば貸していたパソコンとか自転車とか犬とかサルとかキジとか)を返せ、と請求(動産引渡請求)して、その債務名義を取得すれば、執行官に申し立てて奪い返してもらうことができます。


執行以外では、送達事務が執行官の仕事です。
これについては、次回書こうと思います。


実は、執行官というのは裁判所職員(公務員)でありながら、裁判官とか書記官とは違って独立採算制です。
利用者からの手数料が執行官の収入となるので、頑張れば頑張るほど所得が増えます。

なので、執行官の手続を申し立てるには、手数料と実費を予納しなければなりません(余ったら返してもらえます)。
執行費用は最終的には債務者持ちになりますが、実際には債権者が立て替えておかなければ手続が進みません。


裁判所の中(執行官室)にいるのですが、個人事業主みたいな感じですね。

ただ、完全な個人事業主と違って手数料は自由に決められません。
また、国から一定の収入が保証されてます(その額に達しなければ国から補助金が出るようです)。

なかなか特殊な公務員ですね。

では、今日はこの辺で。

2015年5月19日火曜日

担保権の実行

司法書士の岡川です。

以前紹介した強制執行というのは、債務名義に基づいて、自己の権利を強制的に実現させる民事執行手続です。
典型的には、まず訴えを提起して判決を得て、執行機関に申し立てて不動産を差し押えて競売にかけ、売却代金を未払債権の弁済に充てる…といった流れで債権を回収することになります。

これに対し、債務者から担保をとっていた場合、その中でも特に質権や抵当権といった物的担保(担保物権)を設定していた場合、債権回収までの流れを一部省略することができます。

「担保」は、前回書いたとおり、債務不履行に備えて債務の弁済を確保するための手段であり、「債務不履行に陥ったらいつでも売り払ってよい」といった合意の下に提供されているものです。
なので、実際にそれが可能な制度でなければ意味がありません。

そこで、担保権を有している債権者は、担保権それ自体の効力(換価権)に基づいて、目的物を換価することができるようになっています。
これを「担保権の実行としての競売」といいます。

「担保権の実行としての競売」も、強制執行と同じく民事執行手続の一種です。


例えば、あらかじめ債権者が債務者の不動産に抵当権を設定しておけば、わざわざ苦労して債務名義を取得しなくても、抵当権それ自体に基づいて差押えをすることができます(もちろんその後に競売することもできます)。
通常、抵当権は登記されていますので、申立時に必要な書類は登記事項証明書(登記簿謄本)で足りるわけです。

訴訟手続がまるまる省略できるわけですね。


強制執行としての競売も担保権の実行としての競売も、「債務不履行になったから財産を差し押さえて競売にかける」という点で共通していますが、前者が債務名義に基づくものであるのに対し、後者は担保権に基づくものであり、一応別の手続ということになります。


もっとも、実際の手続は類似しています(というか、強制執行の規定が多く準用されています)ので、同じようなもんといえば同じようなもんですね。


ちなみに、前回も書きましたが、人的担保に関しては競売(保証人を人身売買?)ということがありえないので、保証人から債権を回収しようと思えば保証人に対する債務名義を取得することになります。

では、今日はこの辺で。

2015年5月18日月曜日

「担保」って何?

司法書士の岡川です。

皆さん、「担保」(たんぽ)というものをご存じでしょうか。

担保とは、債務不履行に備えて債務の弁済を確保するための手段として債権者に提供されるもののことをいいます。
債権者があらかじめ担保を取っておくことで、仮に債務不履行になったとしても、その担保から債権(の一部)を回収することができます。

法律の世界では常識的に使われている概念ですし、金融にかかわっている人にとってもごく普通の用語だと思います。
一般にはどこまで浸透している用語なのかちょっと分からないのですが、例えば、住宅ローンなどで遭遇することがあります。

ドラマとかで「○○を担保にお金を借りた」みたいな台詞が出てくるから知っている人も多そうですが、日常会話の中で「今日ちょっと担保とってくるわ~」みたいに使われるほどありふれた用語でもありませんよね。


今日はそんな「担保」の話。

法的な意味での担保には、大きく分けて2種類あります。
すなわち、「物的担保」と「人的担保」です。

「物的担保」とは、特定の財産(物や権利)が担保になっているものです。

物的担保は物権の一種であり、これを担保物権ともいいます。

担保物権には色々な種類があり、そのうち民法に定めがあるものを典型担保物権、それ以外を非典型担保物権といいます。
典型担保物権のうち有名なのが質権や抵当権ですね。
これらはいずれも、当事者の契約で設定することになります(=約定担保物権)。

例えば動産(不動産以外の物。家具とか機械とか)に質権を設定する場合、債権者(質権者)にその動産を引き渡します。
債務者が債務不履行に陥ったら、債権者はそれを売って、その代金から優先的に債権を回収するわけです。

抵当権は、主に不動産などに設定されますが、担保を提供する側(債務者等)が自己の不動産に抵当権を設定しても、不動産を債権者(抵当権者)に引き渡す必要はなく、引き続き使用収益することができます。
銀行で住宅ローンを組んで家を買ったとき、住宅に住宅ローンの担保として抵当権が設定されます(抵当権設定登記がなされます)。
担保になってはいますが、所有者として居住することが可能です。

ただし、債務不履行に陥った場合、その不動産は売却されるので、その時には出ていかなければなりません。
債権者は売却代金から優先的に債権を回収することになります。


このように、担保の提供者が、資産価値のある「物」を債権者がいつでも売れる状態にしておき、実際に債務不履行になったら債権者がその「物」を売って優先的に債権を回収する。

大まかにいえば、担保物権のイメージはそんな感じです。


他方、「人的担保」というのは、保証人のことです(保証人の強化版である連帯保証人も含みます)。

保証人は、主たる債務者が債務を履行しない場合、代わりにその債務を負担します(保証人は、契約により保証債務を負います)。
物的担保が、担保の目的とした「特定の物」しか確保できないのと違い、人的担保では保証人の全財産を当てにすることができます。
保証人に資力がなければ意味がありませんが、保証人が十分な資産を持っていたら、強力な担保となります。

人的担保は物的担保と違って、主たる債務者が債務不履行に陥ったからといって「保証人を売り払って金に換える」ということはできません。
しかし、保証人も債権者に対して保証債務を負っているので、債権者は、究極的には保証人の財産に対して強制執行することも可能になります。
最悪の場合に差し押さえることができる財産が1人分増えるわけです。
もっとも、実際に強制執行するには、保証人に対する債務名義を取得する必要はあります。

このように、人的担保というのは、保証人に債務者と同じような責任を負わせる(金を借りたわけではないけど、返す義務を負わせる)ことで、債務の履行を確保する制度です。


まとめると、特定の「物」の財産価値を確保する(=いつでも売って代金を優先的に回収できる)のが物的担保、「人」の資力(その人の全財産)によって履行を確保するのが人的担保です。


何となくイメージできたでしょうか。

では、今日はこの辺で。

2015年5月12日火曜日

強制執行入門

司法書士の岡川です。

近代法秩序のもとでは、自己の権利を(強制的に)実現するにも法律に則った手続きをとらなければなりません。
これまで何度も書きましたが、自力救済禁止の原則ですね。

では、法律に則った手続きというのが具体的にどういうものかというと、まず「債務名義」という裁判所のお墨付きをもらい、その債務名義に基づいて強制執行をするという流れになります。
債務名義の典型例が「判決」であり(もちろん、敗訴判決ではダメですが)、他にも和解調書とか執行証書とかがあります。

相手に何かを請求するとき、裁判所に訴えて裁判(訴訟)手続に持ち込む、というのは、何となく皆さん知っていることでしょう。
訴訟のなかで主張が認められたら、裁判所に勝訴判決がもらえます。


と、ここまでは、よく知られている手続です。


ただ、これでは債務名義を取得しただけです。
訴訟に負けた相手が観念して債務を履行してくれればよいのですが、裁判所に言われたからといってそう簡単に言うことを聞いてくれる人ばかりではありません。

そうなると、いよいよ最終手段として、債務名義に基づいて強制的に権利を実現する手続きが必要になってきます。
これを「強制執行」といいます。


前置き終わり。

今日はその強制執行手続の話です。

強制的に権利を実現するとは具体的にどうするかというと、例えば金銭請求であれば「相手の財産を差し押さえて、お金に変えて取得する」とか、建物明渡請求であれば「建物の中の荷物を運び出して、相手も追い出す」といった感じです。
登記請求であれば、「相手の協力なしで登記を行う」ということもあります。


結構多くの人が、勝訴判決をもらった段階で安心して、「もし相手がいうことを聞かなければ裁判所が強制的に何とかしてくれる」と思っているようです。
しかし裁判所はそこまで親切ではありません。

訴訟手続と強制執行手続は、完全に別の手続で、実施機関も異なります(これを「判決機関と執行機関の分離の原則」といいます)。
執行機関が裁判所の場合であっても、判決手続(訴訟手続)とは実施する部門が異なるのです。

そのため、訴訟手続が終わっても自動的に強制執行手続が始まるものではなく、その手続を利用するかどうかは債権者に委ねられています。

当事者(債権者)が訴えを提起しないと訴訟手続が始まらないのと同じで、当事者(債権者)が強制執行したいと思ったら、自分で執行機関に申し立てる必要があります。

債務名義は、この申立ての時に使います(正本を申立書に添付して申し立てるのです)。


では、強制執行手続を行う「執行機関」ってのはどこかというと、執行の内容によって、執行裁判所の場合と執行官の場合があります。

例えば、金銭債権を有していて、債務者の財産(例えば不動産とか銀行口座とか)の差押えをしたいのであれば、地方裁判所に申し立てます。

ちなみに、大阪地裁の執行部門である第14民事部は、西天満にあるメインの庁舎(通常「大阪地裁」といえばここ)ではなくて、新大阪にあります。
大阪で強制執行の申立てをしようと思って、通常の大阪地方裁判所の建物に行っても「新大阪の庁舎に行ってください」と言われますので注意しましょう。


賃料を払わない賃借人をアパートから退去させる「建物明渡執行」とか、債務者の動産(不動産以外の財産)に対する強制執行(動産執行)の場合、執行機関は執行官なので、地方裁判所ではなく執行官に対して申し立てます。

執行官は地方裁判所に所属しているのですが、執行官が詰めている「執行官室」は執行部門とは全く別です。
なので、大阪地裁の執行官室は、第14民事部のある新大阪の庁舎にはありません。

なので、上記の失敗に学んで、「大阪地裁の強制執行手続は新大阪に申し立てるんだ!」と思って新大阪の建物に乗りこんでも、今度は「西天満の庁舎に行ってください」と言われますので注意しましょう。



なお、「少額訴訟に係る債務名義による金銭債権に対する強制執行」については、地方裁判所でなく、簡易裁判所の書記官に対して申し立てることもできます。
これを少額訴訟債権執行といいます。
裁判所と執行官以外が執行機関となる唯一の例外です。


とまあ、色々と書きましたが、とりあえず「強制執行手続は、訴訟手続とは別の執行機関に申し立てないと始まらない」ということを覚えておきましょう。

では、今日はこの辺で。