2015年8月27日木曜日

保険会社の「相互会社」ってどんな会社?

司法書士の岡川です。

日本生命が三井生命を買収するようです。

合併して日本三井生命になるとかいう話ではなく、日本生命が三井生命の株式を大量に取得して子会社化するようですね。

念のため、合併するのと何が違うのかについて軽く説明すると、合併というのは、例えば「2つの法人をくっつけて1つの法人を作る」といったものです。
一方が他方を吸収する形で合併する場合(これを吸収合併といいます)、吸収されたほうの会社が消滅します。

例えば、明治安田生命は、明治生命が安田生命を吸収合併してできたようなので、当時の安田生命は法人としては消滅しています。

今回のように、子会社化するだけの場合は、単に一方が他方の会社の株式を大量に保有して支配権を握るだけなので、法人としては両方存続することになります。


さて、このまま話が進めば、日本生命と三井生命が親子会社になります。

「三井と住友は仲良しなんやから、三井生命と住友生命で三井住友生命になったらええんちゃうの?」というのは素人考えです。

はい、素人は私です。

この日本生命と三井生命がタッグを組めば、第一生命を抜いて売上高で業界1位に躍り出ることができるという狙いがあってのことのようです。


ところで、あまりみなさん気にしていないかもしれませんが、日本生命の正式名称をご存知ですか。


日本生命保険株式会社?



実は、「日本生命保険相互会社」といいます。

株式会社ではなく「相互会社」という法人形態なのです。


「相互会社?何やそれ?」と思った方も多いかもしれません。
あまり見かけないですからね。

相互会社というのは、保険業を行うために設立できる特殊な形態の社団法人です。

実は、「会社」と名がつくものの、相互会社は会社法上の「会社」(株式会社や持分会社)には含まれません。
根拠法は会社法ではなく「保険業法」という法律(「保険法」ではありません)で、この保険業法に基づいて設立されます。

日本では、株式会社か相互会社のいずれかでなければ保険業の免許を受けることができないので、保険会社には、株式会社の保険会社と、相互会社の保険会社があることになります。


大手保険会社では、日本生命のほか、明治安田生命や住友生命も相互会社ですね。
他方、三井生命や第一生命は株式会社です。


相互会社については、会社法の規定が準用される個所も多く、株式会社と共通点も多い(例えば、取締役がいるとか)のですが、けっこう色々な違いがあります。

根本的な違いは、相互会社には「株主」がいないことですね。
そもそも、「株主」というのは株式会社の構成員のことですので、いなくて当然ではあります。
株主がいないので、当然ながら株主総会というものも存在しません。

株式会社では、出資者が出資に応じて「株式」を取得し、構成員である「株主」となります。
基本的には、1人1株ではなく、1人で1000株でも1万株でも取得できますので、別段の決まりがなければ、1000株の株主は株主総会で1000個の議決権を有していることになります。


これに対して、相互会社の構成員は、他の社団法人(一般社団法人とか公益社団法人)と同じく「社員」といいます。
復習ですが、この「社員」というのは「会社員」(会社の従業員)のことではなく、社団の構成員のことです。

では、誰が相互会社の社員になるかというと、それは「保険契約者」です。
保険契約者というのは、「保険料を払う人」(支払義務がある人)です。

つまり、「日本生命と契約して保険料を払う人」が日本生命の「社員」(構成員)だということになります。


株式会社の生命保険会社(例えば住友生命)では、会社の構成員は株主、保険契約者はお客様、という関係です。

しかし、相互会社では、保険契約者は単なるお客様ではなく、その会社の構成員となる。
これが相互会社の特徴です。

契約者同士の相互扶助で成り立っているのが相互会社だというふうに説明されます。


相互会社には、意思決定機関として株主総会の代わりに「社員総会」がありますが、ここでは1人1議決権です。
株式会社のように、「多く出資したからその分発言権も増える」ようなものではなく、1億円の生命保険に加入していようが、1000万円の生命保険に加入していようが、社員は皆平等に1個だけ議決権を持っています。

もっとも、実際には、保険契約者が何百万人も集まって1人1票で会議したら何も決まらないので、「総代会」という機関を別に設置することができます。
自分の利益を代弁する代表者(総代)を選んで、その人たちが会議で決めてもらう。
「選挙で選んだ国会議員に決めてもらう」という、間接民主制みたいなもんですね。



こういう仕組みの会社なので、相互会社に親会社というものは存在しません。
なんせ1人1議決権ですから、誰かが「相互会社の議決権の過半数を取得する」とかできないわけです。

逆に、相互会社が他の株式会社の親会社になることは可能です。
今回のように、相互会社である日本生命は、株式会社である三井生命の株式を取得すれば、親会社になることができるわけです。


では、住友生命も仲良く一緒に日本生命の傘下に入りたいと思えばどうすればよいか。
この場合、住友生命保険相互会社を住友生命保険株式会社に組織変更すれば、その株式を買い取ってもらうことができます。


つまり、「敵対的買収はされにくい」というのが相互会社のメリットです。

まあ、細かいところを見ていけば、色んな違いはあるのですけど、細かいこと気にしても仕方ないですしね。

というわけで、日本生命とか明治安田生命とかのパンフレット等を見たら、「相互会社」と書いてあるのを確認してみてくださいね。
確認してどうなるというものでもないですけど。

では、今日はこの辺で。

2015年8月24日月曜日

法律一発ネタ(その11)

司法書士の岡川です。

道路交通法の条文には「牛」と「馬」が出てきますが、道路交通法施行令の条文には「象」と「きりん」が出てきます。


では、今日はこれだけ。

2015年8月20日木曜日

高槻市の中1殺害(行方不明)事件

司法書士の岡川です。

中国の爆発事故、タイの爆発事件と並び、連日、高槻市の中学1年の女子生徒が殺害された事件が報道されています。

また、その女子生徒と一緒にいたと思われる男子生徒がまだ見つかっていないようです。
何かの事件に巻き込まれたことは、間違いなさそうです。
無事戻ってくるといいですが・・・。

夜に子供が出歩くと危ないというのは、常識的には分かっていても、実際には、そう頻繁に夜道で子供が殺されるような事件が起きているわけではありません。

なので油断しがちなのかもしれませんが、こういう凶悪な事件は、起きるときは起きるものです。

めったに起こらないけど、不幸にも起こってしまった悲惨な事件の教訓は、きちんと将来の防犯(教育)に最大限役立ててもらいたいですね。

とりあえず、夏休みだからといって野宿とかは考え直した方がいいかもしれない。
(大人でも野宿者が襲撃される事件が起きるのですから)


ところで、高槻ではしばしば色んなニュースがありますが、高槻はまあまあ広いし人口も多いので、必ずしもご近所の話ではありません。

なので、地元民である私も知らない場所が多いのですが、今回女子生徒の遺体が発見された番田というのは、枚方寄り(淀川挟んですぐ隣が枚方)の地域みたいですね。
 (ちなみに「枚方」の読み方は「ひらかた」です。)

被害者らの地元である寝屋川からも北上してすぐ近くですね。

京都に行くと言ってたみたいですし、ヒッチハイクでもしてたんかなぁ・・・。


では、今日はこの辺で。

2015年8月16日日曜日

性器切断事件の損害賠償額

司法書士の岡川です。

元プロボクサーで法科大学院生の男が、弁護士事務所に押し入って弁護士を殴り、枝切りバサミで性器を切断したという事件が報道されています。
事件の括りとしては単なる「傷害事件」ですが、その内容は想像したくもない凄惨なものです。

事件の背景に何があったのか分かりませんが、許されざる凶行であることは間違いありません。

詳しい情報も出てきていませんし、内容について論評するほど社会的な影響のある事件でもなさそうですが、少し気になったのが、この犯人の法的責任のところです。

とある弁護士の見立てによれば、
「刑事事件としては傷害罪で懲役3~5年、執行猶予もあり得ます。民事事件としては損害賠償700万円程度、慰謝料を含め1000万円程度じゃないですか」

とのことです。


うーん、それはちょっと軽すぎませんかね?


刑事事件の量刑相場についてはそれほど詳しくないのですが、感覚的には回復不能な傷害を負わせて執行猶予というのは軽すぎるように思います(なお、執行猶予が付くということは、懲役3年以下ということです。)。
もっとも、量刑相場は、一般的に感覚的なものより軽いことが多いので、実際にはそんなものかもしれません。


他方、民事責任が損害賠償額1000万円というのは、どうでしょうか。
少し検討してみましょう。

なお、これ以下は、事案の性質上、色々と直接的な表現が含まれますので、ご注意ください。

また、あくまでも一般論として検証するものであり、今回の事件で実際にいくらの賠償額になるかを算定できるわけではないのでご了承ください。


さて、「性器を切断」したということなので、これは後遺障害が残存していることになると思われます。

労災や交通事故で用いられる障害の系列でいえば、外生殖器は「胸腹部臓器」の系列に含まれます(障害の系列については、事務所サイト内の「障害の系列」を参照)。

故意不法行為の場合も、損害項目については交通事故の場合と基本的には同じように考えることができるので、「後遺障害による損害」が生じていることになります。

後遺障害による損害は、慰謝料逸失利益です。
これを算定するには、後遺障害等級何級に相当するのかをまず判定しなければいけません(等級認定の詳細については、事務所サイト「後遺障害等級の認定基準」を参照)。

そこで「性器の切断」ですが、「どこから切断されたか」が重要です。

例えば、陰茎部分を切断したということであれば、「陰茎の大部分を欠損したもの」ということができます。
これは、「生殖機能に著しい障害を残すもの」にあたり、自賠法における後遺障害等級9級17号(労災保険法における9級12号)の「生殖器に著しい障害を残すもの」に該当します。

自賠責基準でも、9級の後遺障害慰謝料は245万円です。
裁判基準でいけば、600~700万円程度になります。

逸失利益は、9級の労働能力喪失率が35%です。
被害者は42歳であり、67歳まで25年なので、ライプニッツ係数は14.094。
仮に被害者の年収が1000万円とすれば、

1000万×0.35×14.094=49,329,000円

逸失利益だけで約5000万円ですね。

これに、先ほどの後遺障害慰謝料のほか、治療費、傷害慰謝料、休業損害、といったものを加えると、軽く6000万円は超えそうです。


もし、陰茎部分のみならず、外生殖器の根元からざっくり切り取られていた場合は、「両側の睾丸を失ったもの」になり、これは自賠法における後遺障害等級7級13号(労災保険でも同じ)に該当します。

7級の後遺障害慰謝料は、自賠責基準で409万円、裁判基準だと1000万円程度です。

7級の労働能力喪失率は56%なので、逸失利益を計算すると、

1000万×0.56×14.094=78,926,400円

となります。
慰謝料やらなんやらを含めた損害賠償総額は、1億円近くになりそうですね。


ただし、逸失利益は、実際に労働能力を喪失したことによる減収を補填する損害項目です。
生殖器の喪失が直ちに減収につながるか、というと、これは裁判例では消極的に判断されています。

なので、結論的には、逸失利益の部分については否定されて、上記の金額からは大幅に下がる可能性が高い。

もっとも、逸失利益が否定される代わりに慰謝料額が増額される可能性は十分あります。
また、故意の傷害事件ですから、慰謝料などは、交通事故の場合の基準である上記の額よりも上乗せされることも考えられます。
そうすると、慰謝料はどれくらいですかね。
3割増しくらいにはなりますかね?

傷害慰謝料は、200万円程度だとして、これに3割増しした後遺障害慰謝料を加算すると、慰謝料部分は、ざっくり計算で、

9級だとすれば1100万円くらい
7級だとすれば1500万円くらい

が妥当なところでしょうか?
これに治療費とか休業損害とかも合わせれば、1500~2000万円くらいになるかもしれません。


ただ、交通事故の場合と違って、加害者側の賠償責任保険金が支払われることがありません。
そうなれば、損害額が1000万円だろうが1億円だろうが、被害者としては、加害者から賠償金を回収することは非常に困難でしょう。

基本的には、自身が加入する傷害保険等で補填することになると思われます。
あとは、犯罪被害者給付金の障害給付金を申請すれば、いくらかもらえる可能性がありますが…。


1億円の損害を負いながら加害者にお金が無いから賠償してもらえなくて、しかも犯人が執行猶予になったりしたら、被害者としてはやるせないですね。

犯罪被害者の救済制度の充実が望まれるところです。

では、今日はこの辺で。

2015年8月14日金曜日

条件と期限

司法書士の岡川です。

法律行為(典型的には契約)は、成立したからといって、必ずしも直ちにその効果が生じるわけではありません。
また逆に成立したからといって、永久にその効果が生じ続けるとも限りません。

契約の効力が発生する時期を遅らせたり、発生した効力を事後的に消滅させるとき、その「時期」を「条件」や「期限」といいます。
条件や期限は、法律行為の効力発生要件ともいわれます。

さて、条件と期限は、似ているようで異なるものです。
その違いは、「発生することが確実かどうか」にあります。

条件:将来発生するか否かが不確実な事実にかからせるもの
期限:将来発生することが確実な事実にかからせるもの

例えば、私と知人Aが、「私が高槻市長になった時に100万円あげる」という贈与契約をしたとします。
「私が高槻市長になる」というのは不確実な事実ですから、これは条件です。

他方で、私と知人Bが、「9月1日になったら100万円あげる」という贈与契約をしたとします。
「9月1日になる」ことは確実な事実ですので、これは期限だということになります。


条件も期限も更にもう少し細かく分類することができます。

まず条件については、停止条件と解除条件に分けられます。

停止条件は、契約の効力の発生に関する条件です。
「高槻市長になったら100万円あげる」というのは、100万円の贈与契約に停止条件を付けたことになりますね。
「効力発生が条件成就まで停止する」のであって、「発生している効力が停止する」わけではないので注意。

逆に、契約の効力の消滅に関する条件を解除条件といいます。
例えば、私と知人Cが、「Cに毎月100万円あげるが、私が茨木市長になったらやめる」という契約をしたとします。
この場合は、「私が茨木市長になる」ことは解除条件ということになります。

解除条件は「契約を解除するための条件」ではありません。
その事実の到来で当然に契約の効力が消滅する条件をいいます。


期限については、色々細かく分けることができます。

まず、確定期限と不確定期限。

「発生することも発生する時期も確定している事実」が確定期限で、「発生するのは確実だけど、それがいつになるのかわからない」のは不確定期限です。
「9月1日」というのは確定期限ですが、「私が死んだとき」というのは不確定期限です。

それから、期限も条件と同じように、効力が発生する時期なのか消滅する時期なのかで「始期」と「終期」に分かれます。
また、効力の発生時期を定めた「停止期限」と、履行請求できる時期を定めた「履行期限」に分けることもできます。



実際の契約では、条件や期限が付されていることは多々ありますし、契約以外の法律行為において、効力発生時期をずらすことはよく行われています。

実は、それが条件なのか期限なのか解釈に争いがある場面も少なくありません。
この違いは、請求する側とされる側のどちらに立証責任があるのか等、実務上は重要な意味を持っていたりします。


例えば、家賃を滞納している賃借人に対して、「8月31日までに1000万円支払ってください。期限までに支払がなければ賃貸借契約を解除します」という解除通知を出した場合、これは、「解除」という法律行為に条件が付いているのでしょうか?
それとも期限が付いているのでしょうか?


文言を素直に読めば、「『支払がないこと』を停止条件とする解除の意思表示」のようにも思えます。
ただそう考えると、「支払がないこと」を解除する側が立証しないといけないという不都合が生じます。

請求する側がそんな不合理な意思表示をするわけがないので、一般的には、「8月31日の経過をもって解除する。ただし、支払があったときはこの限りでない」というふうに、「8月31日」という期限(停止期限)が付されていると考えられています。

となると、請求される側で、「期限までに支払った」ことを証明しない限り、8月31日経過をもって契約が解除される(契約の解除の効果が生じる)ことになります。
というわけで、家賃を滞納している人は、契約を解除されたくなければ、全額支払ってから自ら支払ったことを証明しなければなりません。


解除と期限という概念は、実は法学部ではけっこう初めのほうに習うのですが、結構ややこしいのです

では、今日はこの辺で。

2015年8月7日金曜日

二重譲渡の話

司法書士の岡川です。

他人物売買」で書いた通り、日本では、自分の所有物だけでなく、他人の物を売ることができます。

それと似たような話ですが、ある1つの物を、複数人(2人でも3人でも)に売ることだってできます。
例えば、私が、自分の所有するパソコンを、知人Aに売ったあとで、さらに知人Bに売ることができるわけです。

これを「二重譲渡」といいます。

そしてこの二重譲渡は有効な契約になります。

二重譲渡がなぜ可能かというと、民法には「二重譲渡は無効」とは書いていないからですね。
それどころか、二重譲渡が可能であることを前提とした規定すら存在します。


ということは、他人物売買と二重譲渡を組み合わせれば、私は、高槻市役所の庁舎を勝手に橋下大阪市長に売り、さらに松井大阪府知事に売ることも可能なのです。

売買代金は、二回とも売主である私が総取りです。
素晴らしいですね。


さて、調子に乗って高槻市役所を売ると、高槻市役所で働いている友人に怒られそうなので、パソコンの事例に戻しましょう。

二重譲渡が可能となれば、知人Aも知人Bも「買主」です。
一物一権主義を思い出していただきたいのですが、一つの物には一つの所有権しか成立しないのが原則。

となれば、知人Aか知人Bのどちらに所有権が移転するのかが定まらなければいけません。

ここで出てくるのが、以前お話しした「対抗要件」です。

対抗要件とは、自分の権利を誰かに対抗(正当に主張すること)できるようになるための要件です。
契約が有効に成立しても、それだけで権利を正当に主張できるとは限らず、二重譲渡の場合がまさにその典型例です。

そこで、「先に対抗要件を具備したほうが第三者に自分の権利を主張できる」という話になります。


動産(動産とは「不動産以外の物」なのでパソコンは動産です)の権利移転の対抗要件は「引渡し」です。
なので、「先にパソコンの引渡しを受けたほうが勝ち」(完全に所有権を主張できる)です。

不動産の場合、対抗要件は登記ですので、「先に登記をした方が勝ち」ということになります。
土地とか建物は大きな買い物ですから、迅速・確実に登記をしなければならないのは、登記をせずに放っておいたら、二重譲渡されて第三者に対抗できなくなる可能性があるからです。


ちなみに、私はまず間違いなく高槻市役所から建物の登記名義の移転を受けることができません。
そうすると、橋下市長も松井府知事も、私から所有権移転登記をすることができません。

となると、橋下市長も松井府知事も対抗要件を具備していませんので、お互いがお互いに権利を主張できない(引き分けというか、宙ぶらりんの状態)という形になります。

ここでのポイントは、登記というのは「第三者に対する対抗要件」だということです。
私との関係では、有効に成立した契約に基づいて正当に権利を主張することができます。

よって、私は莫大な損害賠償義務を負うことになります。



とまあ、こんな具合に「二重譲渡はよくあることだよ」という感じで書いてきましたが、二重譲渡すれば、一般的には、売主には横領罪が成立することになります。
知人Aに売ったものを、勝手に知人Bに売って引き渡したら、本来であれば知人Aに引き渡さなければならない(知人Aのために預かっていた)物を勝手に処分したことになるからです。


最初に「二重譲渡は有効」とはいいましたが、「合法的にできる」とはいっておりませんね。
犯罪になる可能性がありますので、やめておくのが無難です。


では、今日はこの辺で。

2015年8月3日月曜日

占有権

司法書士の岡川です。

「物」に対する支配権である「物権」の中でも少し特殊なものに「占有権」(せんゆうけん)というものがあります。

「占有」というのは、物を実際に所持しているという事実状態をいい、この事実状態そのものに法的保護を与えたものが占有権です。
したがって、占有権は、他人の物(他人に所有権がある物)に対しても成立する権利です。

例えば、あなたが自分のパソコンを自分の部屋に置いていれば、そのパソコンの所有権も占有権もあなたにあると考えられます。

もし、そのパソコンが借り物だとすれば、あなたはパソコンの所有権は有していませんが、占有権は有していることになります。
当然ながら、あなたにパソコンを貸した友人がそのパソコンの所有権を失うこともありません。

ここまでは分かりやすいですね。


実は、ここからが少しややこしいのですが、友人があなたにパソコンを貸した場合、あなたにがパソコンを占有していることは間違いないですが、実はその友人も占有を失いません。

占有は「所持」という事実状態を保護するものですが、純粋な事実状態、つまり、手に持っているとか、自分の部屋の中に保管しているとか、物理的に支配している状態だけではなく、ある程度観念的な要素が含まれています。

他人に貸した物は、直接的にはその他人が所持していますが、同時に、その他人を介して所有者も間接的に占有していると考えられます。

これを「間接占有」とか「代理占有」といいます。

あなたがパソコンを実際に直接占有している一方で、パソコンの所有者である友人は、あなたを介して占有する。
パソコンに対しては二重に占有が認められることになります。


占有権は、所有権ほどではありませんが、それ自体が権利として一定の保護を受けます。
例えば占有を違法に奪われたりすれば、占有権に基づいて一定の請求(占有回収の訴え等)をすることができます。
これを「占有訴権」といいます。


大事なポイントですが、占有権は「占有から生じる権利」なので、たとえ所有者であっても、他人が占有している(他人に占有権がある)物を勝手に奪ってはいけません。
それをすると、その人の占有権を侵害する、違法な自力救済になる可能性があります。

自己の所有物を占有者から取り返したければ、きちんと法的な手続に則って、所有権に基づいた返還請求をしなければならないのです。
面倒ですが、法治国家なので仕方ありません。


「占有」「占有権」という概念は、色んなところで出てきます。
例えば、取得時効は占有が要件となっていますね。

「所持という事実状態を保護するものだ」といいつつ、「実は、所持といっても観念的なものだ」という、何ともややこしい概念ですが、重要なので覚えておきましょう。


では、今日はこの辺で。