2015年9月30日水曜日

「公務員」の意味

司法書士の岡川です。

前回の記事でチラッと書きましたが、「公務員」という語は多義的です。
「どこまでを公務員に含めるか」というところで、場面ごとに異なってくるのです。

「どう定義しても明らかに公務員」という人もいれば、ある場面では公務員だし、他の場面では公務員でないということもあります。
例えば、中央省庁の官僚とか市役所の常勤職員とか警察官とか登記官は、どう定義しても公務員といえるでしょう。

では、例えば裁判官は公務員でしょうか?
内閣総理大臣は?
国会議員は?
国立大学の教授は?


どの場面でも適用される「公務員」の意味を統一的に定義した法律はありませんが、広い意味では、「国や地方公共団体の公務を担当する者」の全体を差します。
立法、司法、行政を問わず、公務に従事する人は全て公務員です。

この意味では、官僚とか市役所の職員だけでなく、国会議員も裁判官も内閣総理大臣も公務員です。
これを、「広義の公務員」ということができます。

日本の最高法規である日本国憲法では、細かな定義話されていませんが、「国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」という規定があるように、国会議員も裁判官も内閣総理大臣も憲法尊重義務を有する公務員に含まれていることになります。


公務員を規律する法律でいうと、国家公務員法や地方公務員法という法律があります。
実はこれらの法律の適用対象となる「公務員」の対象は、「広義の公務員」より、もう少し狭くなります。

これは争いがあるところですが、例えば、国会議員は「国家公務員法における国家公務員」ではないという解釈が有力です。
国家公務員法は、「この法律は、もっぱら日本国憲法第73条にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定めるものである。」と規定しているのですが、憲法73条というのは内閣の職務に関する規定なのです。
であるなら、国会議員は内閣に属する「官吏」ではないでしょ、というわけです。

また、公証人は、法務大臣に任命されて法務局に所属し、公証事務という公務に従事しているわけですが、「国家公務員法における国家公務員」には該当しないと解されています。

これらを除く、国家公務員法や地方公務員法が適用される公務員を「狭義の公務員」ということができます。


また、国家公務員法や地方公務員法には「特別職」という規定があり、特別職公務員は、国家公務員法や地方公務員法に定める公務員ではありますが、これらの法律の適用外となります。
特別職には、国務大臣や裁判官、国会職員、裁判所職員などが該当します。


ところで、「公務員」について、具体的な定義をしているのは、刑法です。
刑法は、犯罪の成立に関わる法律ですから、罪刑法定主義の要請で、誰が公務員なのかできる限り明確に定めなければなりません(明確性の原則)。
ちなみに日本の法律で初めて「公務員」という用語が使われたのは刑法のようです(刑法は、日本国憲法より前、明治時代に成立しています)。

というわけで刑法7条の定義規定を見てみましょう。

第7条 この法律において「公務員」とは、国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。

このように、刑法が規定する「公務員」には、国会議員も公証人も国務大臣も裁判官も含まれています。
刑法が適用される「公務員」は、国家公務員法や地方公務員法が適用される「公務員」よりもだいぶ広いことがわかります。

条文の文言は、「広義の公務員」にそっくりですが、細かく読むと、「職員」となっています。
で、この「職員」には、用務員などのように「単純な機械的、肉体的労務に従事する者」は含まれないというのが判例・通説です。

刑法が想定するのは、公務執行妨害やら公文書偽造やら収賄罪に関わる場面なので、一定の地位にある者に限定しているわけですね。


では、国立大学の教授はどうでしょう。

実は、現在の日本の「国立大学」は、国立といいながら国が運営しているわけではありません。
国立大学を運営するのは、「国立大学法人」という法人です。

というわけで、国立大学教授は法人職員であって公務員ではありません。


他方で、同じ法人職員であっても、「独立行政法人」の中の「行政執行法人」の職員は国家公務員であると定められています。
行政執行法人というのは、国立公文書館などがこれに該当します。

同じ「国立ナントカ」の法人職員なのに、一方は民間人で、一方は国家公務員なのです。
ややこしいですね。


ちなみに実はもっとややこしいことに、国立大学法人法の19条には、国立大学法人の職員は、「刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。」という規定(みなし公務員規定)があるのです。
「みなす」というのは、「本当は違うんだけどそういうことにする」という意味ですね。

要するに、国立大学の職員は「国立の職員だけど公務員ではない。だけど刑法の適用では公務員と同じ」という立場にあります。

みなし公務員については、こちらの記事も参照。→「NTTの職員は「みなし公務員」なのか


以上、「公務員」にも色々あるというお話でした。


では、今日はこの辺で。

2015年9月22日火曜日

公証人

司法書士の岡川です。

公務員の中には、中央省庁や市役所に勤めている職員だけでなく、少し変わった立場の人がいます。
以前紹介した「執行官」というのも、裁判所職員(公務員)なのに国から給料をもらっていない(独立採算制)という特徴がありました。

今日ご紹介するのは、そんな執行官よりもっと特殊で、おそらく執行官よりは一般にもなじみがあるであろう「公証人」です。


公証人とは、公正証書を作成したり、私署証書や定款等に認証を与えたりする権限を有する公務員をいいます。

その身分や立場は「公証人法」という漢字カタカナ混じりの文語体で書かれた古い法律に規定されており、一般の国家公務員や地方公務員とは丸っきり異なっています。

まず、あまり知られていないかもしれませんが、公証人は法務局(地方法務局)に所属しています(公証人法10条)。
といっても、登記官みたいに法務局の中で勤務しているわけではなく、法務局に行っても公証人には会えません。

公証人は、別に「公証役場」という事務所を構えており、そこで執務を行います。
全国に500人くらい公証人がおり、公証役場は300か所くらいあるみたいです。


「そんな役場は見たことない」という方も多いでしょう。
「公証役場」は「役場」といっても、市役所や町役場みたいな庁舎があるわけでなく、多くは民間のビルの一室とかにあります。
なので、「役所」というより「事務所」といった方が近い。

例えば、私がよく使っている高槻公証役場は、「ミドリ芥川ビル」というビルの2階にあります。
高槻駅前の西武百貨店の近くですね。

1人または複数人の公証人と、公証人に雇われた事務員(公証人法上は「書記」といいます)が働いている個人事務所をイメージしていただ

くといいでしょう。

しかし、我々司法書士や弁護士のような民間の法律実務家(個人事業主)と異なり、法務大臣に任免されます。
公証人に任命される人の多くは、裁判官、検察官、法務省職員の出身者ですが、たまーに弁護士や司法書士出身者が任命される例がありま

す。
公務員ですから、任命権者である法務大臣の監督下にあります。


公証人の仕事は、冒頭に書いたとおり、公正証書の作成です。
公正証書は、遺言や契約書、離婚協議書などに使われます。
また、私文書として作成されたものに認証を与えたり、会社設立の際に定款を認証するのも公証人の仕事です。

法務局に所属してはいるものの、法務局の職員というわけではないので、国から給料はでません。
なので、公正証書の作成や定款認証等の際に客(「嘱託人」といいます)が支払った手数料が公証人の収入になります。

手数料の額は、公証人手数料令という政令で決められていますので、自由に決めることはできません。
この辺は公務員っぽいですね。


ちなみに「公務員」といっても多義的で、広義では、「国や地方公共団体の公務を担当する者」ということになります。
この意味において公証人は公務員であり、刑法や国家賠償法における「公務員」にも含まれます。

しかし、国家公務員法や地方公務員法における「公務員」には含まないと解されていますので、法務局(これは法務省の地方支分部局)に所属しているといっても、国家公務員法は適用されないのです。


ところで、「公証人」という制度は、世界的にみれば中世ヨーロッパあたりで発祥したものですが、日本では明治時代に司法書士・弁護士とともに、司法制度を支える職務として成立しました。
この辺の詳しい話はまたそのうち。

では、今日はこの辺で。

2015年9月15日火曜日

営利法人と非営利法人

司法書士の岡川です。

法人の分類として、「社団法人と財団法人」「公法人と私法人」を紹介しました(けっこう前に)。

今日は、「営利法人と非営利法人」について。

営利法人というのは、営利を目的とした法人のことをいいます。
ここでいう「営利」というのは、「金儲けすること」ではなく、法人があげた利益を、その構成員(社員)に分配することをいいます。

株式会社では、株式を購入して資金を提供した者が構成員たる株主となり、そうして集まった資金を基に事業を行って利益をあげます。
利益を法人が貯めこんでいても仕方ないので、その利益(剰余金)は、(設備投資等に回す分を除いて)株主に分配することになります。

株式会社は、本来的に、「資金を集めて利益をあげて、それを出資者(株主)に還元する」ことを目的とする法人ですから、典型的な営利法人であるということになります。

同じように、持分会社(合名会社・合資会社合同会社)も利益を社員に分配することを目的としている法人ですので、営利法人ということになります。


つまり、法人で利益をあげて構成員が儲ける(ことを目的とした)仕組みになっているのが営利法人であって、逆に、そうでないものを非営利法人といいます。

非営利法人には、公益社団法人、一般社団法人、学校法人、宗教法人、特定非営利活動法人などがあります。

収益事業をしているかどうかで区別するわけではありませんので、非営利法人でも収益事業を行うことはできます。
例えば、学校法人や宗教法人がお金儲けをしても別に違法ではありません。
それなりに資金を稼がないと、法人の運営ができませんから、非営利法人であっても何らかの収益事業を行うことはよくあることです。


事業の内容で営利性(営利法人が非営利法人か)が区別されるわけではありませんので、同じような事業を行っていても一方は営利法人でた方は非営利法人ということもあります。

例えば、銀行は必ず株式会社ですので営利法人です。
他方、信用金庫は非営利法人です(「信用金庫」というのが法人の種類です)。
信用組合や農業協同組合(JAバンク)も非営利法人です

生命保険会社でいうと、株式会社形態の第一生命は営利法人ですが、相互会社形態の日本生命は非営利法人です。

一般的に、病院を経営している法人の多くは医療法人という非営利法人ですが、薬局や整骨院は株式会社が経営していることも多いので、こちらは営利法人です。

一時期、「株式会社立大学」というのが話題になりました(今もいくつかあるみたいです)が、これは、非営利法人である学校法人ではなく、営利法人である株式会社が運営母体となる大学が作れるようになったということがポイントです。


ということは、法人の構成員というものが存在しない財団法人についえては、営利法人はありえないというのが一般的な理解です。

実は、「営利財団法人」という概念を認めるマニアックな議論もあるのですが、マニアック過ぎるので省略!

では、今日はこの辺で。

2015年9月5日土曜日

通貨偽造はとっても重罪

司法書士の岡川です。

千葉県の女子高生が、2千円札をコピーしてコンビニで使用したということで、偽造通貨行使の疑いで逮捕されたというニュースがありました。
この種の犯罪報道は、ちょくちょく出てきますね。

犯行態様が雑すぎますし、無知で軽率な高校生が軽い気持ちで行ったことだとは思うのですが、通貨偽造(偽造通貨行使も同罪)ってのは非常に重い犯罪です。


行使の目的で通貨を偽造した場合、通貨偽造罪が成立します。
この法定刑は「無期または3年以上の懲役」です。

これがどのくらいの罪かといいますと、「強制わいせつ致死傷」と同じです。
他には、「身代金目的略取(誘拐)」とも同じです。

さらに比較すると、無期懲役のない「傷害致死」や「強姦」よりも重い。


高校生がちょっと小銭が欲しいからって、軽い気持ちでその辺の子供を拉致して親に身代金要求したりしないでしょうけど、それをしたのと同じレベルの重大犯罪なのです。

3年以上の懲役が法定刑であるということは、その罪質が下限ギリギリ(懲役3年)に評価されない限りは執行猶予も付かないということになります。


なぜお札をコピーして使うのがそんなに重大犯罪なのか。

そもそも、お金(通貨)の価値というのは、専ら公衆の信用に基づいています。

通貨自体は、単なる紙切れです。
全面に絵柄が描かれてあるのでメモ用紙にも使えないし、その紙自体には、大した価値もないものです。

それなのに、2000円札が2000円の価値を有するのは、皆が「2000円札は2000円の価値があるもの」という信用があるからです。
2000円札が珍しいから2万円で買いたいという人はいるかもしれませんが、それは勝手にその人がその紙切れに2000円以上の価値を見出しているからであって、少なくとも、市場に出回れば2000円ポッキリの価値の物として扱われます。

確実に、額面通りの価値のものとして通用する、という信用に基づいて、通貨は取引手段として交換されており、これによって貨幣経済(もっといえば国家)が成り立っているのです。

ここに偽造通貨が紛れこむと、2000円札が必ずしも2000円の価値を持つとは限らなくなります。
2000円札は必ず2000円の価値を有する、という信用が失われてしまうと、取引手段として利用できなくなり、貨幣経済にとっては大問題です。


そういうわけなので、通貨偽造というのは、単に店に対して損害を与える犯罪ではなく、公衆に対する、社会的法益を侵害する犯罪として分類されるのです。
「偽札つかまされたコンビニに損害を与えた」程度の問題ではなく、国家レベルの問題になるわけですね。

なので、軽い気持ちでやって簡単に許されるような犯罪ではないのです。
時代が時代なら、斬首にされるレベルの凶悪犯罪です(本当です)。

良識ある皆さんは、通貨の偽造は、絶対にやめましょう。


では、今日はこの辺で。

2015年9月2日水曜日

東京五輪エンブレム白紙撤回

司法書士の岡川です。

東京オリンピック、もうグダグダですね。

新国立競技場に続き、エンブレムまで白紙になりました。


問題のパクリ疑惑ですが、実際にベルギーの劇場のロゴを参考にしたかどうかは本人にしかわからないところですが、仮に「参考にはしていない」といわれても、それはそれで「あり得る」と私は考えています。

というのも、ベルギーのロゴ自体、3つの要素の組み合わせというシンプルなデザインで、アルファベットの「T」と「日の丸」(これは右上の赤いやつではなく、64年のロゴのオマージュとして裏の空白部分に表現された大きな円)を組み合わせれば「ああなってしまう」というのは、(必然ではないですが)辿り着いてもおかしくない選択肢の一つと考えられるからです。

「右下の三角形は、『L』の切れ端じゃなければ何なのか?」という意見もありますけど、円を表現しようとしたらあそこに何か(余計なものが)必要なわけです。
迷走の果てに、何かが残ったのでしょう。

なので、ベルギーの劇場のロゴのように、かなりシンプルなデザインと「結果的に似てしまう」ことは十分ありうると思いますし、右上の赤い日の丸の存在もありますから、「似てるとしても別モノ」という主張もアリだと思うわけです。

結局のところ、シンプルなデザインで何かを表現しようとする人たちの宿命なのかな・・・と。

その後、審査段階での修正過程が出てきて、右下のアレも「円の一部」だということがよりハッキリしました。
なので、やっぱり「パクリでなくても、有り得る」デザインだといえます。
(もっとも、修正段階の案は、『T』の要素がどこにあるのかサッパリわからないですが…)

個人的には、右下のアレは、「迷走の果てに残された何か」なのだろうと思いますし、デザインの専門家からすれば、そこに芸術的な何かを見出すのかもしれませんが、いずれにしてもベルギーの『L』と無関係に存在しうる。


まあ、もちろん、本当にパクリだったかもしれないですけどね。


で、これだけならまだいいんですけど、原案デザインも一緒に出ました。
今話題の、「ヤン・チヒョルト展」のポスターにクリソツだというあれですね。

これ、「似ている」ってのはもちろんですが、そもそもの問題として、ここから最終デザインまでの継続性がなさすぎませんかね?

赤い円以外の全てが直線で構成されており、裏に隠された「大きな日の丸」というオマージュ要素がどこにもない。
こうなると、それこそ原案と最終案は「コンセプトが違うから別物」ということになるんじゃないでしょうか。


そして、原案自体も「ヤン・チヒョルト展」のポスターにそっくりですし、また、(あまり指摘されてないように思うのですが)パラリンピックのほうのエンブレムが「ヤン・チヒョルト展」のポスターの「J」と、パーツが同じです。

それに加えて、過去の作品の数々のパクリ疑惑と、決定打となった展開例の写真の明らかな無断流用。


仮に、真実としてエンブレム自体が「パクリではない」としても(その可能性はありうると思う)、もう、ここまで数々の疑惑が出てしまうと、理解を得るのは難しい。


実際に盗作なのかは、究極的には本人しかわかりません。

本人しかわからないことで第三者が結論を出すわけですから、信用できるかできないか、納得できるかできないかの問題になります。
他人の作品の流用が常態化していた中で、「今回は自分のオリジナルです」と言っても誰も信じないし、納得しない。
あらゆる反論がもう社会的には通用しないでしょうね。

これが刑事訴訟であれば、「疑わしきは被告人の利益に」の原則により話は違ってくるかもしれませんが。


というわけで、色々ごちゃごちゃ感想を書きましたが、あれはエンブレムには相応しくないという判断は妥当だと思います。

「パクリじゃないなら取り下げる必要がないはずだ」という意見もありますが、「真実は何か」を探り当てて解決する問題でもないとこまできましたので、仕方ないでしょう。

もちろん、「これが著作権侵害がどうか」というような法的な問題は別ですよ。


新しいエンブレムは、少なくとも「シンプルなデザイン」はやめた方がいいですね。
たぶん、どこかに似たようなデザインはあるはずだから・・・。


では、今日はこの辺で。