2015年11月29日日曜日

公示による意思表示

司法書士の岡川です。

被告の住所がわからず、訴状など裁判所の手続きに必要な送達ができない場合は、裁判所書記官に申し立てることで「公示送達」をすることができます。
これは、基本的には訴訟において使う制度ですので、民事訴訟法に規定がありますが、訴訟以外の裁判手続(強制執行とか)においても準用されます。


ところで、裁判手続ではなく、個人的な意思表示を相手に届けたいのに相手の住所がわからなくて困るということもあります。

例えば、契約を解除する場合は、契約の相手方に解除の意思表示をしなければなりません。

ところが民法には、「隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。」とあります。

目の前に相手がいれば、その場で「契約を解除する」と告げればそれで意思表示の効力が生じますが、そうでなければ相手に到達しなければ意思表示の効力が生じない。
そうすると、相手がどこにいるか分からなければ意思表示を到達させることができず、いつまで経っても意思表示の効力が生じないことになります。

契約の解除も意思表示ですので、解除の意思表示を到達させることができないと、いつまでたっても契約は解除できません。


そこで、あまり知られていませんが、民法には、実は「公示による意思表示」という制度が規定されています。
「意思表示の公示送達」ともいいます。

民法98条1項には、「意思表示は、表意者が相手方を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、公示の方法によってすることができる。」とあります。
具体的には、98条2項以下に規定されているのですが、基本的には民事訴訟法の公示送達の規定に従うことになります。

実体法である民法に手続法の規定がある例のひとつですね。

公示により意思表示をしたい場合、民事訴訟法上の公示送達と同様に裁判所に申し立てます。
管轄は、相手方の最後の住所地を管轄する簡易裁判所です。

この申立てが認められた場合、裁判所の掲示板に掲示し、かつ官報に掲載されることになります。
そして、民事訴訟法上の公示送達と同様、2週間後に意思表示が相手に到達したみなされることになります。


なお、条文上は「公示による意思表示」とありますが、実は、厳密にいうと「意思表示」ではない行為でも利用できるとされています。

例えば、債務者に対する「意思の通知」である「催告」や、債務者に対する「観念の通知」である「債権譲渡通知」などは、意思表示ではなく講学上「準法律行為」といわれていますが、準法律行為でも公示による意思表示が可能なのです。


ちなみに、訴状を公示送達した場合、その訴状の中で意思表示(例えば契約の解除)をしていたら、その意思表示も相手方に到達したとみなされます。
なので、実務上は、裁判をする場合は、あえて別途公示による解除の意思表示をすることなく、訴状中で解除の意思表示をした上で訴状を公示送達するという方法がよく行われますね。


ついでなので、専門的な話としては、「公示による債権譲渡通知」なんてのはあえてやらなくても、いきなり訴え提起して大丈夫だったりします。
債権譲渡通知したことは請求原因ではなくて、債務者側の抗弁になるからですね。

簡裁訴訟代理等関係業務認定考査を受ける新人司法書士の皆さん、ここは試験に出ますよ!


では、今日はこの辺で。

2015年11月21日土曜日

訴える相手の住所がわからない場合

司法書士の岡川です。

訴えの相手方(被告)が意図的に訴状を受け取らないとどうなるか、という話を以前書きました。
結論的には、実際に相手がそこに住んでいることが間違いないのであれば、訴状を受け取らなくても、「受け取ったことにする」という制度があります(付郵便送達)。

ただ、そもそも「被告がどこに住んでいるかわからない」場合も、やはり訴状を送達することができませんし、この場合は書留郵便で送ることもできません。

本当に最初からどこの誰か分からない人物を相手に訴えを提起することは難しい(その場合も、方法が無いこともないのですが)としても、どこの誰だかは分かっているが、いつの間にか居場所が分からなくなってしまったということもあります。

例えば、夜逃げしてしまった賃借人に対する建物明渡請求をする場合どうするんだ、という話ですね。


このような場合も、基本的には原告の側で調査をしなければなりません。
例えば、相手の住民票を取るとか、知っている最後の住所地の状況を確認する等です。
現地調査としては、近所の人に聴き取りをしたり、外観を写真に撮ったり、郵便受けを調べたり、ドアポストから中を覗いたり、各種メーターの動きを見たり、と、色々と不審人物…もとい探偵みたいなことをやりますので、結構大変です。


このように、きちんと調査してもなお送達先が分からない場合は、「公示送達」という方法があります。
調査報告書をつけて申立てをして、裁判所書記官が認めてくれれば、公示送達をしてくれます。


「公示」というのは、広く一般に示すことをいいます。
つまり「公示送達」とは、裁判所の掲示板(裁判所の廊下とかにあります)に貼り出す方法により送達することをいいます。

もちろん、訴状をそのまま掲示板に貼るわけにはいきませんので、「裁判所で訴状を預かってるから取りに来い」という内容の書面が貼り出されます。

そして、掲示板に貼り出して2週間経っても被告が取りに来なければ(まあ、普通は取りに来ることは無いんですけど)、それで送達したことになります。
訴状を送達したことになれば、その後は普通に審理が開始されます。


公示送達で訴状が送達された場合、被告の反論の機会を奪うことになるので、「擬制自白」が成立しないことになっています。
擬制自白とは、「相手が反論しなければ、こちらの主張を認めた(自白した)ことになる」という制度でしたね。

しかし、きちんと原告側で証拠をそろえて立証ができていれば、相手の擬制自白が成立しなくても請求が認められることになります。
証拠をそろえて訴えを提起していれば、即日結審して、勝訴判決が出ることになるでしょう。

しかもこの場合、裁判官は正式な「判決書」を作成せず、調書に判決内容を記載して判決を言い渡すことになります。
これを調書判決といいます。
調書判決も、効果は普通の判決書と同じです。


このように、公示送達が終われば、後の手続きはチャッチャと終わるのですが、公示送達にするまでが現地調査等で時間がかかります。


公示送達による裁判は、ほぼ確実に欠席裁判になるので、和解の余地はありません。

もっとも、「とにかく判決さえとれば後は何とかなる」ような場合(例えば登記請求訴訟とか明渡請求訴訟とか)や、「とりあえず先に判決だけは取っておきたい」ような場合には使える制度です。

こういう制度もあるので、相手の居場所が分からなくても諦めないでくださいね。


(>実務家のみなさん)公示送達については、『建物明渡事件の実務と書式〔第2版〕』の257頁以下参照ですよ!(宣伝)


では、今日はこの辺で。

2015年11月12日木曜日

大麻を吸引した小学生の罪

司法書士の岡川です。

小学6年生の男子児童が大麻を吸引して警察に事情聴取されたという驚きのニュースがありました。
しかも、その児童の兄である17歳の高校生が所持していた物を吸引したというのだから、さらに驚愕です。

大麻は、「大麻取締法」という法律によって、その取扱いが規制されています。
そこでは、大麻の所持や譲渡・譲受等が犯罪として禁止されておりますので、この兄が同法違反で逮捕されたようです。


では、発端となった男子児童の罪はどうか。
色んな意味で罪に問われることはなさそうです。


まず、大麻取締法は、大麻の吸引(使用)を禁止する規定はありません。
つまり、大麻の吸引は違法ではないのです。

麻薬や覚せい剤と違って、大麻だけ使用を禁止されていない理由は色々あるようですが、一般的にいわれている説明は次のようなものです。
すなわち、そもそも大麻草は古来より普通に栽培され、利用されていた植物で、かつ、現在でも自生している上に、麻の実などで食用として使われています。
そのため、たとえ体内から成分が検出されたとしても、規制された部位を吸引などで濫用したのか、そうでない(取締対象になっていない部位を食べたり、大麻草が自生している場所を野焼きした際の煙を吸引したり)のかの区別がつかないという理由のようです。

わかったようなわからないような理由づけですが、少なくとも立法の経緯としてはそういう理由があるらしいです。


とはいえ、所持や譲受が禁止されていますので、普通は吸引してるなら所持罪で捕まるわけですが、本件のように「兄の部屋にあったのを勝手に吸った」となれば、譲り受けてもいませんし、所持もしていませんね。
なので、何も法律に違反する行為をしていないことになるわけです(吸引だけであれば)。


さらに、小学6年生といえば、11歳か12歳です。

14歳未満の少年については、刑事責任を問われません。
刑法41条に「14歳に満たない者の行為は、罰しない。」という規定があるからです(14歳未満を「刑事未成年」ということもあるのですが、私はこの表現があまり好きではありません)。

つまり、仮に男子児童が嘘をついていて、本当は兄ではなく自分が大麻を所持していたとしても、14歳未満なので犯罪は成立しないことになります。


ということで、この男子児童には(法律上)何の罪もないことになります。
悪いのは全部兄。


とはいえ、ここで考慮しないといけないのは大麻取締法や刑法だけでなく、少年法。

少年法で対象になっている「非行少年」とは、必ずしも「罪を犯した少年」(犯罪少年)に限られませんでした(参照→「少年法が対象とする少年」)。

本件の男子児童は、14歳未満なので「犯罪少年」ではなく、仮に大麻を所持していた等の事情があれば「触法少年」になり、そうでなくても、「虞犯少年」となる可能性があります。

犯罪少年は、原則としてすべて家庭裁判所に送致される(全件送致主義)のですが、今回は犯罪少年ではないので、そのルートではありません。

非行少年を発見した警察官は、原則的には家庭裁判所に通告することになるのですが、虞犯少年の場合、それよりも「児童福祉法 による措置にゆだねるのが適当であると認めるとき」は、家庭裁判所ではなく、児童相談所に通告するというルートがあります(少年法6条2項)。

その後は、児童福祉法に基づく措置がとられることになります。


ちなみに、兄の方は「犯罪少年」ですので、こちらはこちらで、少年保護事件として扱われることになります。


ここでみてきたとおり、大麻はいわゆる「違法薬物」のひとつではありますが、今この男子児童(と、場合によってはその兄も)に必要なのは、刑罰ではなく、教育と矯正ということになります。


では、今日はこの辺で。

こちらの記事も参照→大麻の法規制

2015年11月6日金曜日

相続と遺贈

司法書士の岡川です。

「死んだ人の財産を承継する制度を何というか」というと、一般的には「相続」なのですが、相続とは、死んだ人と一定の親族関係にある人(相続人)がその財産を包括的に承継する制度です。

これに対し、死ぬ前に遺言を書いていれば、その相続人以外の人に遺産を承継させることもできます(参照→「遺言のススメ」)。
これも、「死んだ人の財産を承継する」ことになりますね。

ただし、この場合、親族関係を理由として財産関係が移転するわけではありませんので、これは実は相続ではありません。
たとえ遺言であっても、自分の法定相続人以外の人を「相続させる」ことはできないわけです。

では、これを何というかというと、「遺贈」(いぞう)といいます。
遺贈をうけた人(財産を取得する人)を、「受遺者」といいます。


相続と遺贈は、似て非なるものなので、色々と違いがあります。

相続は、相続人が被相続人の地位を包括的に(一切合切)承継するわけですが、遺贈は、当然ですが遺言で書かれた範囲しか承継しません。
例えば、「誰誰にどこそこの土地を遺贈する」というふうに、特定の財産のみを遺贈することも可能です。
これを特定遺贈といいます。
逆に「誰誰に私の遺産を全て遺贈する」とか「私の遺産の3分の1を遺贈する」というふうに、何らかの財産を特定することなく、包括的な(全部、あるいは割合的な)遺贈することも可能です。
これを包括遺贈といいます。

包括遺贈の場合の受遺者(包括受遺者)は、「相続人と同一の権利義務を有する」と定められていますので、包括遺贈には相続の規定が適用される場面も少なくありません。


また、特に不動産登記の場面では、手続面で大きな違いがあります。

例えば、相続登記というのは、相続人が単独で登記申請することができます。
「単独」といっても、相続人複数で共有名義にするような場合は、もちろん共同相続人らが協力して申請しますが、ここでいう「単独で」というのは、「所有権を取得する人(たち)だけで」という意味です。

しかし、遺贈の場合の登記申請、単独申請ではありません。
売買で所有権移転(いわゆる名義の書き換え)をする場合に売主と買主が共同申請するのと同じく、遺贈の場合も共同申請となります。

誰と誰の共同申請かというと、一方が受遺者なのはいいとして、もう一方は、遺贈者の相続人です(遺贈者自身は既に死んでいるので)。
相続人に協力してもらわないといけないので大変ですね。
もっとも、遺言執行者がいる場合は、遺言執行者と受遺者の共同申請になりますので、「相続人と受遺者が揉めて登記手続が進まない」という事態にならないよう、遺言執行者を指定しておくのも効果的です。


それから、細かい話ですが、相続と遺贈では登記申請にかかる登録免許税の額も違います。
相続の場合は、課税標準額の1000分の4ですが、遺贈の場合は(売買や贈与と同じく)1000分の20になります。


他にも相続と遺贈とでは色々と違いがあります。
遺言を作成するとき、あるいは、遺言書が見つかったときは、気を付けてください。

では、今日はこの辺で。

2015年11月4日水曜日

仮登記

司法書士の岡川です。

物権変動を公示するための制度である不動産登記。

不動産登記では、権利変動があって登記申請に必要な書類もそろっている場合になされるのを「本登記」といいます。
要するに、本登記ってのが「普通の登記」ですね。

実はそれだけでなく、「本登記をするだけの要件が整ってないけど、仮に登記しておく」という方法があります。
これを「仮登記」といいます。

登記の予約みたいなもんですね。


といっても、「とりあえず隣の家の土地の名義を自分に移転する仮登記をしておこう」みたいに、何でもかんでも仮登記ができるわけではありません。

仮登記ができる場合としては、例えば、「売買契約は成立して所有権移転したけど、権利書が見つからない」というような、「実体としてはいつでも登記できる状態になってるけど、登記に必要な書類がそろわない」といったパターンがあります。

他には、「停止条件付の売買契約を締結したけど、条件が成就していない」といった場合。
つまり、「権利を移転させる契約は成立してるけど、まだ権利が移転していない」ようなパターンですね。


どちらも、将来的には本登記がされることになるでしょうが、登記というのは、基本的に「早い者勝ち」なわけで、全部の要件が完全に整うまで待っていると、その間に他の人に名義を書き換えられたり、担保に入れられてしまう可能性もあります。

二重譲渡されると先に登記をした方が勝ちなので、先に契約していても登記がなければ負けるわけです。

色んな事情があって、登記をすることができないとき(これは、権利変動が実際に起こっていないこともあれば、書類が足りないこともある)、何らの救済手段もなく第三者に負けるのでは、すこし権利者に厳し過ぎるといえます。

なので、上記のような一定の場合については、「仮に」登記をしておいて、後から(条件が整えば)本登記をすることができるようになっています。


もっとも、仮登記は「仮」のものなので、それだけでは第三者に対抗することはできません(「対抗力」は無い)。

しかし、仮登記は、登記の「順位」を保全(お取り置き)する効果があります。
これを「順位保全効」といいます。

つまり、先に仮登記さえしておけば、「その順位で」本登記をすることができるわけです。
本登記をした段階で、「仮登記がされた時点」より後に出てきた第三者に対しても対抗可能になります。
便利ですね。

仮登記には、担保としての使い方もありますが、それはまた後日。

では、今日はこの辺で。