2016年6月28日火曜日

「弁護士VS司法書士」最高裁判決のざっくりとした解説

司法書士の岡川です。

一部業界で注目の「和歌山訴訟」の最高裁判決が出ました。
なぜ和歌山訴訟というかというと、第一審が和歌山地裁の事件だから。

この事件、厳密に詳しく解説すると非常に複雑な上に、一般の方にとっては日常生活に何の影響もないものですので、ざっくり解説していきますね。


事件の要旨は、「認定司法書士が債務整理において代理できる範囲はどこまでか」という点が争われた事件で、結論からいうと最高裁が司法書士の業務範囲を狭く解釈した、というお話。


別に日弁連が日司連を訴えたわけじゃなくて、「とある債務整理の依頼者が、とある司法書士を訴えた」という個別の事件なわけですが、そこでの争点は日弁連と日司連の見解の対立が根底にあったので、双方の業界が代理戦争やってたようなものです。

さて、では、どんな事件だったのか。

認定司法書士は、紛争の目的の価額が140万円以下の事件について、裁判外での和解交渉ができます。
逆にいえば、その金額を超える紛争では、代理人となることができないのです。
ここで、何をもって「紛争の目的の価額」とするかが問題になります。


貸金返還請求事件とか、建物明渡請求事件とかであれば簡単です。

貸金返還請求なら、請求する金額が紛争の目的の価額。
建物明渡請求事件なら、明渡しを求める部分の評価額の2分の1が紛争の目的の価額になります。


これに対して、債務整理事件というのは特殊で、依頼者は貸金の返還を請求する側ではなくて、債務の減額とか分割弁済をお願いする側。
しかも、債務整理事件の特色として、一社ではなく、複数の会社に対する債務の処理について依頼を受けることが少なくない。


司法書士側は、まず前者の争点について、「依頼者が利益を受ける額」が紛争の目的の価額だと主張しました(というか、実務では、日司連の見解として今までずっとそうしてきました)。
これを、「受益額説」といいます。

どういうことかというと、例えば150万円の債務があったとして、20万円の減額を求める場合は、依頼者にとっては20万円だけを争う(主張が最大限認められて得られる利益は20万円)わけなので、この20万円が紛争の目的の価額だということですね。

この場合、仮に裁判所に特定調停を申し立てるとすれば、債務が150万円であったとしても、20万円が「調停を求める事項の価額」となりますので、認定司法書士は調停手続代理人になることができます。
ならば、調停の前段階である裁判外の交渉でも同じだろう、というのが司法書士側の主張。

これに対して、最高裁は、弁護士側の主張を認め、「減額交渉をする場合も、債権額(債権者が主張する額)が紛争の目的の価額である」と判示しました(債権者主張額説)。
そのほうが依頼をする側にとってわかりやすい、というのが理由です。


もう一つの争点について、債務整理は、複数の会社の債務を一括して処理するのが一般的な事件です。
そうすると、3社に対して50万円ずつの債務があって、総額150万円の債務が残っていたらどうなるか。

ここで弁護士側は、債務の総額が紛争の目的の価額だと主張しました。
つまり、各社の個別の債務は140万円以下でも、合計して140万円を超えていればそれは司法書士の代理権の範囲外だということです。
これを「総額説」といいます。

これに対して、最高裁は、司法書士側の主張を認め、「個別の債務(債権者側からすれば債権)の額が紛争の目的の価額である」と判示しました(個別額説)。
その人が抱える債務の総額がいくらだろうが、債権債務は個別の相手との関係なので、合算する理由はないということです。


とまあ、表面上、それぞれの争点で一勝一敗のような感じですが、そもそも総額説なんていうのは筋の悪い主張(当事者でもない他の人に対する債務額を合算する理由など全くない)でしたので、主要な争点は、前者の「受益額説」か「債権者主張額説」かという点にありました。

で、ここで司法書士側の主張が認められなかったので、評価としては司法書士側の負け、ということになろうかと思います。

司法書士の業務範囲が狭まった、という報道もありますが、別に法律が変わったわけではないので、厳密に言えば、「そもそも最初からその範囲でしか業務はできなかった」ということになるのですが、司法書士実務では受益額説で動いてましたから、その意味で狭まったということですね。
まあ、争いがあるということで、念のため債権者主張額説に沿って処理していた司法書士も少なくないと思いますが。


認定司法書士の制度が新設されて以来、長年争われてきた点について、ついに最高裁が決着をつけたことで、一部業界では大きな話題となっています。
あ、一部業界って、司法書士業界のことね。


この件について、個人的に私の業務には全く影響がないのですけど、それはさておき、司法書士の活躍できる分野をもっと増やしていきたいですね。


うーん、ざっくりとした解説のつもりが、結構細かくなっちゃったですね。

では、今日はこの辺で。

2016年6月24日金曜日

不在者財産管理人

司法書士の岡川です。

自己の財産管理を第三者に任せる制度は、相続財産管理人だけではありません。

不在者の財産を管理する、不在者財産管理人という制度もあります。
民法25条という結構前の方に出てきます。
前の方だから何だというと、別にそれ自体に何の意味もないのですが。

不在者というのは、「従来の住所又は居所を去った者」ですが、ちょっと週末に湯河原の別荘に行ってるような場合なんかは、ここでいう不在者には含まれません。
住所や居所を去って、容易に戻る見込みのないような場合をいいます。


不在者財産管理人にも、民法の規定に基づいて家庭裁判所が選任する法定の管理人と、不在者が選任した任意の管理人があります。

不在者というのは、基本的には生きている(少なくとも法律上は死亡したことになっていない)ことが前提ですので、相続財産管理人の制度と違って、民法の条文上は「不在者がその財産の管理人を置かなかったときは」という限定がついています。
つまり、任意の財産管理人が置かれることが原則だということですね。

自分の財産を残して長期間自宅を離れるような場合、普通は誰かに委任契約によって管理を任せるでしょうから、管理してくれる人がいるならそれはそれで問題ない。
問題は、誰にも管理を任せずにどこかに放浪してしまった場合です。
また、任意の管理人はいるけれど、管理権限の範囲外の行為をする必要に迫られた場合も問題になります。

実際には、「財産を誰にも管理させずに放置して放浪してしまった」というより、どちらかというと「放浪している人に、事後的に財産が帰属した」ような場合に問題が顕在化することが多いですね。

例えば、行方不明者の親が死んで、その行方不明者が遺産の相続人になったような場合とか。
共同相続人などの利害関係人は、その行方不明者がいないと遺産分割協議をすることができません。

そういう場合に、財産管理人を選任する規定が民法にあります。

手続的には、相続財産管理人と同じく、家庭裁判所に選任の申立てをします。


行方不明者については、もうひとつ「失踪宣告」という制度があります。
これは、長期間生死不明の場合など、法律上は死んだことにしてしまう制度です。

ただし、行方不明で長期間帰ってこないなら、「さっさと失踪宣告申立てて死んだことにしちゃえばいいじゃん!」と安易に失踪宣告を申し立てるのは気を付けた方が良いです。

「人を勝手に死んだことにするのは、道義的にいかがなものか?」とかそういう話ではありません。

そうではなく、ある人を死んだことにしてしまうと、当然ながら相続が発生します。
それによって、相続人が関与して問題が解決をすることもあれば、逆に、相続が発生することで問題が余計にややこしくなることもあるからです。

死んだことにしてしまうと余計に問題が複雑になる場合は、失踪宣告ではなく、不在者財産管理人の選任申立てを検討した方が良いかもしれません。

では、今日はこの辺で。

2016年6月10日金曜日

「相続財産管理人」にも色々ある

司法書士の岡川です。

事務所のホームページの方で「相続人がいないとき」というページを更新したんですけど、あまり細かい情報を書くスペースもなかったので、ブログの方で書きますね。

「相続財産管理人」というと、一般的には、(ホームページのほうに書いたような)相続人不存在の場合に民法952条に基づいて選任される管理人を指すことが多いと思います。
相続人不存在の場合は、相続財産法人の代表として管理人が必置であり、これらはセットで考えられます。


しかし、実は「相続財産管理人」が選任されるのは、相続人不存在の場合だけじゃありません。

1.民法918条2項の相続財産管理人

相続が開始したとき、遺産分割協議をして最終的な相続財産の帰属が確定するまで、相続人は、相続財産を管理しなければいけません。
この場合において、適切な管理ができないこともありますので、家庭裁判所は、利害関係人(や検察官)からの申立てに基づき、「相続財産の保存に必要な処分」をすることができます(民法918条2項)。
この「必要な処分」の中に相続財産の管理人選任という処分も含まれます。

これによって選任された者も「相続財産管理人」といいます(区別するために、「918条2項の相続財産管理人」とか言ったりします)。

例えば、成年後見人が財産を管理していたところ、本人が亡くなったという場面。

相続人が不存在であれば、相続人不存在の場合の手続きに則って、民法952条に基づいて相続財産管理人が選任されます。

相続人がいて、その人が協力的であれば、何の問題もありません。
しかし、相続人がいることはわかっているけど、引継ぎに応じてくれない。
これ、珍しくないんですよね。

そういう場合は、成年後見人(であった人)が、利害関係人として918条2項の相続財産管理人選任を申し立てて、管理人が選任されたらその人に財産を引き継げば、後見人の任務は終了します。

一般的に、相続承認するまでの熟慮期間中に申立てができる制度であると考えられていますが(若干争いあり)、918条2項は、相続人が限定承認したときや相続放棄をしたときにも準用されています(後述)。

2.民法936条1項の相続財産管理人

他にもあります。

相続人が限定承認した場合で、相続人が数人ある場合には、家庭裁判所は、「相続人の中から、相続財産の管理人を選任しなければならない。」とされています(民法936条)。
これも、「相続財産管理人」です。

936条1項の相続財産管理人の場合、952条や918条と違い、相続人の中の誰かを管理人として選任するものです。
したがって、第三者(弁護士や司法書士等の専門職)から相続財産管理人が選任されることはありません。
もっとも、前述のとおり、限定承認の場合も918条2項が準用されていますので、必要であれば、926条が準用する918条2項に基づく「相続財産の保存に必要な処分」として918条2項の相続財産管理人を選任すれば、第三者が選任されることもありますね。

うーん、ややこしい。

3.民法943条1項の相続財産管理人

さらに、民法943条には、「財産分離の請求があったときは、家庭裁判所は、相続財産の管理について必要な処分を命ずることができる。」とあり、やはり「必要な処分」に相続財産管理人の選任が含まれます。
といっても、財産分離の制度なんて実務上ほとんど利用されることがなく、したがって943条の相続財産管理人にお目にかかる機会はまずないと思われます。

4.民法895条1項の遺産管理人

どんどんややこしくなりますが、民法895条には、次のような規定があります。

「推定相続人の廃除又はその取消しの請求があった後その審判が確定する前に相続が開始したときは、家庭裁判所は、親族、利害関係人又は検察官の請求によって、遺産の管理について必要な処分を命ずることができる。推定相続人の廃除の遺言があったときも、同様とする。」

条文の文言の通りなのですが、推定相続人の廃除の審判が確定する前や、遺言によって廃除されていた場合、家庭裁判所は「遺産の管理について必要な処分」を命ずることができます。
例によって、この「必要な処分」の中に管理人の選任がありまして、これによって選任された管理人は「遺産管理人」といいます。

普通、「相続財産」と「遺産」は、ほぼ同じ意味で使われていますけども、この場面では条文上明確に使い分けられておりますので、管理人のことも相続財産管理人ではなくて「遺産管理人」といいます。

5.家事事件手続法200条1項の管理者

ではここで、民法という狭い枠を抜け出してみますと、家事事件手続法にこういう条文もあります。

「家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、財産の管理のため必要があるときは、申立てにより又は職権で、担保を立てさせないで、遺産の分割の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、財産の管理者を選任し、又は事件の関係人に対し、財産の管理に関する事項を指示することができる。」

ということで、遺産分割調停を申し立てた場合では、家庭裁判所が「財産の管理者」を選任することができます(200条3項)。
この管理者が一般的に何と呼ばれているのか、以前ちょっと調べてみたことがあるんですが、どこにも書いてなくて諦めました。
たぶん「遺産管理者」とか「相続財産管理者」とでもいうのでしょう。

6.任意相続財産管理人

さらには、法律という枠組みも抜け出してしまいましょう。

財産の管理は、必ず全部自分でやらなければならないというものではありません。

契約によって第三者に財産の管理を委任することも可能です。
そうすると相続財産の管理を委任することも可能です。

法律がわざわざ制度を用意しているのは、相続人間で争いがあったり、限定承認とか廃除とかややこしいことになっている場合だけですが、そうでなくても、相続財産を管理してもらって相続手続を任せたいという需要は結構あります。
そういう場合は、契約によって第三者に委任して相続財産管理人になってもらえばよいのです。
これも「相続財産管理人」です。
法定の(法律に規定によって家庭裁判所が選任する)ものではなく、当事者の契約で任意に選任するものなので「任意相続財産管理人」ということもありますね。


「相続財産」や「遺産」の「管理人」や「管理者」の類型は、だいたいこんなもんだと思います。

それぞれ根拠条文の違う(一部準用関係にあるものはありますが)別の制度ですので、名称が同じ「相続財産管理人」だからといって、全部ごっちゃにして考えると大混乱に陥ります。
注意してくださいね。

では、今日はこの辺で。

2016年6月1日水曜日

市民後見人はどうやって選任されるのか

司法書士の岡川です。

成年後見制度利用促進法が成立したこともあり、「市民後見人」が少し注目されています。

市民後見人は、親族後見人、専門職後見人に次ぐ、第三の選択肢として期待されているのですが、そもそも市民後見人とは何でしょうか。


親族が後見人等に就任した場合、親族後見人と呼ばれます。
そして、司法書士・弁護士・社会福祉士の三士業が後見人等に就任した場合、専門職後見人と呼ばれます。

じゃあ、それ以外が後見人等に就任した場合が全部市民後見人か、というとそういうわけではありません。


そもそも市民後見人というのは、公益社団法人成年後見センター・リーガルサポートが2005年に出した「成年後見制度改善に向けての提言」の中で提唱された概念です。

法律上の用語ではありませんので、厳密な定義があるわけではありませんが、一般的には、

「弁護士や司法書士などの資格はもたないものの社会貢献への意欲や倫理観が高い一般市民の中から、成年後見に関する一定の知識・態度を身に付けた良質の第三者後見人等」

のように定義されます。

ポイントとしては、

①専門資格はもたない一般市民であること
②社会貢献のためであるであること
②成年後見に関する一定の知識や態度を身に付けていること

といった条件を満たした場合をいうということです。

弁護士や司法書士「などの資格」はどこまでをいうかも厳密に決まっているわけではありませんが、最高裁判所の統計では、司法書士・弁護士・社会福祉士の三士業のほか、税理士・行政書士・精神保健福祉士を市民後見人から除いています。

つまり、親族以外の税理士が後見人等に就任しても、それは市民後見人からは除外されます。

次に社会貢献のためであるということ。
社会貢献のために、一般市民が、自分と交友関係にない方の後見人等に就任するのが市民後見人なのです。
専門資格がなく、親族でもないとしても、友情や義理のために知人の後見人等に就任する場合は市民後見人からは除かれます。

それから、一定の知識や態度を身に付けているという点。
具体的には、都道府県や市区町村が行う養成事業で定められた課程を修了していることが必要です。

その辺の暇な「一般市民」を連れてきて、後見人等に選任しても、それは市民後見人ではありません。

「その他の個人」というのが若干ですが統計に表れておりますので、一般の市民が後見人等に就任しても、上記のような条件を満たしていなければ、それは市民後見人ではありません(基本的には事実上の家族や知人だと思います)。


形式的には、市民後見人として養成され、市民後見人として登録されてる人が市民後見人だということもできますね。


さて、では市民後見人が選任されるまでの手続きはどうなっているのかが気になるところですね。
申立てするときに、市民後見人に頼んで候補者になってもらうのかというと、そうではありません。


市民後見人の養成、個別の事件への候補者推薦、就任後のサポートは、行政・裁判所・専門職(司法書士・弁護士・社会福祉士)が連携して行われています。

自治体ごとに制度設計がなされていますので、全国のすべての状況までは把握していませんが、一般的には、市民後見人の養成事業で研修課程を修了した人が、「○○市成年後見センター」のような市民後見人に関する事業の実施機関に登録されます(大阪では「市民後見人バンク」といいます)。

そして、裁判所に成年後見開始が申し立てられた事件のうち、適当な候補者がいない場合で、市民後見人を選任することが適当と考えられるものがあれば、裁判所から実施機関に推薦依頼がされます。
そこで、行政担当者、専門職(司法書士・弁護士・社会福祉士)、学識経験者らが事件を検討し、登録された候補者の中から適当な人物を推薦することになります。

裁判所は、推薦された市民後見人候補者が当該事案の後見人として適当であると判断すれば、後見人に選任します。

つまり、適当な候補者がいない事案(これは、候補者なしで申し立てられる場合もあれば、不適切な候補者を立てて申し立てられる場合もあります)について、裁判所は専門職団体(弁護士であれば弁護士会、司法書士であればリーガルサポート)に推薦依頼をする他、市民後見人の推薦依頼もできるということです。


市民後見人は、成年後見制度利用促進法の成立で初めて出てきたものではなく、既に稼働している制度なのですが、促進法の成立によってその利用が加速するかもしれませんね。

では、今日はこの辺で。