2017年6月26日月曜日

債権法改正について(2)(意思表示)

司法書士の岡川です。

債権法改正について紹介&解説するシリーズ第2弾。(→(1)はこちら
今日は、意思表示に関する規定の改正部分です。

1.心裡留保

そもそも「心裡留保」っていう言葉自体が一般的でない法律用語なので、そこから解説が必要になります。

心裡留保というのは、表意者が真意でないことをわかりながら行う(真意でない)意思表示です。
例えば、自分の車を売る気はないのに、「この車をお前に売ってやる」と相手に告げるような場合ですね。
このように、真意でない意思表示であっても、それが真意でないことを自覚しながらすれば、有効であるというのが民法の原則です(民法93条)。
意思表示を受けた相手方としては、意思表示された以上それが真意であると考えるのが当然ですから、後から「あれは嘘だった」とか言われても知ったこっちゃないわけです。

ただ、相手方も、それが真意でないことを知っていた場合や知ることができた場合は、例外的に無効となります。
嘘だとわかっていたり、すぐに嘘だとわかるような場合にまで、相手方を保護する必要はないからですね。

このルールは、改正によっても基本的に変わりません(文言が改められるだけです)。

さて、嘘だと知っていた相手方を保護する必要がないので無効になるとして、その無効な法律行為(契約)を前提として、第三者が現れた場合にどうするか。
例えば、無効な契約でAからBに車が売られ、その後Bから事情を知らないCに車が売られたような場合です。
この第三者(C)は保護する必要があるのではないか、とも考えられますが、現行民法にはこのCをどうするかについて規定はありません。

判例・通説は、明文の規定はないけれども、(94条2項を類推適用して)善意の第三者には無効を対抗できないと考えています。

今回の改正で、この点が93条2項として明文化されます。
第93条第2項 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

2.錯誤

「錯誤」というのは、平たくいえば「勘違い」です。
Aを買うつもりでBを買ってしまった、というような場合ですね。平たくいえば。

現行民法は、このような錯誤に基づく意思表示を当然に無効と規定しています。

が、民法における錯誤の概念については、考え方が大きく対立しておりました。
そもそも錯誤の定義からして、伝統的には「内心的効果意思と表示上の効果意思の不一致」というふうに考えられていましたが、この場合、「動機の錯誤」は錯誤になるのか(Bを買うつもりでBを買ったんだけども、Bを買おうと思った動機部分に勘違いがあったような場合)といった問題があります。

伝統的な理解からはこれが原則として否定され(例外的に「動機も表示されていたような場合は錯誤になりうる」とか考えたりする)ますが、現実的に錯誤が問題になる場合というのは、大部分は動機の錯誤なんで、これを95条の適用対象外にしていいのか?って話になるわけです。
そこで近時の有力説は、伝統的な定義を否定して、ざっくりいうと「動機も含めて真意と表示が一致しなければ錯誤なんだ」というふうに考えたりします。

まあそんな具合で、詳しくは民法総則の基本書とかで勉強してもらったら良いんですけど、とにかく95条が適用される範囲は大きな争いがあったわけです。

今回の改正で、この対立を立法的に解決することになります。

現行の規定は、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。」というシンプルなものだったわけですが、こうなります。
第95条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第2号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。

ご覧のとおり、1項2号で、動機の錯誤が錯誤に当たると明言しちゃいまして、かつ、2項で動機の錯誤については表示されていたときに取消の対象となると定めました。
基本的には、伝統的な理解をベースにした判例の立場(動機表示錯誤説)を、民法のルールとして明確に採用したと考えられます。

また、錯誤の効果は、現行の「無効」ではなく、「取り消すことができる」に変更されています。
錯誤も結局は表意者保護の規定ですから取り消すことができれば十分です(そこで、現行民法における解釈でも「取消的無効」といわれていました)し、理論的には動機の錯誤も含めて錯誤というなら、「そもそも意思が存在しないんだから当然に無効」という理屈(明治時代の民法起草者はこう考えていた)が自明ではないからです。

無効から取消に変わったことで、色々と影響がありますので注意が必要です(取消に関する諸規定が適用されるようになる等)。

そのほかにも現行法に規定されていない法理が色々と明文化されています。

第95条第3項 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第1項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。

現行法は、「表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。」と規定していましたが、解釈として改正法と同じような例外の例外が認められていたので、ルール的には今までと変わりません(明確になっただけ)。
さらに、現行法では第三者保護規定がなく、判例は、錯誤無効は常に第三者に対抗できると解していましたが、

第95条第4項 第1項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

というように、(有力説の考え方を取り入れて)第三者保護規定が新設されました。

3.詐欺

詐欺に基づく意思表示は取り消すことができるという基本的なルールはそのままです。
細かいところで、この取消を「善意の第三者に対抗することができない」という現行の規定が「善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない」と変更されました。
学説における有力説が取り入れられたものです。


4.意思表示の効力発生時期

基本的には現行の到達時に効力が発生するというルールがそのまま維持されます(「隔地者」という文言が条文から消えました)。
なお、

第97条第2項 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。

という規定が新設されましたが、従来からの解釈がそのまま明文化されただけです。



意思表示に関しては、かなり大幅に改正され、多くの条項が追加されています。
とはいえ、その大部分は、学説の対立に(一応の)決着をつけたものであって、ルール自体が大転換するようなものでもありません。

多くの論点が消失したことで、試験勉強をしている人にはうれしいかもしれません。
まあ、そうはいっても新たな論点が出てくるんでしょうけどね(条文の文言だけからは一意に定まらないのが法解釈というもの)。

では、今日はこの辺で。

2017年6月16日金曜日

債権法改正について(1)(意思能力・行為能力)

司法書士の岡川です。

前回も紹介しましたが、民法の一部を改正する法律、いわゆる債権法改正(もう少し厳密にいうと「民法(債権関係)改正」)が成立しました。
3年以内に施行される予定です。

契約関係の基本的なルールである民法が変わるので、皆さんの生活にも大きな影響があるかもしれません(例えば、法学部の学生生活と法律系資格試験受験生の勉強生活への影響は計り知れない。その他の一般市民の生活への影響は、まぁ、そんなに・・・)。


このブログでも、何回かに分けて重要な改正について紹介&解説していこうと思います。

基本的には、条文を前から順番に追っていきますが、関連する事項はまとめて解説しますね。

というわけで、まず今日取り上げるのは第1編「総則」部分の改正です。


1.意思能力

まずは、意思能力に関する明文規定が置かれました。

第3条の2 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

「意思無能力者が行った契約は、当然に無効となる」ということを定めた条文が新設されたわけで、一見するとかなり重要な改正のようにも見えますが、意思無能力者の法律行為が無効なのは、完全に確立した判例であり、かつ、学説上も「そんなの条文に書いてない」といって反対するような見解も皆無なわけでして、実務上全く影響はない改正となっております。
みんなが当然のように認めてきた法理を、条文に書いただけのお話。

関連して、意思無能力者について、意思表示の受領能力がない(=意思無能力者に対して意思表示してもダメ)ことも98条の2で明確化されますが、これも同じことですね。


2.代理人の行為能力

実は、代理人が法律行為(代理行為)をするには、行為能力を有していなくても構いません(現行民法102条)。
つまり、代理人が制限行為能力者であったとしても、そのことをもって代理行為を取り消すことはできないわけです。

制限行為能力者の行為を取り消すことができるのは、制限行為能力者の保護のためです。
代理行為の効果は代理権を与えた本人に帰属し、代理人には効果が帰属しませんから、取り消すことができなくても制限行為能力者に不利益はないからです。
むしろ、制限行為能力者に代理権を与えた人は、そこから生じうる不利益も覚悟すべきだといえます。

しかし、本人の責任において代理権を与えた場合(任意代理)と異なって、法定代理の場合(例えば成年後見人等)、必ずしも本人の意思によらずに(法律に基づいて)代理権が付与されます。

そこで、現行102条は、代理人が法定代理人の場合にも適用されるのか(法定代理人自身が制限行為能力者であった場合は、その代理行為を取り消すことが可能か)という点で学説も分かれており、適用されないとする見解も有力でした。
法定代理人が制限行為能力者であった場合(例えば、Aさん自身が成年被後見人でありながら、Bさんの成年後見人に就任することも可能なのです)、代理権の行使が無制限に認められると、本人の保護に欠けるからです。

改正法では、この辺を立法的に解決しています。

まず102条は、次のとおり規定が変わります。

第102条 制限行為能力者が代理人としてした行為は、行為能力の制限によっては取り消すことができない。ただし、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為については、この限りでない。

それから、被保佐人が単独で有効にすることができない行為、すなわち、保佐人の同意を得なければならない(逆にいえば、保佐人に同意権及び取消権のある)行為として、次の類型が加わりました。

第13条第1項第10号 前各号に掲げる行為を制限行為能力者(未成年者、成年被後見人、被保佐人及び第17条第1項の審判を受けた被補助人をいう。以下同じ。)の法定代理人としてすること

このように、ある人の法定代理人が制限行為能力者であった場合、現行102条が適用されるような結論にはならないことが明確になりました。
すなわち、法定代理人自身が成年被後見人であったとすれば、法定代理人としての行為は取り消すことが可能であり、被保佐人であったとすれば、その人の保佐人の同意を得なければ代理権を行使できない(同意を得ずにした行為は取り消すことが可能)となります。


もちろん、現実問題としては、家庭裁判所はそんなややこしい状況は確実に避けるので、「成年後見人の成年後見人に選任」何ていう話は聞いたことがありませんが、理屈の上ではありえる話なのです。



・・・

あー、代理ぐらいまで一気に解説するつもりが、これだけで結構な分量になりましたね。

続きは次回に回しましょう(てか、このペースだとあと何回投稿することになるんだろうか・・・)。

では、今日はこの辺で。