2017年7月20日木曜日

債権法改正について(4)(無権代理・表見代理)

司法書士の岡川です。

今日は無権代理と表見代理の部分の改正の話。

条文の順番は逆になりますが、表見代理を理解する前提として、無権代理の話が必要になります。

無権代理というのは、文字通り、権限(代理権)の無い代理行為をいいます。
例えば、全く何の委任も受けてないのに、隣の家の土地と建物を第三者に売ってしまうような場合ですね。

勿論こんなことが正当な行為としてまかり通ってしまうと日本全国大混乱です。

そこで民法は、「代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。」(113条)と定めています。
ポイントは、無権代理は「無効」じゃなくて「(本人に)効果不帰属」だということですね。
無権代理行為自体は有効だけど効果が本人に帰属しない。
すなわち、売買契約は有効であることが前提となり、しかし効果は本人に帰属しないため隣の家の持主は所有権を失わないということです。
そのうえで、民法は、無権代理行為をした者に後始末(本人から買い取って相手に所有権を移転させるとか、損害賠償をするとか)をすべき責任を負わせています(117条)。

117条の規定は微妙に改正されていますが、細かい話なので条文を確認しておいてください。


ここまでは分かりやすい話。

さて、そうはいっても、相手方の立場としては、正当な代理人だと思って(金も払って)土地と建物を買ったわけです。
後から「実は代理人じゃありませんでした」とか言われても納得できるわけもなく、できればそのまま本人に効果を帰属させたいところです。

そこで民法、代理人が正当な代理権を有していると信じて取引をした相手方を保護する規定を置きました。
それが「表見代理」です。

表見代理を基礎づけているのが、「真実と異なる外観を信じた第三者を(一定の要件の下で)保護する」という考え方(表見法理)です。
表見法理は「権利外観法理」とも呼ばれますが、厳密にいえば両者は異なるとも指摘されます(が、同じようなものと考えても大抵の場面では差支えない)。
表見法理、あるいは権利外観法理の表れとされている規定は、表見代理だけでなく、民法94条2項とか、商法・会社法にも存在します。


それはさておき、現行民法は、表見代理として3つの類型を用意しています。

1.代理権授与の表示による表見代理(109条)
本人が、第三者に対して、「他人に代理権を与えた旨」を表示し、その他人が表示された代理権の範囲内で代理行為をした場合です。
実際には代理権を与えていないのに、本人が(何を思ってか)委任状を与えていたような場合、相手方としてはその委任状を持っている人を代理人と扱って当然だし、逆に委任状を与えたほうが悪いわけで、この場合は本人が「実は無権代理だから効果は自分に帰属しない」と主張することは許されないわけです。

2.権限外の行為の表見代理(110条)
代理人が、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者にとっても代理権があると信じるべき正当な理由があるときです。
昔は「代理権踰越(ゆえつ)」というふうに言われていましたが、前回扱った代理権の「濫用」とは異なります(濫用というのは、あくまでも代理権の範囲内の行為)。
つまり、間違いなく代理人ではあるんだけど、与えられた代理権(基本代理権)の範囲に含まれない行為をしたという場合、しかも代理権の範囲に含まれると信じたことに正当な理由があれば、取引の相手方を保護すべきという考え方です。

3.代理権消滅後の表見代理(112条)
一度代理権を与えたら、その後その代理権が消滅したとしても、それは第三者には簡単にわからないものです。
そこで、代理権が消滅したことを知らなかった相手方は保護されています。

細かい要件論はさておき、このような場合に表見代理が成立することになり、有権代理と同じように扱われます。
これは改正法でも基本的に変わりません。


問題は、表見代理は3つの異なる類型に分かれ、それぞれが要件を定めているわけですが、

本人が他人に代理権授与の表示をした場合において、しかもその他人が表示された代理権の範囲外の代理行為をし、かつ、第三者がそれを代理権の範囲内の行為と信じるべき正当な理由があった場合。

あるいは、

代理権の消滅後に、元の代理権の範囲外の代理行為をして、かつ、第三者がそれを代理権の範囲内の行為と信じるべき正当な理由があった場合。

このような状況にどう対応すべきでしょうか。

判例は、これらの場合に、「2つの条文を重ねて適用する」という手法をとります。
これを「重畳適用」(ちょうじょうてきよう)といいます。
すなわち、前者の場合は、109条と110条の重畳適用、後者の場合は、110条と112条の重畳適用をして、表見代理の成立を認めるのです。

改正法は、この判例理論をそのまま条文化し、あえて重畳適用という手法をとらなくても、最初からそういった状況を想定した規定を新設しました。

第109条第2項 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

第112条第2項 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。


民法初学者が重畳適用という法解釈のテクニックを知る機会が失われてしまいましたが、そういうテクニックを駆使しなくても、条文を読めば結論を導けるので、わかりやすくなって良いですね。

では、今日はこの辺で。

2017年7月8日土曜日

債権法改正について(3)(代理)

司法書士の岡川です。

債権法改正の話はまだまだ続きます。
今日は代理に関する部分です。

代理行為の瑕疵に関する規定の変更は、古い判例の存在と条文の文言が明確でないために疑義が生じていた部分をわかりやすく(通説的な解釈に基づいて)記述しなおしたものと考えればよいですね。
代理人の行為能力については、前々回に解説したとおりです。

今日は、それ以外の重要な改正点を取り上げます。


1.復代理人

復代理というのは、代理人がさらに自分の代わりに事務処理する人を選ぶことです。
「代理人の代理人」というわけではなく、復代理人もあくまで本人の代理人になるわけですけども、本人が直接選任するのではなく、代理人が代理人を選任した場合が復代理人となります。
具体的場面でいうと、代理人の委任状は本人が署名押印しますが、復代理人の委任状は、本来の代理人(原代理人)が署名押印するわけですが、復代理人の行為は直接本人に帰属します。

という前提で。

まず、復代理人を選任した原代理人の責任に関する現行民法105条の規定がバッサリ削除されます。
現行法では、原代理人は復代理人の「選任及び監督」について責任を負い、さらに本人の指名に従って復代理人を選任したときは原則として責任を負わないという規定になっています。
つまり、復代理人が選任されたら、原代理人の責任は軽減されるわけです。

が、そもそも本人と原代理人の間には何らかの契約関係(主に委任関係)があるわけで、責任が軽減されるのはおかしいということが主張されてきました。
なのでその見解を採用して、現行民法105条は削除(あとは一般的な債務不履行等のルールに従う)。

2.代理権の濫用

そもそも代理権の濫用というのは、代理人が代理権の範囲内で代理行為を行ったが、それが本人の利益のためでなく、代理人や第三者の利益を図る目的でなされた場合をいいます。
権限外のことをやっているわけではないが、権限を「濫用」した場合です。
現行民法は、代理権濫用の場合の処理について規定を置いていませんので、その処理の仕方に関して学説が対立するわけです。

民法総則を初めて学ぶとき、「動機の錯誤」と同じくらい学説の対立にワクワクする論点だと思います。
それでいて、判例法理である「93条但書類推適用説」という全くもって納得できない無理筋の理屈が通説としてまかり通っている現実を前に、民法解釈学のフリーダムっぷりに頭を抱えるポイントであります(最終的に「民法が悪い」という結論に至るわけですね)。

私も、判例通説がどうしても理解(納得)できなくて、早期の立法的解決を望んだものです・・・(遠い目)。


それが遂に!


・・・あ、その前に93条但書類推適用説って何かを軽く説明するとですね。

93条は前回紹介したとおり心裡留保の規定なわけですが、その但書は、「相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。」と定めています。
これを代理権濫用事例に「類推適用」するということで、相手方が代理権濫用の意図を「知り、又は知ることができたとき」は、本人は、代理行為の無効を主張することができる、という考え方で、判例・通説とされています。

ただ、この説明は無理があります。

心裡留保というのは、法律効果を発生させるつもりがないのに意思表示をした場合であって、93条但書が想定しているのは、そのことを相手方が知っている場合にまで意思表示を有効とする必要がないから無効とするものです。

これに対して、代理権濫用というのは、代理人は(自己や第三者の利益を図るために)むしろ効果を発生させる(効果を本人に帰属させる)ことを意図しているわけで、ただ本人以外の経済的利益(本人に対する損害)を与えようとしているに過ぎない。
つまり、効果を発生させ、帰属させることについて代理人の内心と表示に全く不一致はないわけで、93条但書の適用場面と全く状況が異なり(これを「類推の基礎を欠く」という)、そう考えるとこれを無効とすべき理由がないとして、理論的には根強い批判があります。

にも拘らず判例・通説になっているのは、「相手方が知り、又は知ることができたときは無効」という規範が結論として妥当というのが大きい。


という背景があり、今回の民法改正では、結論そのままに、理論的には苦しい93条但書などを使うのではなく、上記規範(法理)を実定法上基礎づける根拠条文が新設されました。
第107条 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。

めでたしめでたし。

3.利益相反行為

現行民法108条には、自己契約(代理人が自分を相手方当事者として契約すること。つまりAさんの代理人であるBさんがAB間の契約を締結するような場合)と双方代理(AさんがBさんとCさんの代理人となり、BC間の契約を締結するような場合)を無権代理とする規定があります。
これらは、本人と代理人の利益が相反するからですが、典型的な自己契約や双方代理以外にも、利益相反が生じる場面はあります。
そこで、一般的に利益相反を禁じる規定が新設されました。

第108条第2項 前項本文に規定するもののほか、代理人と本人との利益が相反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。

今回紹介した中での最重要ポイントは、なんといっても代理権濫用規定の新設でしょう。
結論的には、判例理論と一致するわけで、その意味で実務への影響はほぼないと考えられますが、何といってもあの民法総則モヤモヤポイント最高峰の代理権濫用理論が立法的に解決されたわけですからね。
(まぁ他方で、要件論として重過失を求めていた信義則説等は立法的に排斥された形になりましたが・・・)

では、今日はこの辺で。