2016年2月20日土曜日

物の「引渡し」の方法

司法書士の岡川です。

不動産物権変動の対抗要件は、「登記」です(民法177条)。
つまり、登記をしなければ、不動産の譲渡があったことを第三者に対して主張することができません。

他方、動産の物権変動(例えば所有権移転)の対抗要件は、「物の引渡し」とされています(176条)。
この「引渡し」とは、「占有の移転」を指します。

物を(自己のためにする意思をもって)所持するという事実状態を占有といい、物に対する占有は、それ自体が一定の保護を受けます(占有権)。
ただし、「所持」といっても観念的なもので、「他人を介して占有する」ということ(間接占有)も「占有」に含まれています。

同じように、「占有の移転」も、「物をあっちからこっちに移動させる」というだけの意味にはとどまりません。


占有の移転の方法としては、まず、物を現実的にAさんの手元からBさんの手元に移動させることが基本ですが、これを「現実の引渡し」といいます。
文字通り「引き渡す」ことが「現実の引渡し」です。

といっても、動産だと見たまんまですが、不動産の場合は少し分かりにくいかもしれません。
例えば家を売った場合の買主に対する「現実の引渡し」というのは、家を物理的に移動させるわけにはいきませんので、実務上は家の鍵を引き渡す等の方法によって行うのが一般的です。
物の占有(支配状態)を譲渡することが「現実の引渡し」なので、占有の移転としてはそれで足りるわけです。


「現実の引渡し」以外に、占有の移転を行う方法が3つあります。
いずれも直接占有者が変わらない(現実に物を所持している人は同じ)のに、占有のみが移転します。

まず、「簡易の引渡し」という方法があります。
例えば、物を貸している相手に対してその物を売ったような場合、引き渡そうにも対象物は既に買主が所持(占有)しているわけですから、「現実の引渡し」をするには、一度返してもらわないといけません。
それは面倒だし無意味なので、この場合の占有の移転は、「売主から買主に占有を移転させる」という意思表示のみですることが可能とされています。
売主側としては、買主(借主)を介して間接占有していた状態が、簡易の引渡しによって占有を失うわけです。
これが「簡易の引渡し」です。


「簡易の引渡し」の逆で、物を売った売主が、そのまま物を占有し続けることもあります。
例えば、家を売ったが、その後はその家を買主から賃借して住み続けるような場合です。
この場合も、一度売主から買主に現実の引渡しをして、売主が借り受けるために再び買主(賃貸人)から売主(賃借人)に現実の引渡しをするというのは、面倒極まりません。
そこで、やはり当事者の意思表示(具体的には、売買と同時に賃貸借契約を締結することで足りる)のみで占有を移転させることが認められます。
これを「占有改定」といいます。
売主側としては、占有状態に特に変わりはありませんが、買主は、間接占有(売主=賃借人を介して物を支配する)を取得することになります。


さらには、譲り渡す側も譲り受ける側も、どちらも直接占有しない場合に占有の移転が生じることもあります。
AさんがBさんに預けている物をCさんに譲渡し、Cさんは引き続きBさんに占有させるという場合です。
つまり、直接占有はずっとBさんで、間接占有のみをAさんからCさんに移転させることになります。

このとき、わざわざAさんがBさんから物を返してもらって、Cさんに現実の引渡しをして再度CさんがBさんに現実の引渡しをするということは、やはり無駄の極みです。
例えば、賃貸住宅の所有者が変わった場合、いったん居住者(賃借人)に出て行ってもらって、買主に引き渡してからもう一度居住者(賃借人)に貸すというのは現実的ではありません。

そこでこの場合は、AさんがBさんに「以後Cさんのためにその物を占有すること」を命じて、Cさんがそれを承諾すれば、占有(間接占有)がAさんからCさんに移転します。
これを「指図による占有移転」といいます。


物理的には何にも移動していないのに「引渡し」というのも変な感じがしますが、まあ、法律とはそういうもんだと思って納得しましょう。

では、今日はこの辺で。

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