2021年3月24日水曜日

私有物の橋が封鎖された件

 司法書士の岡川です。

唯一の出入り口なのに…住宅地の橋が突然封鎖 実は私有物「買い取るか、通行料を」

約30戸が並ぶ神戸市北区の住宅地に、車で出入りできる唯一の橋が突然封鎖され、警察官が出動する事態がたびたび起きている。50年近く公共物という認識で使われてきたが、最近になって「私(し)橋(きょう)」であることが判明。所有者は老朽化のため「維持管理費がかかる」として住民に購入を求め、住民は市への移管を提案するが、主張は平行線をたどっている。


私道の所有者が通行料を徴収しようとして、住民が拒否したらその私道を封鎖した…という事件は以前もありましたが、橋というのは珍しいですね。


このニュースに対して、受け取る人の意見は分かれています。

当該橋が個人の所有物であることから、「使わせてもらっているのだから住民は所有者に金を払うのは当然」という意見もある一方で、所有者といえどもその人が橋を作ったわけではなく、50年も無料で通行されていた橋を最近になって購入したという経緯から、金を払う必要はないという意見まであります。



ここで、どういう理屈で住民が橋を通れるのか、あるいは所有者が通行料をとれるのか、といった点について、色んな人が色んな考察をしています。

ただし、大前提として、橋というのは河川上に設置された工作物であって、それ自体は土地ではありません。
地役権がどうとか囲繞地通行権がどうとかいう意見も散見されましたが、これらは、土地に関する権利ですので、橋の上に地役権やら囲繞地通行権が生じることはありません。
そもそも地役権やら囲繞地通行権といった権利も、別に無償の権利ではありませんから、通行料の妥当性とは無関係です。



さて、所有者のやり方が少々乱暴なところがあるので、所有者が一方的に設定した金額の通行料を支払わなければならないものではないと思いますし、1200万円という所有者の言い値で買い取る必要もないと思います。

また、通行料をとらなければ修繕費等が賄えないとしても、現状無償であることを承知で購入したのだからそのリスクは当然に所有者が負うべきであるし、もちろん何か事故が起きれば所有者として責任を負っても仕方がない(それが嫌ならそもそも購入しなければよい)。

他方で、実際に住民は通行によって利益を得ているし、所有者は(たとえ今になって購入したのだとしても)現時点で所有権を有していることに変わりは無いわけですから、例えば無償で通行するのは不当利得となっているのではないか、妥当な金額であれば通行料は徴収しても良いのではないか、ということも考えられます。


では、どういう点を考慮すべきか。

詳細な事実関係が必ずしも明らかでない(例えば河川の占有許可はどうなっているのか、元の所有者は誰だったのか、本当に1200万円で購入したのか等)ので想像するしかないのですが、少し考察してみます。
 

基本的には、所有者が自分の所有する橋を他人に有償で使用させる権利はあります。

しかし本件でいうと、例えば、住民には使用借権(無償で使用する権利)のようなものが認められるのではないか。
 

この橋には元の所有者(開発業者か?)がいたわけで、その人は、この住宅地ができたときから無償で使用することを承諾していたわけです。
ということは、橋の元の所有者と住宅地の住民との間で、当初から黙示の使用貸借契約のようなものが成立していた可能性、あるいは50年も経った現在では住民が使用借権を時効取得している可能性が考えられるわけです。

使用借権は比較的弱い権利ですから、賃借権と違って原則として第三者(本件でいえば、橋を購入した現所有者)に対抗することはできません。

ただし、例えば、使用借人がいる土地を安価で購入して建物収去土地明渡を請求した場合に、権利濫用の主張が認められたという裁判例もあります。

そうすると、本件の経緯に鑑みれば、現所有者が使用借権の消滅を主張して封鎖すると、場合によっては権利濫用になる可能性が考えられます。

現在は警察の指導により通行自体は可能になっているようなので、所有者は住民全員を相手取って不当利得返還請求訴訟を起こすことは可能だろうし、他方で住民側は使用借権(+権利濫用)を主張して争うことが可能ということになるので、どっちの主張が認められるか…という争いになります。


では、何でこんなことになったのか?
そもそも誰が悪いのか?

完全に想像ですが、例えば元の所有者が造成工事をした業者だったとすれば、本来は橋を無償で市に移管すべきだったものです。
そもそも、公道に出る橋が無ければその一帯の土地に価値はないですから、橋の設置費用は、その一帯を造成して住宅地として売り出した際に、土地の価格に転嫁されていたと考えられます。
元の所有者は、土地の代金(の一部)という形でその費用を回収できたわけですから、市に無償で移管しても損はしないわけです。

しかし、そうせずに第三者に売却したということであれば、これは利益を二重取りしている(土地の代金上乗せ分として住民から受け取り、さらに売買代金として現所有者からも受け取った)ことになるわけですね。

こういう話であれば、悪いのは、元の所有者だということです。

「住民は橋を無償で使わせてもらっていたのに文句を言うな」という意見も見られましたが、必ずしもそうではない。
橋の設置費用込み(維持管理費用については、市に移管されるので発生しないという前提)で土地を購入したのであれば、無償で使用できなくなったら「話が違う」と文句を言う権利はあると思われます。
そもそも50年間も無償で通行可能だったことに鑑みれば、元の所有者の認識もそういうものであったと推測されます。
造成工事をした業者も商売でやってるわけですから、仮に通行料を取らなければ損をするような事情があったなら、住宅地を売り出した当初からそういう話になっていなければおかしいですからね。


で、現所有者はそういう事情は当然に想定すべきであることから、そもそも橋を購入すべき物件ではないし、購入するのであれば、自由に使用収益する権利を制限されて損するリスクは甘受すべきである、という方向に傾くんじゃないでしょうか。
要は、そもそも1200万円の価値がある物件じゃないということです。


とはいえ、話が平行線なら橋の修繕もされないまま崩落でもしたら大変ですし、ここは思い切って、1世帯あたり20万~30万円ずつくらい出し合って、自治会が新たに河川使用許可を受けたうえで本件橋の横に同じような橋を作り、これを無償で市に移管してはどうでしょうか?

現所有者から1200万円で購入したり、通行料を延々と支払い続けるよりも安上がりかもしれません。


では、今日はこの辺で。

2021年3月11日木曜日

司法書士が不動産業者に顧客を紹介して紹介料を貰うことは倫理違反か

司法書士の岡川です。

今日は司法書士業界内のマニアックな話。

司法書士は、司法書士法や司法書士法施行規則といった法令遵守義務を負っていることはいうまでもありませんが、司法書士法には会則順守義務(23条)が定められているので、所属する司法書士会の会則違反は、会則順守義務違反という法令違反になります。

さらに司法書士が守るべき行為規範としては、法令と会則だけでなく、「司法書士倫理」というものもあります。

司法書士倫理というのは、「人としてどう生きるか」といった道徳的な意味でのルールではなく、司法書士として求められている基本姿勢や行動基準について定めたものです。
一般的な「倫理」と違い、司法書士倫理は抽象的な概念ではなく、具体的に成文化された規定です。

司法書士倫理に違反したからといって直ちに違法になるわけではありませんが、場合によっては、司法書士法上の品位保持義務違反等に該当する可能性があり、懲戒の対象ともなりえます。


さて、司法書士倫理の中に、不当誘致等の禁止というものがあります。
その典型例が、紹介料(キックバック)の支払いであり、司法書士は、誰か(他士業者や不動産会社等)から依頼者を紹介された場合に、その紹介者に紹介料を支払ってはいけません。

一般社会の商取引の中では、顧客を紹介してくれた相手に対して紹介料を支払うのは、ごく普通の(何ら違法性のない)行為ですが、司法書士は、お金を払って依頼を誘致することは倫理違反となるのです。

具体的には、司法書士倫理13条2項違反です。


第13条 司法書士は、不当な方法によって事件の依頼を誘致し、又は事件を誘発してはならない。
2 司法書士は、依頼者の紹介を受けたことについて、その対価を支払ってはならない。
3 司法書士は、依頼者の紹介をしたことについて、その対価を受け取ってはならない。



ちなみに、弁護士の場合も同じようなルールがあり、弁護士が紹介料を支払えば弁護士職務基本規程13条1項違反となります。
(弁護士職務基本規程というのは、従来の「弁護士倫理」を「規程」として制定し直して、より拘束力を強めたもの)
司法書士倫理は、この弁護士倫理(及び司法書士倫理にあたっては弁護士職務基本規程)を参考に制定されたのです。たぶん。



ここで、司法書士倫理13条2項については解釈が分かれることはあまりない(キックバックを渡してはいけないことは、全司法書士が知っている)のですが、問題は3項です。
これが少し前にtwitter上で軽い論争になっていました。

一般に、「司法書士は紹介料を支払ってはならないし、逆に受け取ることも禁止されている」と説明されています。
その根拠が司法書士倫理13条3項です。

私も倫理研修等でそのように説明を受けていましたし、司法書士にとって紹介料は当然に「渡すのも貰うのも許されない」ものだと理解していました。
皆が当然にそのように話すので、私の周りにこれと異なる解釈をとる人は見当たりません。


しかし、改めて条文をじっくり読むと、また別の解釈が可能となる。

すなわち、13条3項の規定は、「他の司法書士に対して依頼者を紹介した場合に、その司法書士から紹介料(キックバック)を受け取ってはならない」という規定であって、例えば不動産業者にお客を紹介して、それに対して不動産業者からキックバックを貰うことについては司法書士倫理上禁止されていない、という解釈です。

この説明を見たとき、一瞬「はぁ?」と思いましたが、文理上その解釈も一理あることに気づきます。

2項と3項は、同じ「依頼者の紹介」という文言で、同じ事象に対する規律をしています。
2項は、司法書士が「依頼者の紹介」を受けた場合を対象とするものですが、ここで「依頼者」というのは、司法書士に事件を依頼するから「依頼者」になるわけですから、当然「紹介された側」から見て「依頼者」です。

そして、3項も同じ文言が使われていますから、2項と整合的に解釈するならば、3項の「依頼者の紹介」というのも「紹介された側」から見て「依頼者」と言えなければなりません。

そうすると、「紹介される側」は、司法書士倫理で規律するところの「依頼」を受ける立場の者、すなわち司法書士でなければならないという結論になるのが文理上は素直です。
すなわち、3項はあくまで2項の行為(キックバックを渡す行為)と対になる行為も禁止する趣旨の規定(対向犯処罰規定のようなもの)だと考えるわけです。
 

この見解によると、不動産業者に顧客を紹介することは、「依頼者の紹介」にはならない(せいぜい「顧客の紹介」といったものになる)ので、13条3項の対象外ということになります。

このように、「依頼者」は「紹介された側」からみての依頼者であり、かつ、司法書士業務の依頼者であると限定する解釈は、司法書士業界ではあまり見られませんが、弁護士業界では有力説として存在します。
例えば、東京三会有志・弁護士倫理実務研究会編『改訂 弁護士倫理の理論と実務』21頁には、「本条の『依頼者』とは『弁護士に事件や顧問等依頼をする者』を指すことは明らかであり,不動産業者からみての顧客をも含むという解釈は余りにも弁護士職務基本規程の文理からかけ離れた拡張解釈」だと説明されています。



では、弁護士職務基本規程を制定した日弁連はどう解釈しているかというと、「依頼者」が「紹介される側」から見ての依頼者であるという点では上記の厳格な解釈と同様です。
そのため、紹介する側の弁護士にとっての依頼者かどうかは問われず、自身が何の業務も受任していない人を紹介する場合も含みます。

ただし、日弁連は、2項(司法書士倫理では3項に相当)の「依頼者」には不動産業者から見ての「顧客」をも含むと解釈しています(原典に当たれていないのですが、『解説 弁護士職務基本規程』や『自由と正義』vol.56にこの趣旨の解説が掲載されているようです)。

この解釈では、同項の趣旨が、「他人に顧客を紹介する行為は弁護士の職務ではないのに、そこから対価を得ることは品位に悖る」という理解からそのような行為を禁止しているのであって、必ずしも「1項(司法書士倫理では2項に相当)のキックバックを渡す行為と対になる行為」に限って禁止しているわけではない、ということになります。


司法書士倫理の母法のような位置にある弁護士職務基本規程では解釈が分かれているところですが、では、司法書士倫理での解釈はどうなっているか。

司法書士倫理の注釈本としては『注釈司法書士倫理』という書籍があるのですが、これは2004年発刊。
13条2項と3項は、平成20年(2008年)の日司連総会で司法書士倫理が改正された際に追加されたものなので、この書籍には載っていません。

日司連の司法書士執務調査室倫理部会が出している『新訂版「司法書士倫理」解説・事例集』には、前提となる「依頼者」の解釈について全く触れられていませんが、そこでは、「自らの依頼者を紹介しただけのことで対価(紹介料)を受け取るのは、何らの法律事務を行うことなく対価を手にするものであって、依頼者を食い物にした、あるいは依頼者を利用して金を儲けたという側面を有するため」という髙中正彦『法曹倫理』の解説を引用して「自らの依頼者を紹介」と説明しているところから、この「依頼者」とは「紹介する側」から見た依頼者だと解釈しているようにも見えます。

しかし同時に、前掲の『解説 弁護士職務基本規程』から「依頼者を紹介して対価を受け取ることを目論んで事件集めをする行為は品位を失するもの」という解説も引用していることから、紹介される側から見た「依頼者」を紹介する行為も対象とみていることがわかります。

したがって、基本的には日弁連の解釈と一致し、その中でも特に「自らの依頼者」を紹介する場合は、「依頼者を食い物にした」という側面も有する、と理解すれば整合的に読み取ることが可能です。
まあ、そもそもこのあたりを意識して書かれたのか疑問ですが。


いずれにせよ、日司連の解説が、日弁連の解説(「依頼者」について限定していない解釈)を特に注釈もつけず引用していることからみて、文理上「不動産業者からキックバックを貰うことについては司法書士倫理上禁止されていない」と解釈することは可能だとしても、実際に行うことは倫理違反のリスクが大きいように思われます。

特に、紹介するのが「自らの依頼者」であった場合は、前掲『法曹倫理』の解説も引用されていることからして、日司連の解釈は、紹介先が不動産業者である場合も当然に含めていると考えられますし、13条を厳格に解釈する前掲『改訂 弁護士倫理の理論と実務』でも、基本規程13条2項(司法書士倫理13条3項に相当)にはあたらないものの、品位を失するものとして基本規程6条(司法書士倫理3条に相当)違反に該当しうると解釈されています。

したがって、例えば司法書士が自ら登記申請を代理する事件について依頼者を仲介業者に紹介してキックバックを貰ったり、自ら相続登記をした後に相続税のために依頼者を税理士に紹介してキックバックを貰ったりすれば、どっちにしても倫理違反(仮に13条違反でなくても3条違反)となりうる、という結論部分に異論はなさそうです。



というわけでまとめると、やっぱり司法書士にとってキックバックは「渡すほうも貰うほうも倫理違反」ということで認識しておくべきですね。

※本記事の内容は筆者の個人的見解であり、筆者が所属する団体、組織、部門等の公式見解でもありません。


では、今日はこの辺で。

 

※2023.9.22追記

『司法書士倫理』は、令和4年6月に開催された日本司法書士会連合会定時総会において、『司法書士行為規範』に改正されました。

改正にあたって、この条文文言に変更はされなかったため、代議員として質疑をしました。

 執行部の答弁として、「紹介を受けた側が見ての依頼者、又は業務上の顧客をいう」「紹介する司法書士から見たら、いまだ依頼者となっていない場合を含む」と明言されたうえで、「今後の解説書などを作成する場合に留意したい」との答弁がありました。

そして、この答弁を踏まえたうえで、『「司法書士行為規範」解説』 36頁以下に「本条3項の「依頼者」とは、紹介を受ける側にとっての依頼者又は業務上の顧客である」と明記されています。

これにより、この論点は、「不動産業者に顧客を紹介する場合も含む」という、一般的な解釈で間違いないというところで決着したものと考えてよいと思います。