2021年2月1日月曜日

自己破産しなくてよい場合にも一律で自己破産を勧めるメリットはあるか?

 司法書士の岡川です。


今日取り上げるのは、また「幻冬舎ゴールドオンライン」の記事(3回目)です。

宣伝しているみたいであまり取り上げたくはないのですが、ちょいちょいおかしな記事を挟んできますね…。



ちなみに最初に述べておくと、この記事の執筆者は、任意売却を専門とする不動産業者の代表取締役です。

(積極的に読者に予断をもたせていくスタイル)



住宅ローン破綻…弁護士が「自己破産」をすすめる理由がエグい


「弁護士・司法書士」は自己破産を推奨することが多い

住宅ローンの返済に行き詰まった人がやってくると、彼らはほぼ自動的に自己破産するようアドバイスします。任意売却により債務を最小限にし、自己破産しなくていいケースでも、解決策として一律に自己破産をすすめるのです。



これはさすがに嘘ですね。


借金問題を抱えた相談者が弁護士や司法書士に相談に来られた場合、当然、あらゆる選択肢を検討します。

自己破産よりも前にまず任意整理が可能かを検討しますし、もちろん任意売却についても検討対象です。


任意売却だけで解決するのであれば、そのほうが圧倒的に費用と手間と時間の負担が軽いので、そちらを優先するのは当然ですし、住宅以外に処分したくない財産がある場合や自己破産が欠格事由となる仕事をしている場合(会社役員や証券会社の外務員など)なども、まずは自己破産を回避する方策を模索するのが当然の流れです。

そして、任意売却では解決できない場合(任意売却しても債務が残り、それが返済しきれない等)、自己破産を提案します。


特に、「住宅ローン」というワードが出た時点で、自己破産より前に個人再生を検討するのが通常の法律家のごく一般的な思考です。

個人再生には、住宅資金特別条項(住宅ローン特則)を付すことにより、住宅ローンを(場合によっては返済期限を延ばして)返済することで、住宅を失わずに債務総額を減縮するという方法があるからです。


このような検討をすっ飛ばして「一律に自己破産をすすめる」ということは絶対にあり得ません。



もちろん最終的には自己破産を勧めることも少なくありません。

それは、自己破産をしなければ生活再建が不可能な事案というのも多いからです。


任意売却というのは、「家を売ってその売却代金を借金返済に充てる」というものですから、債務総額より売買価格が低い場合、どんなに高く売れたところでその代金は全て債務の弁済(その他の費用)に充てられますし、債務も残ってしまいます。

この場合、「持ち家を失った上で、残りの債務を返済し続ける」か、「任意売却をしたうえで、さらに自己破産もする」のどちらかです。


相談段階では、それぞれの手続のメリットデメリットを提示し、さらにはそれぞれの手続の要件効果、実現可能性等も考慮して最終的に方針を決定するのです。



弁護士や司法書士が、これらの考慮をせずに「自己破産しなくていいケースでも、一律に自己破産をすすめる」メリットはあるでしょうか。

記事のタイトルにもなっている「エグい理由」とは何でしょうか?


自己破産をすすめる中でも、弁護士が特にやりたがるのが「管財事件」です。自己破産には「管財事件」と「同時廃止事件」がありますが、弁護士にとっては前者のほうがはるかに高い手数料を受け取ることができるためです。


「管財事件」にするためには、自己破産する時点で、自宅という大きな財産を持っていなければなりません。自己破産前に任意売却をしたほうが、ほとんどの債務者にとってお得なのですが、そうすると「同時廃止事件」となり、弁護士にとってはうま味がなくなってしまいます。



私が知る限り、必ずしも「はるかに高い手数料」というほど同時廃止事件より管財事件の報酬が圧倒的に高いわけではなく、他方、管財事件のほうが手間がかかるので、一般論として、報酬の差額にそれほど魅力的な「うま味」が弁護士にあるとは思えません。


さらに司法書士だと、元々の費用が低額であることから両者の報酬額の差はとても小さい(他方で管財事件のほうが手間がかかることは変わらない)うえに、裁判所の運用上の問題もあって、管財事件にすることは、ほぼ何のメリットもありません。

むしろ管財事件は司法書士にとって、積極的にはやりたくない事件だったりもします。


実務感覚でいうと、同時廃止事件のほうが手間も時間もかからず、債務者の負担も軽いので、同時廃止事件で終わらせられたほうが嬉しいのです。


さて、気づいた方もいると思いますが、当該記事では、弁護士は「任意売却をしたら管財事件ではなく同時廃止事件になって儲からないから」任意売却を勧めないと説明しています。

すなわち、執筆者により想定されているスキームは、「任意売却したら破産をせずに済む」のではなく、任意売却した後に自己破産するというものです。


「自己破産しなくていいケースでも、解決策として一律に自己破産をすすめる」という最初に述べられている結論とはズレがありますね。


しかも、このように自己破産することを前提に申立前に任意売却するという流れは、自己破産手続の流れの中のひとつとして弁護士や司法書士にとっても一般的なものであって、弁護士や司法書士が「自己破産をすすめる」ことと普通に両立するものです。


そしてそもそも、債務者が不動産を所有しているからといって必ずしも管財事件になるとも限りません。

というのも、住宅ローンが残っている不動産の中には、被担保債権額が不動産の資産価値を上回る状態(オーバーローン)となっていることがあり、このような不動産については、資産として評価されない運用となっています。

例えば大阪地裁の基準では、原則としてローン残高が固定資産税評価額の2倍を超えるときは資産価値がないものとして扱われ、その結果、その他の基準を満たせば同時廃止事件で終わらせることができます。


「同時廃止事件にするために任意売却をしなければならない」わけではないのです。

この場合、任意売却をするかしないか、するにしても破産申立ての前か後かというのは、個別事情を勘案して決めることになります。


本当に「自己破産しなくていいケース」(任意売却すれば債務を完済できる場合ですね)にも「一切耳を貸してくれない」弁護士がいるとすれば、よっぽど雑な業務をやっている弁護士じゃないでしょうか。


特に司法書士の場合は、任意売却でも結局は登記手続に絡むので、「自己破産してくれないとお金にならない」わけでもない。

手間と時間を考えたら、任意売却で自己破産を回避できるのであれば、むしろそっちのほうが司法書士業務としては圧倒的に費用対効果が良いという可能性もあります。

何なら管財事件の可能性がある段階で(一切報酬はもらえないが)弁護士に引き継ぐこともあります。

実際のところ、司法書士にとって「無駄な自己破産」を勧めるインセンティブは全くないのですよね。



加えて、「任意売却にトライして失敗したら、裁判所からの評価が下がる」というプレッシャーも弁護士にはあります。

裁判所は仕事の成績により弁護士を独自に格付けしており、格付けの高い弁護士には企業の「管財事件」など、大きな報酬が見込める案件を回します。個人の任意売却で失敗し、格付けが下がることは収入に大きな悪影響となるので、「リスクを冒してでも債務者のために」と頑張る弁護士はいないのです。



この点は、司法書士が管財人になることはありません(全国的に探せばあるのかもしれませんが一般的ではない)から裏事情までわかりませんが、管財事件の配転と申立代理人の実績が連動するという話はあまり真実味がなく、にわかには信じがたいところです。

「任意売却にトライして失敗した」ことをいちいち集計して格付けしてんの?裁判所が??マジで???


個人的な感覚としては、そんなことを弁護士が考えて、同時廃止事件になる事件をあえて(面倒な)管財事件になるよう申立てをしているとは考えられないです。



任意売却は債権者にとっても利益はあるし、実際に自己破産をする必要がない(しない方が良い)ケースであれば、専門業者に頑張っていただければよい。


また、個別の事案において、任意売却した後に自己破産するという方法を選択する場面においても、優秀な専門業者が適切かつ円滑に任意売却手続を進めてもらえるのであれば、弁護士や司法書士としてもありがたいものです。


ただ、弁護士や司法書士が「自己破産しなくていいケースでも、解決策として一律に自己破産をすすめる」というのは普通ではありません。

自己破産しなくていい事件を無理やり自己破産に持っていくほど弁護士も司法書士も暇じゃないし、そのような普通ではあり得ない選択をすると、トラブルの可能性や手続が途中で止まるリスクも大きいですから、ひたすら面倒な未来しか見えないわけですよ。

そんな面倒なことは、金を貰ってもやりたくないですからね。


何より、この記事の執筆者が想定しているのは、主に「結局は任意売却後に自己破産するケース」だということです。

この記事でも、「弁護士に相談に行かずに任意売却専門業者にいけば、任意売却によって自己破産を回避できる」とは書いてありません(そしてそれは事実です)ので、ご注意ください。


では、今日はこの辺で。