2023年8月3日木曜日

成年後見制度と意思能力の関係

司法書士の岡川です。

お久しぶりです。

なんと、このブログ1年以上投稿していないことに気づきました。
こんな超放置ブログですが、今でも「ブログ見てます」と言ってもらえることがちょいちょいありまして、ありがたい限りです。

さて、今日は久しぶりに書きたいことがあったので徒然なるままに。



突然ですが、成年後見制度ってあるじゃないですか。


もう10年以上前の投稿になりますが、「成年後見制度入門」からの一連の記事を見ていただければ、だいたいのことは理解できると思います。


世間では、だいぶ成年後見制度に対する理解も進んでおり、10年前と比べたら各種手続も随分とスムーズになりました。

しかし、それでもまだまだ根本的に理解されていないところがありまして、今でも金融機関やら保険会社やら通信会社やらで、無茶苦茶なことを言われることがよくあります。
例えば、「本人(被後見人)連れてきてください」「本人からの委任状が必要です」といった話は今でも珍しくありません。

軽くおさらいしますと、成年後見人(に限らず、保佐人や補助人も)は、「法定代理人」です。
裁判所が審判によって選任される、「法律で定められた代理人」ですから、その代理権の範囲においては、本人に代わって(つまり本人がいなくても)契約等の法律行為をすることができます。
本人が自分でできないところを(本人のために)代理するための制度ですから、「本人連れてこい」というのは、法律で定められている権限を無視するものです。
また、委任状というのは、法律上の定めではなく、委任契約等によって権限を与えた代理人(これを「法定代理人」に対して「任意代理人」といいます)が、代理権を与えられたことを示すための書類です。
「代理人に委任したこと(内容)を相手方に示すために、委任者が代理人に渡しておく書状」が委任状なわけです。

成年後見人等の法定代理人は法律で権限が定められているわけで、本人から何か委任されたわけではないですから、「本人からの委任状」なるものは本来的に存在しないのです。

その代わりに、後見人には法務局から「登記事項証明書」というものが発行されますので、これがあれば、その人が後見人等であること(保佐や補助の場合は、さらに権限の範囲)がわかります。


それから、「会社の規定で、書類は本人の自宅にしか送付できません」といわれること(特に保険会社)も、いまだにあります。
それをされると、既に施設入所している場合等、本人が自宅にいなかったら誰も受領できないのですよ。

当然ながら、書類の受領権限も後見人にありますし、後見人の事務所住所もその相手方会社に届け出ているわけですから、後見人宛に送付すれば済む話なのです(そういう扱いの保険会社も少なくないので、それができない理由はない)。

しかしなぜか、頑なに本人の自宅住所宛にしか送らないという会社があります。

ちょっとこれは、本当に何がしたいのかわかりませんし、誰も得しない(保険会社としても重要書類が返送されてくるだけで面倒なだけ)ので、速やかに改善していただきたいものです(保険会社のエライ人見てますかー?)。



前置きが長くなりました。

(そう、ここまでが全部前置き)



上に書いたようなことほどの頻度ではないのですが、特に保佐・補助・任意後見の場合にたまに遭遇する面倒な問題があります。

言ってる当人が発言内容を理解せずに(おそらく会社のマニュアルとか上司の指示に基づいて)言ってくるのですが、それが、


「本人に意思能力はありますか?」


これです。


意思能力というのは、「自己の行為の結果を認識する(あるいは認識したうえで正しく意思決定する)知的能力」のことを言います(→「意思能力の話」)。
意思能力を有しない者が行った契約等の法律行為は無効となります(民法3条の2)。

もっとも、保佐・補助類型や任意後見であれば、多くの場合は意思能力はあります。
保佐や補助類型は、事理弁識能力(厳密にいうと意思能力とは少し異なりますが、判断能力という意味ではある程度重なる概念)が不十分なだけの方ですので、開始時よりよほど認知症が重症化した場合でもなければ、当然に意思能力を欠いているようなことはありません。
また、後見類型であっても本人の能力には幅がありますので、完全に寝たきり状態の方でもなければ、意思能力自体は認められるような方もいます。

任意後見は事理弁識能力的には補助相当くらいの方から開始されるので、色々な場合がありますが、やはり意思能力が認められることも少なくありません。


だから私は、ほとんどの場合こう答えるのです。

「意思能力はあります」



ここまでは別にいいのです。
聞きたければ聞いたらいいし、こっちも答えるだけです。

問題はその後ですが、こういう問答で私が「意思能力はありますよ」と答えると、たいてい「意思能力がある場合は、保佐人(補助人・任意後見人)が代理できません」とか言ってくるのです。


いや待て待て。

 

それだと、後見制度の意味がないじゃないか。

 

その時々の本人の意思能力の有無で、個別に契約が有効になったり無効になったりするとまともに契約ができないし、そうなると本人も相手方も困ります。
そうならないように、予め一律に一定の代理権を付与することで、本人の権利を擁護しつつ、取引の安全も図っているのが成年後見制度です。

後見人がついていない場合、相手方に意思能力が無ければ契約が無効になってしまうので、意思能力を確認することは重要です。
しかし、後見人がついていて後見人が代理すれば、本人に意思能力が無くても契約は無効になりません。

本人の意思能力があってもなくても、代理人には本人のために法律行為をする権限があるからです(そうでなければ意味がない)。

つまり、本人の能力に応じて、私が「この人は意思能力はあります」と答えようが「この人は意思能力はありません」と答えようが、どっちにしても後見人が手続をすることに変わりはないわけです。


さらに言えば、(任意後見や同意権のない補助を除き)行為能力が制限されていますから、意思能力がある本人(特に成年被後見人や被保佐人)が契約したら、逆にその契約が無効になることもあります。
(同意のない)制限行為能力者の行為は、取消すことが可能だからです。
そうすると、本人の意思能力を確認するのは構わないが、意思能力があろうがなかろうが相手方としては、本人と契約するわけにはいかず、後見人等を代理人として契約するのが安全なわけです。


もちろん、本人の事理弁識能力に応じて、本人の意思を確認したうえで後見人が手続を進めること(意思決定支援のプロセス)は重要ですが、それは本人と後見人の間の問題であって、そのプロセスがどうであれ相手方との関係(契約の有効性や代理権の有無)には全く影響がありません。

そして、意思能力の有無を確認してくる会社が、意思決定支援の理念に基づいて確認しているわけでないことは明らかです。
なぜなら、そういうことを言ってくる場合、「では、まず本人の意思は確認されましたか?」ではなく、「では本人から委任状をもらって…」と言ってくるからです。

要するに、「意思能力があれば代理権限がなくなる」とでも思っているということです(前述のとおり、後見人等の代理権は、委任状ではなく登記事項証明書で提示できるのですから)。

こうなると、「いや、だから私が代理権を持ってますし、登記事項証明書で証明できるんですけど…」という話を延々と説明しなくてはならず、非常に面倒なことになります。



まとめます。

後見だろうが保佐だろうが補助だろうが、あるいは任意後見だろうが、本人の意思能力は必ずしも失われているものではありません。
そして、本人の意思能力があるかないかにかかわらず、成年後見人、保佐人、補助人、任意後見人が就任した以上は、それら後見人等には間違いなく権限が付与されております。
そして、その権限は、委任状ではなく、法務局が発行する登記事項証明書にて確認することができます。

逆に、意思能力があるからといって成年被後見人等と直接契約すると、契約を取り消される可能性もあります。


本人の「意思能力」を確認する場合、何のために確認しているのか、改めて考え直してみてください。

では、今日はこの辺で。