2021年1月18日月曜日

「マルチまがい商法」はマルチ商法だという話

司法書士の岡川です

前回、「キングコング西野さんはマルチ商法はしていないという話」を書いたのですが、マルチ商法というのは、「会員に高額な品物を売りつける怪しげな商売」のような意味ではなく、「『他の会員を加入させたらあなたの儲けになる』として新規会員を勧誘して物を売る手法」をいいます。
これにより、連鎖的に会員が会員を勧誘して階層組織が出来上がるから「マルチ(multi-level=多層の意味)」商法というのです。

人を増やすことで利益を上げるというマルチの仕組みは、実際のところは大多数が利益を上げられずに損をするものなので、野放しにして損害が広がらないよう法律による規制の対象にもなっています。

他方で、どんなに高額な物を売っても、人を組織に勧誘しなければ、階層組織を形成するというマルチの手法ではありませんから、仮にそれが悪質な売り方だったとしても「マルチ以外の悪質商法」ということになります。


「物を売っても人を勧誘しなければマルチじゃない」として、では逆に、「人を連鎖的に勧誘するけど物は売らない」という場合はどうなるか。


マルチ商法は、自己の利益のために他の会員を勧誘して組織を拡大すること(その結果、階層組織になること)が本質ですから、その際に金を受け取る名目として、直接物を売るかどうかはそれほど重要ではありません。

ところが、法律がある行為を規制するにあたっては、一定の要件を基準にマルチ商法を定義してそれを規制します。
そのため、定義の仕方によって、概念的にマルチ商法に含まれる取引形態と、法が規制対象として定義する取引形態の間に間隙ができてしまいます。


かつての訪問販売法(特定商取引法の旧称)の規定では、「人を加入させればお金がもらえる」という誘い文句で「物品を再販売する」という形態のみを法律上のマルチ商法(連鎖販売取引)と定義していました。

そうすると、「物品」の再販売じゃなければ定義から外れるので、勧誘相手に「サービスを提供」してその対価を得る形であれば法的にはマルチ商法には該当しない。
あるいは、物品の「再販売」じゃなければこれも定義から外れるので、勧誘相手に直接物を転売するのではなく、委託販売やら販売のあっせんという形にして、相手には「本部から物を売る」システムであれば、これも法的にはマルチ商法には該当しなくなります。

構造としては明白にマルチ的なもの(したがって、マルチ商法と全く同じ危険性を有する取引)であっても、法律上のマルチ商法(連鎖販売取引)の定義には当てはまらない。
こういうものは、「マルチまがい商法」と呼ばれていました。


しかし、昭和63年法改正により、連鎖販売取引の定義が拡張され、上記のようなサービスの提供であったり、委託販売型や紹介販売型のマルチ的なものも全て連鎖販売取引の定義に加えられました。

現行法の連鎖販売取引の定義はかなり広いので、これにより、かつては規制から逃れて「マルチまがい商法」と呼ばれていたものは、現行法では全て「連鎖販売取引(マルチ商法)」の定義に当てはまるようになっています。



すなわち、「マルチまがい商法」というのは、現行法では全てマルチ商法なのです。



現行法の定義では、「マルチまがいだけどマルチではない」ものが存在する余地はあまり想定できません。
そうすると、現在「マルチまがい」だと批判されるものがあるとすれば、実際のところは、「マルチっぽいどころかマルチそのもの」という場合か、「手法が全くマルチ的でない」のどちらかだということになります。

例えば、「ネットワークビジネス」というのも、マルチ「まがい」ではなく、呼び方を変えているだけで結局は連鎖販売取引(マルチ商法)そのものです。

仮に、「ネットワークビジネス」と称しているにもかかわらず、人を連鎖的に勧誘することが想定されていないものがあるとすれば、それは確かにマルチ商法ではありませんが、同時に、本来の意味のネットワークビジネスでもない「何か」です(マルチと違って安全な取引か、あるいはマルチ以上に危険な何かかもしれない)。


ところで、物を売るかどうかは本質的ではないといいましたが、その究極として、勧誘時に物を売らないどころか、サービスも提供しない、委託販売も販売のあっせんもしないという場合はどうでしょう。

他人を「あなたも他の人を勧誘すれば金を貰えますよ」といって勧誘して金を受け取る。
これを連鎖的に繰り返せば、物品もサービスも介さず、金のやり取りだけでも階層組織ができあがります。


これがいわゆる「ねずみ講」です。


ねずみ講は、法律用語としては無限連鎖講といいます。


文字通り無限に連鎖することができれば、理屈上は皆が儲かるのですが、当然ながら人間の数は有限ですからその想定は絶対に成立しえない。
そうすると、無限連鎖講というのは、破綻することが確実なシステムです。
つまり、階層組織の上層にいるごく一部の人間以外の全員が絶対に損をします。


ここまでくると、連鎖販売取引のように「特定商取引法のルールを守っている限り合法」とかいってる場合ではありません。

一般のマルチ商法は、「ルールを守らない勧誘が行われた場合に違法になる」のですが、ねずみ講は、特定商取引法とは別の法律で、それ自体が違法とされています(最高で懲役3年です)。

マルチ商法といわれる取引の中にも、実質的には物品の売買やサービスの提供が行われず、単に金銭が移動していくだけのものについては、連鎖販売取引どころか、無限連鎖講に該当することがあります。


ねずみ講は絶対に儲かりませんから、手を出さないようにしましょう。

世の中そんなにうまい話はありませんから。


では、今日はこのへんで。

2021年1月14日木曜日

キングコング西野さんはマルチ商法はしていないという話

司法書士の岡川です。

お笑い芸人キングコングの西野亮廣さんという方がおられるんですけどね。

今は絵本作家やったり、オンラインサロンやったり、最近では、自身の絵本を映画化した「映画えんとつ町のプペル」という作品が話題を呼んでいたりしますね。

私自身は、絵本は買ってないし映画も見てないし、もちろんオンラインサロンにも入っていませんが、何か色々頑張っている人(のうちの1人)という認識ではあるので、ぼんやりと外野から眺めているところです。


まあとにかく多方面で活躍されているので詳しくはWikipediaでも読んでもらったらいいと思うんですが、今日はその西野さん(あるいは、その周辺)で起こっている「マルチ商法」疑惑?批判?について、ツイッター等で話題になっていたので触れてみようと思います。


西野さんは、オンラインサロンという、有料会員を集めて仲間内で色んな事をやっているようです。
サロンメンバーは、基本的に西野さんのビジネス論やら思想やら生き様やら、まあ何かしらに興味なり関心をもって集まっている方々です。

傍から見たら、西野さんを崇拝している集団のように見えるらしく、宗教だとか詐欺師だとか批判(揶揄?中傷?)されることもあるようですが、個人的に「なんか皆さん楽しそうに頑張ってるなぁ」くらいにしか思っておりませんので、西野さんの活動全体に対する評価はとりあえず置いときましょう。



で、今回の話題なんですけど、そのサロンメンバーに、「えんとつ町のプペルの映画チケットと台本をセットで買い取ったうえで自由な価格設定で販売する権利」を売ってたみたいなんですよね。
サロンメンバーは1セット約3,000円で購入し、あとはそれを3,500円で売っても4,000円で売ってもよい。
その差額がサロンメンバーの利益(小遣い)になるという仕組みだそうです。


まあ、3,000円とか30,000円とかを身内でワイワイ楽しく売り捌いている分には良かったんでしょうけど、その中から


「無職が失業保険使ってチケット台本を80セット(約24万)買った」


(で、結局売れなかった)


とかいう、まあまあインパクトのある話題が表に出てきちゃった(実際には、何か月も前の話なのですが、誰かが見つけて表面化したのが最近のようです)もんだから、おいコラ西野それはマルチ商法やろ…という批判がネット上で噴出。
「会員に儲け話をして(再販のための)物を売りつける」…これがマルチ商法の手法だということでプチ炎上中なわけです。



でも待ってほしい。



西野さんはマルチ商法はしてないから!



あー…これまあ別に西野さんを擁護してるとかそういうことではなく、もっといえばこのビジネス(?)が良いとか悪いとかも含意しない、純粋に「これはマルチ商法じゃない」という、それ以上でもそれ以下でもない話ではあるんですが。



どういうことかというとですね。

「マルチ商法」ってのは別に、怪しげなビジネスやら悪徳商法の総称ではありません。
そもそも悪徳かどうかも問わず(悪質な場合が多いですが、マルチ商法自体は一応合法です)、一定の手法の商法を意味する言葉です。

あくまでも、「マルチ」の仕組みの商法をマルチ商法というのです。


じゃあ「マルチ」って何かというと、「multi-level」のマルチです。
日本語にすると「多層」とか「重層」とかいう意味ですね。

法的には「連鎖販売取引」や、あるいはもっと露骨に違法な「無限連鎖講」がこれに該当します。
無限連鎖講というのは、平たく言えば「ねずみ講」です。

これでいうと、「連鎖」が「マルチ」に相当する日本語です。


では、何が「多層」やら「連鎖」なのかというと、その組織の会員(加入者や販売者)です。

マルチ商法は、AさんがBさんを勧誘し、BさんがCさんを勧誘し、CさんはDさんを勧誘する…というふうに、連鎖的に販売員を増やしていくものを指します。
このとき、CさんがDさんを加入させて利益を得れば、その利益の一部を、Cさんを勧誘したBさんも得ることができ、さらにBさんの利益の一部を、Bさんを勧誘したAさんも得ることができる、というふうに、上位の階層の人が下位の階層の人の売上に応じて利益を得る仕組みです。


要するに、「誰か他の人を会員に引き込めば、その人の利益の一部があなたのものになる」として物を売りつける(と同時に相手を会員とする)販売手法をマルチ商法といいます。

「物」を売るのではなく、「物を売る人」を連鎖販売組織内に引き込むことにより利益を出すということがマルチの本質的特徴です。

この構造では、自分よりさらに下層で「物を売る人」を大量に増やさなければ利益が出ない(その下層の人も、さらに自分より下層の販売者を増やさなければならない)ばかりか、そう簡単に自分より下層の会員を増やすことはできませんから、現実的には利益を出すことが極めて困難です。
なので悪質商法になり易く、法律で規制されているわけです。



特定商取引法で規定された法律用語としての連鎖販売取引は、もう少し厳密に定義されるのですが、いずれにせよポイントは、単に「会員に再販用の物を売る」というだけでマルチ商法になるわけではないということです。


単に再販目的で物品を売っただけでマルチ商法になるなら、卸売業者は全員マルチ商法をやってることになってしまいます。
しかし、卸売業者から品物を購入した小売業者は、単にその品物をお客に転売してその差益で儲けているわけで、別に客を連鎖販売組織の会員に勧誘するわけじゃないですから、これはマルチの仕組みではないわけです。


特定商取引法でも、最終消費者に再販することを目的として、その者(再販する人)に物を売る行為は、連鎖販売取引には該当しません。



さて、映画チケットの件ですが、運営側は、再販用として会員にチケットを販売しています。
ここで会員がチケットを販売(再販)する先は、最終消費者(映画を見に行きたい人)が想定されているようです。

例えば「会員が『誰か』をオンラインサロンの会員に勧誘してチケットを再販し、その『誰か』が『さらに他の誰か』にチケットをさらに転売して利益を出せば、その売上の一部が売った会員に還流してくる」という仕組みであれば、これはマルチ商法ですが、そういうわけではなさそうです。


となると、ここに「マルチ」要素が全くなく、ただ「全部売り切るのが難しい量の商品を、会員に売っただけ」という「マルチ商法以外の何か」です。
チケットを売りきれば純粋に差益で儲かるし、売れなければ在庫抱えて損をするという単純な話なわけです。

まあ強いて言えば、近いのは「代理店商法」あたりかな、と思ったりしますが、典型的な代理店商法(代理店登録料を吸い取られる仕組み)とも異なります。
そう考えると、本当に一番近いのは、「タピオカブームに乗っかって、販売ルートも確保せずに転売目的で大量にタピオカを購入した人が在庫抱えてる」というような話なのかなと。


 

 

てなわけで繰り返しますが、西野さんは「マルチ商法は」してない!





でまあ、先に述べたとおり、この記事は「マルチ商法じゃない」という、ただそれを言いたかっただけなので、じゃあこのビジネス手法が良いのか悪いのかというところまで論評するものではありません。
サロン内でどういう勧誘が行われたのかも知りませんし。

もしかしたら、「マルチ商法なんて生ぬるいものではなく、もっと悪質な何かだ!」という話かもしれないし、「新しい収益モデルを作ってスゲー」って話かもしれない。

そこは今のところ中立です。

いずれにせよ、短絡的に「何か怪しい。これはマルチだ!」と批判するのではなく、何がどう問題なのかを冷静に分析する姿勢が大切です。
「悪質商法=マルチ商法」というような考えをしていると、逆にマルチっぽさが全くないスキームを紹介されたときに、「マルチじゃない」というだけで、別の悪質商法に引っかかる危険もありますから注意しましょう。

あと本件の教訓として、そもそも、自分自身に独自の販売ルートも人脈も特殊な能力もないなら、安易に奇抜なビジネスで儲けようとは思わないことです。


では、今日はこの辺で。

2021年1月5日火曜日

新年の挨拶と、生活に困った方へメッセージ

 司法書士の岡川です。


あけましておめでとうございます。


昨年は、新型コロナウイルス感染症により、ほんとうに何もできない1年でしたが、他方で、世の中の構造や人々の行動様式がガラッと変わった激動の1年でもありました。

特に、IT化、デジタル化、オンライン化という面では、必要に迫られたせいもあり、一気に加速したように思います。


今年もコロナの影響はまだしばらく続きそうですが、皆で協力しあって困難を乗り越えていきましょう。



さて、新型コロナの影響は深刻で、関東のほうではまた緊急事態宣言が出るような報道もあります。

今となっては、緊急事態宣言自体にどれほどの効果があるのか疑問がないでもないですが、短期的には経済に悪影響を及ぼすことは否定できません。

既にギリギリの生活を強いられている方々にとっては、致命傷を与えることになるかもしれません。


昨年から続くコロナ禍により経済的に大変な思いをされている方は、決してひとりで悩まないでください。

ぜひ、お近くの司法書士・弁護士・司法書士会・弁護士会・法テラス等に気軽にご相談ください。

我々法律家は、日々、様々な生活の困りごとについて相談を受け、支援をしています。

何かお手伝いできることがあるかもしれません。


借金の返済やクレジットカードの支払いが困難になった場合も、間違っても、闇金から金を借りたり、ネット上で「借金じゃない」「ブラックリストに乗っていても大丈夫」「〇〇するだけですぐに現金が受け取れる」と宣伝する怪しげな業者(これらは、実質的には年利換算で何百%という違法な高金利の闇金です)からお金を受け取ったりしないようにしましょう。

そのようなところから金を借りる前に、まずご相談ください。


司法書士や弁護士だとハードルが高いというのであれば、市役所でも相談窓口があります。


例えば高槻市ですと、生活に関する様々な困りごとの総合的な相談窓口として、「くらしごとセンター」があります。

こういうところにまず相談するのも一つの手です。


また、当事務所では、借金が返せなくなった場合の債務整理も扱っています。


岡川総合法務事務所お問い合わせ


高槻市やその周辺の市で借金問題でお困りの方は、上記の問い合わせフォームからお問い合わせください。


では、今日はこの辺で。

2020年12月21日月曜日

遺産分割協議書における「その他の財産」の扱い

司法書士の岡川です。 


前回の記事と同様、「幻冬舎ゴールドオンライン」の記事からご紹介。


今回は、記事の内容自体が法的に間違っているわけではないのですが、内容が一面的で鵜呑みにすると危険なものです。


なんで書いたかな…遺産分割協議書の「余計すぎた一言」で大損


遺産分割協議書を作成する際、わざわざ「これ以外の財産に関しては、Xが相続することとする」などという余計な一文を書く人がいますが、その必要はありません。その後財産が見つかったときに、その一文があるせいで、相続税をたくさん払うはめになることがあるからです。



適当なことを書かないでいただきたい…。


この一文は、「余計な一言」で片づけられる条項ではありませんし、一概に「その必要はありません」と断言できるようなものでもありません。

多くの場合、必要があるから書かれているのです。



確かに、記事で書かれているとおり、相続税の観点からすれば、この一文があることで節税ができなくなる場面というのは存在します(実際の事例としてどれほどの頻度で発生するのかは疑問ですが)。

そして、税金のことは相続人にとって大きな関心事ですし、税理士としての専門性が発揮されるのも税金の話です。


しかし、そもそも遺産分割の最終目的は遺産共有状態を解消して遺産を相続人に承継させることです。

税金のことだけ考えておけば良いのではありません。

むしろ、相続税がかかるのは全体の数パーセントだけですから、大部分の相続においては、税金以外の問題のほうが大きいのです。

節税の点で問題となりうる一場面のみをもって、上記のような一文につき一般論として「余計な一言」「その必要はありません」と切り捨てているのは、税金のことしか考えていない解説だといえます。



さて、遺産分割協議書における、「その他の財産は○○が取得する」という一文がなぜ書かれているかというと、相続手続きをしている際や、将来的に、「当事者が把握していなかった財産が見つかった場合」に遺産分割協議のやりなおしを回避できるというメリットがあるからです。


原則論でいえば、想定外の財産が出てきたときには改めて分配方法を協議するのが筋ですし、相続税がかかるような相続であれば、改めて税金がかからないように分割するのが良いこともあり得ます。

しかし、多くの場合は、わざわざ改めて協議をする実益がないのが実情です。


というのも、一般的にありうる「その他の財産」としては、例えば、預貯金の相続手続をしているときに出てきた「被相続人が昔使っていて放置していた口座に数円の預金」とか、相続の何年も後に見つかった「固定資産税が課されていないような被相続人の名義の土地(例えば道路部分)や建物」とか、遺品を整理していたら引き出しから出てきた記念硬貨とかプリペイドカードとか、そんなんです。


基本的に、相続税どころか相続人間の相続割合の大勢に影響を与えないような財産(したがって、しばしば相続財産の調査から漏れてしまうことがある)です。


「数円だけの預金通帳」なんかは、場合によっては相続手続をせずに放置すればよいかもしれません(可能であれば)。

しかし、例えば不動産に関していえば、それ単体では価値のない物件(広い土地の一角の小さな土地とか)であっても、本体の不動産を売却する際には絶対に自己名義にしなければならないようなこともあり得ます。



そして、こういう「他の相続人も別に欲しくもない」ような財産のために遺産分割協議をやり直すことが困難な場合も多いのです。

長い時間をかけてようやく遺産分割協議が成立した場合もあるでしょうし、何年も後に見つかったら、他の相続人に数次相続が発生している可能性もあります。

ここからの遺産分割協議のやり直しは、多大な時間と費用がかかることも少なくありません。



そういうリスクを回避するための方策が、「その他の財産は○○が取得する」という条項です。

この一文を入れておけば、遺産分割協議書の記載から漏れてしまった財産について、いちいち「遺産分割協議のやり直しリスク」を回避できます。



すなわち、遺産分割協議の段階で具体的に判明していない「その他の財産」に関して遺産分割協議書の中でどう取り扱うかというのは、上記のような「些細な財産が出てきた場合の遺産分割協議やり直しのリスク」と「高額の財産が出てきた場合に相続税の節税ができない(あるいは、相続人間の不平等が生じる)リスク」のどちらをとるか、という問題なのです。



資産家の相続で、かつ、不明な財産が多い場合など、後者のリスクを回避すべき場面もあり得ます。

その場合は「その他の財産については、別途協議する」というような条項にすることも考えられます。


しかし、現実的には、多くの場合は前者のリスクが問題となります(実際に、この条項で助かる場合は結構多いのです)。


というわけで、



「余計な一文を書く人がいますが、その必要はありません。」



この解説を鵜呑みにすると危険なことがおわかりいただけたでしょうか。



では、今日はこの辺で。

2020年12月11日金曜日

生前の相続放棄?

 司法書士の岡川です。

こんな記事を見つけました。

「嘘だったの…」ドケチ親父死去。後妻の要求で知った衝撃金額


やたらと長い(上に内容が間違っている)ので全部は読まなくても良いと思いますが、要旨は、税理士が経験した「死亡した男の実子と後妻との間の相続トラブル」というよくある話です。


ある人(被相続人)が配偶者と離婚や死別した後に再婚すれば、当然、その再婚相手は被相続人の法定相続人となります。

そして、被相続人に(前の配偶者との間で)子がいれば、その子らも法定相続人です。

このとき、被相続人が死亡したら、「被相続人の子」と「被相続人の再婚相手」が共同相続人として遺産分割協議をしなければなりません。



しかも、比較的若いときに再婚した場合のように、必ずしも再婚相手と夫婦関係(あるいは事実婚状態)がそれなりの期間続いているとは限りません。


再婚相手の相続分は婚姻期間とは無関係ですから、被相続人が死ぬ直前に出会った相手と再婚した場合など、数か月程度の婚姻関係であっても、遺産の半分がその再婚相手のものになります。


相続関係をきちんと理解したうえで、確たる意思を持って行動しなければ、これは本当にトラブルのもとです。



という前提知識をふまえて、上記の記事では、まさにそういう状況になります。

(「レスラーさん」というのが被相続人)



私はすぐにレスラーさんに電話をかけた。「おお、先生。久しぶりだね」レスラーさんは元気にそう答えた。挨拶もそこそこに、私は早速再婚の件について聞いた。 


「早耳だなあ、先生。相続のことが気になって電話してきたんだろう? その点は大丈夫だよ」「大丈夫というと?」「新しいカミさんには相続を放棄してもらったんだよ。たまたま相続を専門でやっている弁護士さんがいたので、その書類も作った。だから問題ない」レスラーさんはそう言った。


(中略)


子どもたちともめてしまう可能性を未然に防ぐため、再婚相手に相続を放棄してもらったというわけだ。



んん?


日本の法律では、生前に相続を放棄する方法は存在しません。

したがって、いくら「相続を専門でやっている弁護士」といえども、「生前に相続を放棄してもらう書類」など作成しようがない。

そんなもの作成しても法的な効力はありません(せいぜい紳士協定程度の意味しか持ちません)。


本当に後妻に相続させないようにするには、遺言書を作成するしかありません(それでも遺留分の問題がありますが)。



この時点で、「レスラーさん」が嘘をついているか、何か完全に勘違いをしていることが分かります。

しかし、この税理士はそこに全く疑問を持つことなくスルーしたようです。


続く文中で、書類の不備を確認しようとしたらしいことが書かれていますが、不備とかそういう問題ではありません。

そもそも生前に相続放棄をしたということ自体があり得ないのです。



さて、「レスラーさん」が死亡し、案の定、相続問題で「レスラーさん」の子らと後妻が揉めたようです。


だが、その揉め方がおかしい。




「わかった。すぐに調べてみる」私はそう言って電話を切り、弁護士に電話をかけた。相続放棄がどうなっているか確認しなければならなかった。


「ああ、レスラーさんの件ね。相続放棄の契約があるんですが、あれはダメ。通らないんですよ」「通らない。つまり無効ということですか?」「ええ。事前に契約を交わしているのですが、相続財産の額に嘘があったんです。実際の相続財産の額が本人の申告とかけ離れているんです」


弁護士によると、再婚相手と相続放棄の契約をしたときにレスラーさんは全財産が1000万円ほどだと言ったようだ。しかし、預貯金、土地、建物を合算してみると、実際には約5000万円の財産があった。


(中略)


「全財産が2000万円くらいだったなら夫人も文句なかったんでしょうけど、申告の額の5倍ですからね。これはダメでしょう」弁護士が言う。「そうですね」私はそう返し、電話を切った。


いやいやいや。


生前に相続放棄契約をしても効力はありませんから、この場合、相続財産の額に嘘があったかどうかは関係ありません。

仮に、本当に1000万円しかなかったとしても、その相続放棄契約なるものは当然に無効です。


だから弁護士がそのような話をするわけがありません。




というわけで、この記事は、論点が無茶苦茶ということが分かります。

弁護士が生前に相続放棄契約を作成することはないし、契約前に後妻に伝えた財産額に虚偽があったことが問題なわけじゃないからです。


これでは何の教訓にもなりません。


「いずれにしても、契約ごとの間違いや?は、契約そのものを白紙にする可能性を持つ。そのせいでトラブルが起きたり、大きくなったりするのだ。」とありますが、本件の問題点はそこではありません。

生前に相続放棄をしたという話を信じたことが間違いなのです。



記事中にも書かれていますが、この件でトラブルを避ける唯一の方法は、遺言書を作成することしかありません。

もっとも、仮に遺言書を作成したところで、後妻の遺留分を侵害することはできませんから、遺留分相当額(この場合遺産の1/4)は後妻のものとなります。



なお、生前に、配偶者の遺留分も排除する方法として、生前に遺留分を放棄するという方法はあります。

ただし生前の遺留分放棄は、家庭裁判所に申立てをして家庭裁判所が許可しなければ効力が生じません。

申立てをするだけで良いというものではなく、遺留分に相当する財産を生前に受け取っているなど、予め遺留分放棄をする合理的な理由がなければ、家庭裁判所も許可しません。


結局、何らかの財産が後妻にいくことは避けられないということです。




このように、結婚は自由ですが、結婚により相続関係は確実に複雑化します。

生前に一筆書いておけば済む話でもありません。


親子関係が良好で「遺産は子に残したい」と考える人もいるでしょうし、あるいは逆に、親子関係が悪くて「遺産は子に残したくない」と考える人もいると思います。


どっちにしても、きちんと専門家に相談して対策をしましょう。



では、今日はこの辺で。