2021年4月29日木曜日

相続放棄後の管理責任

 司法書士の岡川です。


全国的に大量の空家(管理不全建物)が存在していることは以前から大きな社会問題となっています。


いわゆる空き家問題ですね。


私は、大阪司法書士会空き家問題対策検討委員会の委員をやっていたこともあり、現在も高槻市空家等対策審議会の委員を現役で拝命しているところでして、空き家問題についてはちょっとだけ詳しいのです。


さて、建物が空き家になる理由はいくつもありますが、大きな理由の一つが相続です。

さすがに自分が住んでいた家を空き家にしてそのまま引越しすることはあまりない(高齢になって施設に入所するとかいう場合は除く)ですが、親から相続した建物がそのまま放置されるという例は少なくありません。



さて、相続が発生した場合、相続を承認した相続人が所有者になります。

当然ながら所有者として自由に処分する権利もあれば適切に管理する義務もあります。



しかし、相続人が相続放棄をしてしまえば、被相続人(亡くなった親)の所有していた不動産はどうなるでしょうか。



相続放棄をした人は、初めから相続人でなかったものとして扱われます(民法939条)。

つまり、親が生前住んでいた実家が現在空き家になっているとしても、相続放棄した人は、その空家の所有権を取得することはありません。


親が借金まみれで亡くなった場合、相続放棄をすればその債務を承継するのを免れるのと同じで、親の相続財産が欲しくもない空き家だけなら、相続放棄をしてしまえばその空き家を承継する必要もなくなるわけです。


まあここまでは分かりやすい話です。



ところが、問題はここからです。



ここ1~2年くらい前からでしょうか。


「相続放棄をしても、実は管理責任が残る。管理し続けないと近隣住民や通行人に対して損害賠償責任を負うことがあるから気をつけよう!」なんていう話をよく目にするようになりました。


素人の記者が書いた週刊誌やらネットメディアのみならず、弁護士や司法書士、税理士などの相続を専門にする士業者のホームページにも書かれています。


さらには、東京の弁護士会が運営する法律相談センターのサイトでも同趣旨のことがかかれています。


相続放棄後の管理責任

民法第940条は、「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。」としています。

この管理責任が問題となるのは、例えば、山奥の山林であったり、老朽化した家屋が挙げられます。山林の木が敷地外の道路に倒れてしまったり、老朽家屋が倒壊して隣地に迷惑をかけたり第三者に怪我をさせたりすると、管理をしている相続人がその責任を問われることになりかねません。 

 (https://www.horitsu-sodan.jp/column/column/704.html



確かに、民法940条には「財産の管理を継続しなければならない」と書かれています。


しかしこの規定は、相続放棄した人が、次順位の相続人に管理を引き継ぐまでの間、その相続財産の価値を減少させないように管理する責任を負っているというものであり、一種の事務管理(契約によらずに他人の財産の管理を開始したときに、その相手との関係で一定の権利義務が発生するルール)の規定だと理解されています。


したがって、誰に対する義務かというと「その放棄によって相続人となった者」(遺言があった場合の受遺者等も含まれる)であって、管理責任を果たさずに財産的価値を損ねた場合には、引き継いだ相続人に対して損害賠償責任を負うというものです。


もちろんその管理の過程で、不法行為の一般規定である民法709条の成立要件を満たせば、(近隣住民や通行人等の)第三者に対する責任を負うことはあるでしょうが、940条自体には、相続放棄をした人につき、709条の要件を修正ないし緩和するような特殊な不法行為の成立要件は定められていません。

もしかしたら解釈上そういう何らかの第三者責任の趣旨を読み込むことは可能かもしれませんが、そうであったとしてもその要件効果については明らかではありません。



学説上こういった解釈が一般的でして、民法起草者も、相続人と「社会経済上の利益」を保護するためのものと考えており、第三者に対する責任というような解説はなされていません。

実務上も、940条の管理義務は対第三者に対するものではないために、市町村長が相続放棄した人に対して、空家特措法14条に基づき「必要な措置」をとるよう助言・指導・勧告・命令をすることはできないと考えられています(国土交通省や総務省がそういう見解であり、それに基づく市町村での運用もそのようになっている)。


また、第三者である近隣住民や通行人から相続放棄した人に対する損害賠償請求が認められた裁判例もありません。


そして、先日(令和3年4月28日)成立した民法の改正法に関する法制審議会での議論の中でも、940条の責任の相手方は相続人であるという前提で改正案が作られました。



にもかかわらず、あまりにも当然のように(あたかもそれが判例・通説であるかのように)940条に基づいて第三者から損害賠償請求されると解説されているのは、極めて根拠に乏しい見解なわけです。



さて、その民法改正により、940条についても改正され、これが相続人に対する責任であることを明確にするため、管理継続義務の内容を保存義務だと明記されました(あくまでも、もともとの義務の内容を明確にしたものであって、「この改正によって対第三者責任が無くなった」わけではありません)。


さらにその責任の発生要件についても「放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」に限定される方向で改正されました。


ちなみにこの場合、940条の責任を負う人は、現に占有しているわけですから、第三者との関係においては、940条とは無関係に工作物責任(民法717条)を負う可能性はあるということになります。



改正民法の施行は3年後ですが、上述のとおり、現行法でも第三者に対する責任は無いと考えるのが一般的です。

相続放棄をしたにもかかわらず、第三者から何らかの責任を追及された場合、根拠のない不当な請求である可能性もありますので、お近くの司法書士までご相談ください。


では、今日はこの辺で。

2021年3月24日水曜日

私有物の橋が封鎖された件

 司法書士の岡川です。

唯一の出入り口なのに…住宅地の橋が突然封鎖 実は私有物「買い取るか、通行料を」

約30戸が並ぶ神戸市北区の住宅地に、車で出入りできる唯一の橋が突然封鎖され、警察官が出動する事態がたびたび起きている。50年近く公共物という認識で使われてきたが、最近になって「私(し)橋(きょう)」であることが判明。所有者は老朽化のため「維持管理費がかかる」として住民に購入を求め、住民は市への移管を提案するが、主張は平行線をたどっている。


私道の所有者が通行料を徴収しようとして、住民が拒否したらその私道を封鎖した…という事件は以前もありましたが、橋というのは珍しいですね。


このニュースに対して、受け取る人の意見は分かれています。

当該橋が個人の所有物であることから、「使わせてもらっているのだから住民は所有者に金を払うのは当然」という意見もある一方で、所有者といえどもその人が橋を作ったわけではなく、50年も無料で通行されていた橋を最近になって購入したという経緯から、金を払う必要はないという意見まであります。



ここで、どういう理屈で住民が橋を通れるのか、あるいは所有者が通行料をとれるのか、といった点について、色んな人が色んな考察をしています。

ただし、大前提として、橋というのは河川上に設置された工作物であって、それ自体は土地ではありません。
地役権がどうとか囲繞地通行権がどうとかいう意見も散見されましたが、これらは、土地に関する権利ですので、橋の上に地役権やら囲繞地通行権が生じることはありません。
そもそも地役権やら囲繞地通行権といった権利も、別に無償の権利ではありませんから、通行料の妥当性とは無関係です。



さて、所有者のやり方が少々乱暴なところがあるので、所有者が一方的に設定した金額の通行料を支払わなければならないものではないと思いますし、1200万円という所有者の言い値で買い取る必要もないと思います。

また、通行料をとらなければ修繕費等が賄えないとしても、現状無償であることを承知で購入したのだからそのリスクは当然に所有者が負うべきであるし、もちろん何か事故が起きれば所有者として責任を負っても仕方がない(それが嫌ならそもそも購入しなければよい)。

他方で、実際に住民は通行によって利益を得ているし、所有者は(たとえ今になって購入したのだとしても)現時点で所有権を有していることに変わりは無いわけですから、例えば無償で通行するのは不当利得となっているのではないか、妥当な金額であれば通行料は徴収しても良いのではないか、ということも考えられます。


では、どういう点を考慮すべきか。

詳細な事実関係が必ずしも明らかでない(例えば河川の占有許可はどうなっているのか、元の所有者は誰だったのか、本当に1200万円で購入したのか等)ので想像するしかないのですが、少し考察してみます。
 

基本的には、所有者が自分の所有する橋を他人に有償で使用させる権利はあります。

しかし本件でいうと、例えば、住民には使用借権(無償で使用する権利)のようなものが認められるのではないか。
 

この橋には元の所有者(開発業者か?)がいたわけで、その人は、この住宅地ができたときから無償で使用することを承諾していたわけです。
ということは、橋の元の所有者と住宅地の住民との間で、当初から黙示の使用貸借契約のようなものが成立していた可能性、あるいは50年も経った現在では住民が使用借権を時効取得している可能性が考えられるわけです。

使用借権は比較的弱い権利ですから、賃借権と違って原則として第三者(本件でいえば、橋を購入した現所有者)に対抗することはできません。

ただし、例えば、使用借人がいる土地を安価で購入して建物収去土地明渡を請求した場合に、権利濫用の主張が認められたという裁判例もあります。

そうすると、本件の経緯に鑑みれば、現所有者が使用借権の消滅を主張して封鎖すると、場合によっては権利濫用になる可能性が考えられます。

現在は警察の指導により通行自体は可能になっているようなので、所有者は住民全員を相手取って不当利得返還請求訴訟を起こすことは可能だろうし、他方で住民側は使用借権(+権利濫用)を主張して争うことが可能ということになるので、どっちの主張が認められるか…という争いになります。


では、何でこんなことになったのか?
そもそも誰が悪いのか?

完全に想像ですが、例えば元の所有者が造成工事をした業者だったとすれば、本来は橋を無償で市に移管すべきだったものです。
そもそも、公道に出る橋が無ければその一帯の土地に価値はないですから、橋の設置費用は、その一帯を造成して住宅地として売り出した際に、土地の価格に転嫁されていたと考えられます。
元の所有者は、土地の代金(の一部)という形でその費用を回収できたわけですから、市に無償で移管しても損はしないわけです。

しかし、そうせずに第三者に売却したということであれば、これは利益を二重取りしている(土地の代金上乗せ分として住民から受け取り、さらに売買代金として現所有者からも受け取った)ことになるわけですね。

こういう話であれば、悪いのは、元の所有者だということです。

「住民は橋を無償で使わせてもらっていたのに文句を言うな」という意見も見られましたが、必ずしもそうではない。
橋の設置費用込み(維持管理費用については、市に移管されるので発生しないという前提)で土地を購入したのであれば、無償で使用できなくなったら「話が違う」と文句を言う権利はあると思われます。
そもそも50年間も無償で通行可能だったことに鑑みれば、元の所有者の認識もそういうものであったと推測されます。
造成工事をした業者も商売でやってるわけですから、仮に通行料を取らなければ損をするような事情があったなら、住宅地を売り出した当初からそういう話になっていなければおかしいですからね。


で、現所有者はそういう事情は当然に想定すべきであることから、そもそも橋を購入すべき物件ではないし、購入するのであれば、自由に使用収益する権利を制限されて損するリスクは甘受すべきである、という方向に傾くんじゃないでしょうか。
要は、そもそも1200万円の価値がある物件じゃないということです。


とはいえ、話が平行線なら橋の修繕もされないまま崩落でもしたら大変ですし、ここは思い切って、1世帯あたり20万~30万円ずつくらい出し合って、自治会が新たに河川使用許可を受けたうえで本件橋の横に同じような橋を作り、これを無償で市に移管してはどうでしょうか?

現所有者から1200万円で購入したり、通行料を延々と支払い続けるよりも安上がりかもしれません。


では、今日はこの辺で。

2021年3月11日木曜日

司法書士が不動産業者に顧客を紹介して紹介料を貰うことは倫理違反か

司法書士の岡川です。

今日は司法書士業界内のマニアックな話。

司法書士は、司法書士法や司法書士法施行規則といった法令遵守義務を負っていることはいうまでもありませんが、司法書士法には会則順守義務(23条)が定められているので、所属する司法書士会の会則違反は、会則順守義務違反という法令違反になります。

さらに司法書士が守るべき行為規範としては、法令と会則だけでなく、「司法書士倫理」というものもあります。

司法書士倫理というのは、「人としてどう生きるか」といった道徳的な意味でのルールではなく、司法書士として求められている基本姿勢や行動基準について定めたものです。
一般的な「倫理」と違い、司法書士倫理は抽象的な概念ではなく、具体的に成文化された規定です。

司法書士倫理に違反したからといって直ちに違法になるわけではありませんが、場合によっては、司法書士法上の品位保持義務違反等に該当する可能性があり、懲戒の対象ともなりえます。


さて、司法書士倫理の中に、不当誘致等の禁止というものがあります。
その典型例が、紹介料(キックバック)の支払いであり、司法書士は、誰か(他士業者や不動産会社等)から依頼者を紹介された場合に、その紹介者に紹介料を支払ってはいけません。

一般社会の商取引の中では、顧客を紹介してくれた相手に対して紹介料を支払うのは、ごく普通の(何ら違法性のない)行為ですが、司法書士は、お金を払って依頼を誘致することは倫理違反となるのです。

具体的には、司法書士倫理13条2項違反です。


第13条 司法書士は、不当な方法によって事件の依頼を誘致し、又は事件を誘発してはならない。
2 司法書士は、依頼者の紹介を受けたことについて、その対価を支払ってはならない。
3 司法書士は、依頼者の紹介をしたことについて、その対価を受け取ってはならない。



ちなみに、弁護士の場合も同じようなルールがあり、弁護士が紹介料を支払えば弁護士職務基本規程13条1項違反となります。
(弁護士職務基本規程というのは、従来の「弁護士倫理」を「規程」として制定し直して、より拘束力を強めたもの)
司法書士倫理は、この弁護士倫理(及び司法書士倫理にあたっては弁護士職務基本規程)を参考に制定されたのです。たぶん。



ここで、司法書士倫理13条2項については解釈が分かれることはあまりない(キックバックを渡してはいけないことは、全司法書士が知っている)のですが、問題は3項です。
これが少し前にtwitter上で軽い論争になっていました。

一般に、「司法書士は紹介料を支払ってはならないし、逆に受け取ることも禁止されている」と説明されています。
その根拠が司法書士倫理13条3項です。

私も倫理研修等でそのように説明を受けていましたし、司法書士にとって紹介料は当然に「渡すのも貰うのも許されない」ものだと理解していました。
皆が当然にそのように話すので、私の周りにこれと異なる解釈をとる人は見当たりません。


しかし、改めて条文をじっくり読むと、また別の解釈が可能となる。

すなわち、13条3項の規定は、「他の司法書士に対して依頼者を紹介した場合に、その司法書士から紹介料(キックバック)を受け取ってはならない」という規定であって、例えば不動産業者にお客を紹介して、それに対して不動産業者からキックバックを貰うことについては司法書士倫理上禁止されていない、という解釈です。

この説明を見たとき、一瞬「はぁ?」と思いましたが、文理上その解釈も一理あることに気づきます。

2項と3項は、同じ「依頼者の紹介」という文言で、同じ事象に対する規律をしています。
2項は、司法書士が「依頼者の紹介」を受けた場合を対象とするものですが、ここで「依頼者」というのは、司法書士に事件を依頼するから「依頼者」になるわけですから、当然「紹介された側」から見て「依頼者」です。

そして、3項も同じ文言が使われていますから、2項と整合的に解釈するならば、3項の「依頼者の紹介」というのも「紹介された側」から見て「依頼者」と言えなければなりません。

そうすると、「紹介される側」は、司法書士倫理で規律するところの「依頼」を受ける立場の者、すなわち司法書士でなければならないという結論になるのが文理上は素直です。
すなわち、3項はあくまで2項の行為(キックバックを渡す行為)と対になる行為も禁止する趣旨の規定(対向犯処罰規定のようなもの)だと考えるわけです。
 

この見解によると、不動産業者に顧客を紹介することは、「依頼者の紹介」にはならない(せいぜい「顧客の紹介」といったものになる)ので、13条3項の対象外ということになります。

このように、「依頼者」は「紹介された側」からみての依頼者であり、かつ、司法書士業務の依頼者であると限定する解釈は、司法書士業界ではあまり見られませんが、弁護士業界では有力説として存在します。
例えば、東京三会有志・弁護士倫理実務研究会編『改訂 弁護士倫理の理論と実務』21頁には、「本条の『依頼者』とは『弁護士に事件や顧問等依頼をする者』を指すことは明らかであり,不動産業者からみての顧客をも含むという解釈は余りにも弁護士職務基本規程の文理からかけ離れた拡張解釈」だと説明されています。



では、弁護士職務基本規程を制定した日弁連はどう解釈しているかというと、「依頼者」が「紹介される側」から見ての依頼者であるという点では上記の厳格な解釈と同様です。
そのため、紹介する側の弁護士にとっての依頼者かどうかは問われず、自身が何の業務も受任していない人を紹介する場合も含みます。

ただし、日弁連は、2項(司法書士倫理では3項に相当)の「依頼者」には不動産業者から見ての「顧客」をも含むと解釈しています(原典に当たれていないのですが、『解説 弁護士職務基本規程』や『自由と正義』vol.56にこの趣旨の解説が掲載されているようです)。

この解釈では、同項の趣旨が、「他人に顧客を紹介する行為は弁護士の職務ではないのに、そこから対価を得ることは品位に悖る」という理解からそのような行為を禁止しているのであって、必ずしも「1項(司法書士倫理では2項に相当)のキックバックを渡す行為と対になる行為」に限って禁止しているわけではない、ということになります。


司法書士倫理の母法のような位置にある弁護士職務基本規程では解釈が分かれているところですが、では、司法書士倫理での解釈はどうなっているか。

司法書士倫理の注釈本としては『注釈司法書士倫理』という書籍があるのですが、これは2004年発刊。
13条2項と3項は、平成20年(2008年)の日司連総会で司法書士倫理が改正された際に追加されたものなので、この書籍には載っていません。

日司連の司法書士執務調査室倫理部会が出している『新訂版「司法書士倫理」解説・事例集』には、前提となる「依頼者」の解釈について全く触れられていませんが、そこでは、「自らの依頼者を紹介しただけのことで対価(紹介料)を受け取るのは、何らの法律事務を行うことなく対価を手にするものであって、依頼者を食い物にした、あるいは依頼者を利用して金を儲けたという側面を有するため」という髙中正彦『法曹倫理』の解説を引用して「自らの依頼者を紹介」と説明しているところから、この「依頼者」とは「紹介する側」から見た依頼者だと解釈しているようにも見えます。

しかし同時に、前掲の『解説 弁護士職務基本規程』から「依頼者を紹介して対価を受け取ることを目論んで事件集めをする行為は品位を失するもの」という解説も引用していることから、紹介される側から見た「依頼者」を紹介する行為も対象とみていることがわかります。

したがって、基本的には日弁連の解釈と一致し、その中でも特に「自らの依頼者」を紹介する場合は、「依頼者を食い物にした」という側面も有する、と理解すれば整合的に読み取ることが可能です。
まあ、そもそもこのあたりを意識して書かれたのか疑問ですが。


いずれにせよ、日司連の解説が、日弁連の解説(「依頼者」について限定していない解釈)を特に注釈もつけず引用していることからみて、文理上「不動産業者からキックバックを貰うことについては司法書士倫理上禁止されていない」と解釈することは可能だとしても、実際に行うことは倫理違反のリスクが大きいように思われます。

特に、紹介するのが「自らの依頼者」であった場合は、前掲『法曹倫理』の解説も引用されていることからして、日司連の解釈は、紹介先が不動産業者である場合も当然に含めていると考えられますし、13条を厳格に解釈する前掲『改訂 弁護士倫理の理論と実務』でも、基本規程13条2項(司法書士倫理13条3項に相当)にはあたらないものの、品位を失するものとして基本規程6条(司法書士倫理3条に相当)違反に該当しうると解釈されています。

したがって、例えば司法書士が自ら登記申請を代理する事件について依頼者を仲介業者に紹介してキックバックを貰ったり、自ら相続登記をした後に相続税のために依頼者を税理士に紹介してキックバックを貰ったりすれば、どっちにしても倫理違反(仮に13条違反でなくても3条違反)となりうる、という結論部分に異論はなさそうです。



というわけでまとめると、やっぱり司法書士にとってキックバックは「渡すほうも貰うほうも倫理違反」ということで認識しておくべきですね。

※本記事の内容は筆者の個人的見解であり、筆者が所属する団体、組織、部門等の公式見解でもありません。


では、今日はこの辺で。

2021年2月1日月曜日

自己破産しなくてよい場合にも一律で自己破産を勧めるメリットはあるか?

 司法書士の岡川です。


今日取り上げるのは、また「幻冬舎ゴールドオンライン」の記事(3回目)です。

宣伝しているみたいであまり取り上げたくはないのですが、ちょいちょいおかしな記事を挟んできますね…。



ちなみに最初に述べておくと、この記事の執筆者は、任意売却を専門とする不動産業者の代表取締役です。

(積極的に読者に予断をもたせていくスタイル)



住宅ローン破綻…弁護士が「自己破産」をすすめる理由がエグい


「弁護士・司法書士」は自己破産を推奨することが多い

住宅ローンの返済に行き詰まった人がやってくると、彼らはほぼ自動的に自己破産するようアドバイスします。任意売却により債務を最小限にし、自己破産しなくていいケースでも、解決策として一律に自己破産をすすめるのです。



これはさすがに嘘ですね。


借金問題を抱えた相談者が弁護士や司法書士に相談に来られた場合、当然、あらゆる選択肢を検討します。

自己破産よりも前にまず任意整理が可能かを検討しますし、もちろん任意売却についても検討対象です。


任意売却だけで解決するのであれば、そのほうが圧倒的に費用と手間と時間の負担が軽いので、そちらを優先するのは当然ですし、住宅以外に処分したくない財産がある場合や自己破産が欠格事由となる仕事をしている場合(会社役員や証券会社の外務員など)なども、まずは自己破産を回避する方策を模索するのが当然の流れです。

そして、任意売却では解決できない場合(任意売却しても債務が残り、それが返済しきれない等)、自己破産を提案します。


特に、「住宅ローン」というワードが出た時点で、自己破産より前に個人再生を検討するのが通常の法律家のごく一般的な思考です。

個人再生には、住宅資金特別条項(住宅ローン特則)を付すことにより、住宅ローンを(場合によっては返済期限を延ばして)返済することで、住宅を失わずに債務総額を減縮するという方法があるからです。


このような検討をすっ飛ばして「一律に自己破産をすすめる」ということは絶対にあり得ません。



もちろん最終的には自己破産を勧めることも少なくありません。

それは、自己破産をしなければ生活再建が不可能な事案というのも多いからです。


任意売却というのは、「家を売ってその売却代金を借金返済に充てる」というものですから、債務総額より売買価格が低い場合、どんなに高く売れたところでその代金は全て債務の弁済(その他の費用)に充てられますし、債務も残ってしまいます。

この場合、「持ち家を失った上で、残りの債務を返済し続ける」か、「任意売却をしたうえで、さらに自己破産もする」のどちらかです。


相談段階では、それぞれの手続のメリットデメリットを提示し、さらにはそれぞれの手続の要件効果、実現可能性等も考慮して最終的に方針を決定するのです。



弁護士や司法書士が、これらの考慮をせずに「自己破産しなくていいケースでも、一律に自己破産をすすめる」メリットはあるでしょうか。

記事のタイトルにもなっている「エグい理由」とは何でしょうか?


自己破産をすすめる中でも、弁護士が特にやりたがるのが「管財事件」です。自己破産には「管財事件」と「同時廃止事件」がありますが、弁護士にとっては前者のほうがはるかに高い手数料を受け取ることができるためです。


「管財事件」にするためには、自己破産する時点で、自宅という大きな財産を持っていなければなりません。自己破産前に任意売却をしたほうが、ほとんどの債務者にとってお得なのですが、そうすると「同時廃止事件」となり、弁護士にとってはうま味がなくなってしまいます。



私が知る限り、必ずしも「はるかに高い手数料」というほど同時廃止事件より管財事件の報酬が圧倒的に高いわけではなく、他方、管財事件のほうが手間がかかるので、一般論として、報酬の差額にそれほど魅力的な「うま味」が弁護士にあるとは思えません。


さらに司法書士だと、元々の費用が低額であることから両者の報酬額の差はとても小さい(他方で管財事件のほうが手間がかかることは変わらない)うえに、裁判所の運用上の問題もあって、管財事件にすることは、ほぼ何のメリットもありません。

むしろ管財事件は司法書士にとって、積極的にはやりたくない事件だったりもします。


実務感覚でいうと、同時廃止事件のほうが手間も時間もかからず、債務者の負担も軽いので、同時廃止事件で終わらせられたほうが嬉しいのです。


さて、気づいた方もいると思いますが、当該記事では、弁護士は「任意売却をしたら管財事件ではなく同時廃止事件になって儲からないから」任意売却を勧めないと説明しています。

すなわち、執筆者により想定されているスキームは、「任意売却したら破産をせずに済む」のではなく、任意売却した後に自己破産するというものです。


「自己破産しなくていいケースでも、解決策として一律に自己破産をすすめる」という最初に述べられている結論とはズレがありますね。


しかも、このように自己破産することを前提に申立前に任意売却するという流れは、自己破産手続の流れの中のひとつとして弁護士や司法書士にとっても一般的なものであって、弁護士や司法書士が「自己破産をすすめる」ことと普通に両立するものです。


そしてそもそも、債務者が不動産を所有しているからといって必ずしも管財事件になるとも限りません。

というのも、住宅ローンが残っている不動産の中には、被担保債権額が不動産の資産価値を上回る状態(オーバーローン)となっていることがあり、このような不動産については、資産として評価されない運用となっています。

例えば大阪地裁の基準では、原則としてローン残高が固定資産税評価額の2倍を超えるときは資産価値がないものとして扱われ、その結果、その他の基準を満たせば同時廃止事件で終わらせることができます。


「同時廃止事件にするために任意売却をしなければならない」わけではないのです。

この場合、任意売却をするかしないか、するにしても破産申立ての前か後かというのは、個別事情を勘案して決めることになります。


本当に「自己破産しなくていいケース」(任意売却すれば債務を完済できる場合ですね)にも「一切耳を貸してくれない」弁護士がいるとすれば、よっぽど雑な業務をやっている弁護士じゃないでしょうか。


特に司法書士の場合は、任意売却でも結局は登記手続に絡むので、「自己破産してくれないとお金にならない」わけでもない。

手間と時間を考えたら、任意売却で自己破産を回避できるのであれば、むしろそっちのほうが司法書士業務としては圧倒的に費用対効果が良いという可能性もあります。

何なら管財事件の可能性がある段階で(一切報酬はもらえないが)弁護士に引き継ぐこともあります。

実際のところ、司法書士にとって「無駄な自己破産」を勧めるインセンティブは全くないのですよね。



加えて、「任意売却にトライして失敗したら、裁判所からの評価が下がる」というプレッシャーも弁護士にはあります。

裁判所は仕事の成績により弁護士を独自に格付けしており、格付けの高い弁護士には企業の「管財事件」など、大きな報酬が見込める案件を回します。個人の任意売却で失敗し、格付けが下がることは収入に大きな悪影響となるので、「リスクを冒してでも債務者のために」と頑張る弁護士はいないのです。



この点は、司法書士が管財人になることはありません(全国的に探せばあるのかもしれませんが一般的ではない)から裏事情までわかりませんが、管財事件の配転と申立代理人の実績が連動するという話はあまり真実味がなく、にわかには信じがたいところです。

「任意売却にトライして失敗した」ことをいちいち集計して格付けしてんの?裁判所が??マジで???


個人的な感覚としては、そんなことを弁護士が考えて、同時廃止事件になる事件をあえて(面倒な)管財事件になるよう申立てをしているとは考えられないです。



任意売却は債権者にとっても利益はあるし、実際に自己破産をする必要がない(しない方が良い)ケースであれば、専門業者に頑張っていただければよい。


また、個別の事案において、任意売却した後に自己破産するという方法を選択する場面においても、優秀な専門業者が適切かつ円滑に任意売却手続を進めてもらえるのであれば、弁護士や司法書士としてもありがたいものです。


ただ、弁護士や司法書士が「自己破産しなくていいケースでも、解決策として一律に自己破産をすすめる」というのは普通ではありません。

自己破産しなくていい事件を無理やり自己破産に持っていくほど弁護士も司法書士も暇じゃないし、そのような普通ではあり得ない選択をすると、トラブルの可能性や手続が途中で止まるリスクも大きいですから、ひたすら面倒な未来しか見えないわけですよ。

そんな面倒なことは、金を貰ってもやりたくないですからね。


何より、この記事の執筆者が想定しているのは、主に「結局は任意売却後に自己破産するケース」だということです。

この記事でも、「弁護士に相談に行かずに任意売却専門業者にいけば、任意売却によって自己破産を回避できる」とは書いてありません(そしてそれは事実です)ので、ご注意ください。


では、今日はこの辺で。

2021年1月18日月曜日

「マルチまがい商法」はマルチ商法だという話

司法書士の岡川です

前回、「キングコング西野さんはマルチ商法はしていないという話」を書いたのですが、マルチ商法というのは、「会員に高額な品物を売りつける怪しげな商売」のような意味ではなく、「『他の会員を加入させたらあなたの儲けになる』として新規会員を勧誘して物を売る手法」をいいます。
これにより、連鎖的に会員が会員を勧誘して階層組織が出来上がるから「マルチ(multi-level=多層の意味)」商法というのです。

人を増やすことで利益を上げるというマルチの仕組みは、実際のところは大多数が利益を上げられずに損をするものなので、野放しにして損害が広がらないよう法律による規制の対象にもなっています。

他方で、どんなに高額な物を売っても、人を組織に勧誘しなければ、階層組織を形成するというマルチの手法ではありませんから、仮にそれが悪質な売り方だったとしても「マルチ以外の悪質商法」ということになります。


「物を売っても人を勧誘しなければマルチじゃない」として、では逆に、「人を連鎖的に勧誘するけど物は売らない」という場合はどうなるか。


マルチ商法は、自己の利益のために他の会員を勧誘して組織を拡大すること(その結果、階層組織になること)が本質ですから、その際に金を受け取る名目として、直接物を売るかどうかはそれほど重要ではありません。

ところが、法律がある行為を規制するにあたっては、一定の要件を基準にマルチ商法を定義してそれを規制します。
そのため、定義の仕方によって、概念的にマルチ商法に含まれる取引形態と、法が規制対象として定義する取引形態の間に間隙ができてしまいます。


かつての訪問販売法(特定商取引法の旧称)の規定では、「人を加入させればお金がもらえる」という誘い文句で「物品を再販売する」という形態のみを法律上のマルチ商法(連鎖販売取引)と定義していました。

そうすると、「物品」の再販売じゃなければ定義から外れるので、勧誘相手に「サービスを提供」してその対価を得る形であれば法的にはマルチ商法には該当しない。
あるいは、物品の「再販売」じゃなければこれも定義から外れるので、勧誘相手に直接物を転売するのではなく、委託販売やら販売のあっせんという形にして、相手には「本部から物を売る」システムであれば、これも法的にはマルチ商法には該当しなくなります。

構造としては明白にマルチ的なもの(したがって、マルチ商法と全く同じ危険性を有する取引)であっても、法律上のマルチ商法(連鎖販売取引)の定義には当てはまらない。
こういうものは、「マルチまがい商法」と呼ばれていました。


しかし、昭和63年法改正により、連鎖販売取引の定義が拡張され、上記のようなサービスの提供であったり、委託販売型や紹介販売型のマルチ的なものも全て連鎖販売取引の定義に加えられました。

現行法の連鎖販売取引の定義はかなり広いので、これにより、かつては規制から逃れて「マルチまがい商法」と呼ばれていたものは、現行法では全て「連鎖販売取引(マルチ商法)」の定義に当てはまるようになっています。



すなわち、「マルチまがい商法」というのは、現行法では全てマルチ商法なのです。



現行法の定義では、「マルチまがいだけどマルチではない」ものが存在する余地はあまり想定できません。
そうすると、現在「マルチまがい」だと批判されるものがあるとすれば、実際のところは、「マルチっぽいどころかマルチそのもの」という場合か、「手法が全くマルチ的でない」のどちらかだということになります。

例えば、「ネットワークビジネス」というのも、マルチ「まがい」ではなく、呼び方を変えているだけで結局は連鎖販売取引(マルチ商法)そのものです。

仮に、「ネットワークビジネス」と称しているにもかかわらず、人を連鎖的に勧誘することが想定されていないものがあるとすれば、それは確かにマルチ商法ではありませんが、同時に、本来の意味のネットワークビジネスでもない「何か」です(マルチと違って安全な取引か、あるいはマルチ以上に危険な何かかもしれない)。


ところで、物を売るかどうかは本質的ではないといいましたが、その究極として、勧誘時に物を売らないどころか、サービスも提供しない、委託販売も販売のあっせんもしないという場合はどうでしょう。

他人を「あなたも他の人を勧誘すれば金を貰えますよ」といって勧誘して金を受け取る。
これを連鎖的に繰り返せば、物品もサービスも介さず、金のやり取りだけでも階層組織ができあがります。


これがいわゆる「ねずみ講」です。


ねずみ講は、法律用語としては無限連鎖講といいます。


文字通り無限に連鎖することができれば、理屈上は皆が儲かるのですが、当然ながら人間の数は有限ですからその想定は絶対に成立しえない。
そうすると、無限連鎖講というのは、破綻することが確実なシステムです。
つまり、階層組織の上層にいるごく一部の人間以外の全員が絶対に損をします。


ここまでくると、連鎖販売取引のように「特定商取引法のルールを守っている限り合法」とかいってる場合ではありません。

一般のマルチ商法は、「ルールを守らない勧誘が行われた場合に違法になる」のですが、ねずみ講は、特定商取引法とは別の法律で、それ自体が違法とされています(最高で懲役3年です)。

マルチ商法といわれる取引の中にも、実質的には物品の売買やサービスの提供が行われず、単に金銭が移動していくだけのものについては、連鎖販売取引どころか、無限連鎖講に該当することがあります。


ねずみ講は絶対に儲かりませんから、手を出さないようにしましょう。

世の中そんなにうまい話はありませんから。


では、今日はこのへんで。