2019年4月19日金曜日

債権法改正について(30)(第三者による弁済)

司法書士の岡川です。

「弁済」というのは、債務の履行と同義であり、これを特に債権の消滅原因としてみたときに用いられる概念です。

借りた金を返す、売買代金を支払う、というのが、債務の履行であり弁済です。

第473条 債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅する。

これは、当たり前すぎて現行民法にはない(改正法で新設された)条文なのですけど、まあ、そういうことです。

債務の弁済は、債権者に対してしなければならないというのは、これもまた当然のことです。
他方で、債務者以外の第三者が債務の弁済をすることは、基本的には悪いことじゃないので、これも弁済として有効とされています(474条本文)。
ただし、第三者による弁済には一応ルールがありまして、特に、利害関係のない第三者が弁済することには制限があります。
改正法では、この点の規律が少し調整されています。

「弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者」は、債務者の意思に反して弁済することができません(474条2項)。
この趣旨は、他人に弁済してもらうことを良しとしない債務者の意思の尊重とか、求償権を取得した第三者からの過酷な取り立てから債務者を保護するためとかいわれていますが、疑問も多い条文です。

なお、現行法は「利害関係を有しない第三者」となっているので、微妙に表現がかわっていますが、これは、現行民法500条(法定代位)と表現を合わせ、概念を統一したものです(とはいえ、500条自体も改正されているのですが)。

現行500条の「正当な利益を有する者」には、「利害関係を有する者」に加えて保証人や連帯債務者も含まれるため、範囲が広がる(逆にいうと、「でない第三者」の範囲が狭まる)ようにも読めるのですが、保証人や連帯債務者はそもそも「第三者」でない(自ら債務を負っている)ですから、当然に(主たる)債務者の意思に反しても弁済することができます。
要するに、結論的には変わらないということですね。

それよりも実質的な変更は、2項に但し書きとして、「ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、この限りでない。」という文言が追加されたことです。
第三者が「弁済することができない」ということは、第三者が弁済を受領した後、それが債務者の意思に反していることが判明した場合、債権者は、受け取ったものを返還しなければならなりません。

そこまでして債務者を保護する必要があるのか、という問題提起があり(そもそも疑問の多い規定ですし)、色んな改正案が提案されていたところですが、最終的には、善意の債権者は保護されるというところに落ち着いたようです。


逆に、債権者の意思に反する無関係な第三者からの弁済ほうが問題だろう、という指摘があり、474条3項として、

3 前項に規定する第三者は、債権者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、その第三者が債務者の委託を受けて弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていたときは、この限りでない。

という条文が追加されました。

第三者による弁済は、次の代位弁済にも絡んできます。


では、今日はこの辺で。

2019年4月2日火曜日

債権法改正について(29)(債務引受)

司法書士の岡川です。

前回までに債権譲渡の話をしましたが、「債権が譲渡できるんなら、債務も譲渡できるんじゃね?」と思い至った方もいるでしょう。
そう、実は債務だって譲渡可能です。

といっても、債権は権利なので基本的にはもらってうれしいものですが、逆に債務は義務ですから、「債務を君に売ってあげよう」と言ったところで、普通は「いらんわ」ってなりますね。
私も他人の義務なんぞいらんよね。

なので、債権のほうは「譲渡」という「あげる側」からのルールですが、債務のほうは「もらう側」に主眼を置いて考えられます。

さらにいえば、元々の債務者が関与した「譲渡」の形である必要もなく、もらう側が「支払いは俺に任せろー(バリバリ)」と引き受けてくれさえすればよいわけです。
だから、どっちかというと、元々の債務者との関係というより、債権者と債務を引き受ける人(引受人)との関係が重要で、専ら「債務を引き受ける」という点に着目して考えれば足ります。
他人の債務を引き受けることを、「債務引受」といいます。

引受人が債務を引き受けた後も元々の債務者も引き続き債務を負う場合を「併存的債務引受(重畳的債務引受)」といい、完全に債務を移転させて元々の債務者は債務者でなくなる場合を「免責的債務引受」といいます。


さて、債務にも相手方(債権者)がいることですし、しかも相手は権利者ですから、やたらめったらホイホイ譲渡(引受け)されると困ります。
したがって、債務引受には、相手方(債権者)の権利を害さないためのルールが必要ですし、元々の債務者の利害調整も必要です。


にも拘らず、現行民法には債務引受に関する条文が1個もありません。

「債務の引受けがあったとき」という文言が(1か所だけ)出てきますが、「債務の引受け」とは何ぞやという内容は、一切言及されません。
民法の条文上は、債務引受に何のルールもないのです。
なので、全てが解釈に委ねられていました。


そのルールが債権法改正で全部条文に明記されることになりました。

ということで、改正といっても、債務引受のルールまるまる全部を、基本的には従前の解釈(判例)のとおり明文化したものなので、もう債権法の教科書全部読んでくださいといったレベルなんですね。
そんなの全部書き出すとキリがないので、従来の解釈と大きく異なる形になった(実質的に「改正」となった)部分をご紹介。


それが、「元々の債務者の意思に反して免責的債務引受をすることが可能か」という問題。
古い判例で、免責的債務引受は、元々の債務者の意思に反してすることはできないとされていました。

利害関係のない第三者が債務者の意思に反して勝手に債務を弁済してはいけないという規定(現行民法474条2項)と平仄を合わせた形の解釈です。

しかし、免責的債務引受をしても、元の債務者には何の不利益ももたらさない(他方、第三者弁済の場合は、求償関係が生じるので、元々の債務者にも影響があります)ですし、「併存的債務引受(債務者の意思に反しても可能)をしてから元の債務者の債務を免除」すれば同じことなので、あえてこれを禁止する解釈には批判もありました。

民法に明文化されるにあたっては、債務者の意思に反する免責的債務引受も可能という前提で、債権者と引受人との契約で免責的債務引受をした場合、債権者から債務者に通知することで効力を生じるというルールになりました(改正472条)。
債務者に知らせなければ二重払いの危険がありますから、そこはきちんと手当をしたうえで、それが債務者の意思に反するかどうかは問わないわけです。
念のため、元々の債務者に対する求償権も生じないことも明記されました(改正472条の3)。



その他にも細かいとこ見ていけば色々とあるのですが…省略。

では、今日はこの辺で。