2019年6月28日金曜日

債権法改正について(32)(相殺)

司法書士の岡川です。

いつの間にか、今年も半年が終わろうとしています。

債権法改正について、だらだらと更新してきたわけですが、このペースでは改正民法が施行されるまでに終わらない予感がしてきました。



さて、相殺についても改正があります。

まず、不法行為によって生じた債権を受働債権として相殺することはできない、というのは現行法における相殺の重要なルールのひとつです。

この趣旨は、不法行為の被害者に、現実に弁済を受けさせることで被害回復を図るということと、相殺可能であることで不法行為を誘発することを防止するということが挙げられます。

とはいえ、全ての場合において不法行為の被害者に現実に弁済を受けさせることが、必ずしも当事者間の公平を図ることにはなりません。
また、過失による不法行為の場合、相殺不可だからといって誘発を防止する効果はあまり期待できません。

そこで、改正法では少し対象が絞られ、相殺できないのは「悪意による不法行為」に限定されました(改正509条1号)。
ここでいう「悪意」とは、「知っている」という意味での悪意ではなく、破産法における非免責債権の場合と同様、「積極的に害する意思」の意味です。

過失による不法行為や、故意があっても害意がない不法行為による損害賠償債務を受働債権として相殺することができるようになるので、例えば、双方が被害を受けた物損事故による損害賠償請求について、相殺による処理が可能となります。

現行法では、この場合に相殺ができないので、損害賠償請求訴訟を提起された場合、自分も損害を受けているからという理由で賠償額を減らそうと思えば、その主張は反訴を提起するしかありません。
改正法では、相手からの請求に対する反論の中で、こちらにも損害があることを主張(相殺)して、減額を求めることができるわけです。


このように、相殺禁止の範囲が制限された一方で、「人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務」についても、受働債権とすることができなくなりました(同2号)。

これは、不法行為の場合に限りませんので、債務不履行により生命や身体に損害が生じた場合についても、これを受働債権とすることができないということです。
この部分は、相殺禁止の範囲が広げられています。

さらに、相殺が禁止される債権であっても、その債権が譲渡された場合についてまで禁止する必要はないので、債権譲渡があった場合は、但し書きによって相殺禁止の対象から外されています。


それから、差押えを受けた債権を受働債権として相殺する場合の時的限界について、現行法では、差押え後に取得した債権を自働債権とすることはできない(差押債権者に対抗できない)とされていますが、改正法では、少し相殺可能な範囲が広がりまして、差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、これを自働債権として相殺可能(差押債権者に対抗できるということになりました(改正511条2項)。


あとは、相殺の充当関係について、単純に488条から491条を準用しているだけの現行法より詳細になりました(改正512条、512条の2)。
基本ルールとしては、相殺適状となった順序に従うことが明確になり、あとは、費用、利息、元本の順番に充当するのは従来どおりです。
ただし、指定充当については、現行法では認められていましたが(現行488条を準用)、改正法では明確に除外されたようです。


では、今日はこの辺で。