2020年2月28日金曜日

債権法改正について(39)(契約不適合責任2)

司法書士の岡川です。

現行民法の担保責任の規定が丸ごと置き換わって創設された「契約不適合責任」の規定。

まず、そもそも「契約不適合」の定義は、改正562条1項に規定されており、「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」をいいます。

現行法の「瑕疵担保責任」における「瑕疵」というのも、結局は目的物が契約の内容に適合しない場合ですから、現行法で瑕疵担保責任が問題となる場面がそのままカバーされるわけです。
ただし、現行法の「隠れた瑕疵」の「隠れた」という要件が外された(契約の内容に適合するかどうかが問題であって、隠れているかどうかは重要でない)ので、瑕疵担保責任より適用範囲が広くなります。

さらに、目的物に契約不適合がある場合の規定は、「売主が買主に移転した権利が契約の内容に適合しないものである場合」にも準用されます。


では、契約不適合の場合に買主は何が請求できるか。

・「目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる」(改正562条1項)。
・「その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる」(改正563条)。
・(通常の債務不履行の規定による)「損害賠償の請求」や「解除権の行使を妨げない」(改正564条)

前回ちらっと説明したとおり、契約不適合責任は、債務不履行責任の一種であるため、買主は完全な履行を請求できるということで、追完請求権が明文化されました。
また、代金減額請求ができる場面は、現行法より拡大されています。

そして、これまた債務不履行責任の一種であるため、契約不適合責任が問題となる場面はすなわち債務不履行の場面です。
したがって、通常の債務不履行の規定(415条、541条、542条)に基づいて損害賠償請求や解除をすることができるというふうに整理されました。
現行法では、債務不履行の規定とは別に、担保責任のルールの中に損害賠償請求や解除の規定があったので、債務不履行に基づく損害賠償請求や解除との関係が問題になりましたが、改正法では、そんなことで悩む必要はありません。

なお、現行567条1項の「売買の目的である不動産について存した先取特権又は抵当権の行使により買主がその所有権を失ったときは、買主は、契約の解除をすることができる。」という規定は、抵当権の行使で所有権を失うような場合は、そもそも典型的に債務不履行に該当する場面ということで、削除されています。


契約不適合責任に基づく請求や解除には、期間制限があるものがあります。
現行法でも、瑕疵担保責任等、一部の担保責任に基づく損害賠償請求や解除には、事実を知ったときから1年以内にしなければならないという期間制限があります(566条3項)。

これに対し改正法では、「売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合」にのみ規定があります(改正566条)。
しかも、1年以内に権利を行使するのではなく、1年以内に「通知」さえすれば良いことになりました。

そして、(その他の契約不適合の場合も含めて)最終的な権利行使の期限は、消滅時効の規定に従うことになります。
つまり、通常の権利同様、5年または10年(改正166条)で消滅時効により権利行使ができなくなりますが、それまでは特に制限なく行使可能ということです。


とまあ、こんな具合に、契約不適合責任は、だいたい全部一緒の処理をする(しかも、普通の債務不履行の規定に従う)ことになったので、慣れると非常にスッキリしたわかりやすいルールなのではないでしょうか。

では、今日はこの辺で。

2020年2月9日日曜日

債権法改正について(38)(契約不適合責任1)

司法書士の岡川です。

年末のちょっと前くらいからずーっとバタバタバタバタしておりまして、ブログの更新もいつも以上に滞っていましたが、まだ元気に生きてます。

さて、ようやく契約不適合責任の話になります。

時効の話(これとかこれとかこれ参照)とか、保証の話(これとかこれとかこれとかこれ参照)とか、今回の債権法改正で大きく変わったポイントがいくつかありましたが、おそらく最大の改正ポイントがこの契約不適合責任の話だと思います。


契約不適合責任は、民法の売買に関する規定に出てきます。

そもそも民法の売買に関する規定というのは、単に売買契約にのみ適用される条文ではありません。
売買に関する規定は、その他の有償契約(当事者双方が対価的な給付をする契約。売買のほか、賃貸借や交換など。これに対し、一方が対価的な給付をしない贈与や使用貸借は無償契約という。)に準用されており(559条)、実質的には「有償契約に共通するルール」が、条文上は(その代表的な契約類型である)売買のルールとして規定されているのです。


まあそれはいいとして、売買に関する規定って条文数はけっこう多い(555条から585条まである)んですけど、「どういう時に売買契約が成立するか」みたいなことを規定しているのは、基本的には555条ただ一つだけなんですね。
その唯一のルールは、「当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約する」という、ごくごく単純なものなので、「買うよー」「売るよー」の意思が合致さえすれば契約成立。

というわけで、売買に関する規定の大部分が、売買(が成立した時)の効力に関するものであり、その中心となるのが「担保責任」に関する規定です。


担保責任とは、契約の目的物や権利に何らかの瑕疵(「かし」=不具合や欠陥のこと)があった場合に、それを給付した側が負う責任のことです。

建物を売ったら欠陥住宅で、買主が住んでみるとめっちゃ雨漏りがすることがわかった場合、売主としては何をしないといけないか、逆にいうと買主は売主に何を請求できるのか。
これが売主の担保責任の話ですね。

現行民法は、色んな場合(例えば、物の数量が足りなかった場合、物に隠れた瑕疵があった場合、取得した権利に制限があった場合、などなど)を想定し、これらの場合にそれぞれ売主はどのような担保責任を負うのかが規定しています。
かの有名な「瑕疵担保責任」というのも、目的物に瑕疵があった場合の担保責任です。


少し専門的な話になりますが、この担保責任の法的性質については、民法学の大きな論点の一つであり、長年にわたって血みどろの争い…もとい大論争が繰り広げられてきたところです。

何が問題かというと、売買の対象となった物に不具合があったら、そもそも、それは完全に売主の債務を履行したことにはならないとも考えられるからです。
で、そういう場合は「債務不履行」というルールがありまして、売主が債務を完全に履行しないなら債務不履行責任を負うはず。

そうすると、それとは別に存在する(要件効果が異なる)担保責任って何なの?債務不履行とは違うの?ということです。

これを説明する伝統的な通説は、「特定物においては、瑕疵があろうとも債務自体は履行されている」という考えを前提に、債務不履行とは別に「法が特別に定めた責任」なのだという理解をしてきました。
これを法定責任説といいます。
これに対して、担保責任も債務不履行責任の一種だという理解が近時では有力になっており、これを契約責任説(債務不履行責任説)といいます。


法定責任説と契約責任説の細かい理論なんかは、まあ各自民法の基本書等で勉強してもらうとして、ここではこれ以上踏み込みません。
というのも、改正法では、現行法で担保責任とされていた売主の責任を「契約不適合責任」という新しい概念で再構成したわけですが、ここで明文化された要件効果は、契約責任説に基づく規律が採用されています。

つまり、「特定物か不特定物を問わず、目的物に何らかの不具合があった場合、売主は契約責任(債務不履行責任)の一種である契約不適合責任を負う」という形で立法的に解決されたわけです。
争いのタネであった、通常の債務不履行との関係も明文で整理されたため、わざわざ「法が特別に定めた責任」というものを観念する必要もありません。

終止符が打たれた論争を今更ほじくり返してもあんまり意味がないので、その辺はさらっと全力で無視して、次回、その債務不履行責任の一種である契約不適合責任の内容を解説しようと思います。


なお、瑕疵担保責任が契約不適合責任に置き変わった、というような説明がされることもありますが、契約不適合責任に整理されたのは瑕疵担保責任(現行民法570条に規定された「物の瑕疵」)だけでなく、「権利の瑕疵」に対する担保責任(いわゆる追奪担保責任)を含めた、売主の担保責任全体です。
物理的な問題か権利関係の問題かを問わず、とにかく売買の対象が契約の内容に適合しない場合すべてを契約不適合責任として一元的に把握するのが改正債権法の考え方です。

そこんところ誤解のないよう気を付けましょう。


では、今日はこの辺で。