2019年8月22日木曜日

債権法改正について(34)(有価証券)

司法書士の岡川です。

今日は有価証券の話。

そもそも「有価証券」とは何か、というと、細かいところで争いはあるのですが、概ね「財産権を表章する証券で、権利の移転及び行使が証券によってなされるもの」というのが一般的な定義です。
手形、小切手、株券とかが典型例です。

金融商品取引法では、その一部のみが有価証券として定義されていますが、本来はもっと広い概念です(例えば、小切手は典型的な有価証券ですが、金融商品取引法の定義規定には含まれていない)。


この有価証券というものは、多くは商取引において用いられるものであり、民法というより商法分野の話(有価証券法の典型である手形・小切手法は、かつて商法典の中にあった)なのですが、実は、似たような規定が現行民法にもあるんですよね。

例えば、現行469条の「指図債権の譲渡は、その証書に譲渡の裏書をして譲受人に交付しなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。」という規定なんかは、いかにもそれっぽい。

指図債権のほかにも、現行民法には、証書(証券)の存在を前提とした債権として、記名式所持人払債権と無記名債権に関する規定があり、これらの債権を講学上「証券的債権」といいます。
主に債権譲渡に関する規律として、民法に定められています。


他方で、商法典にも、ところどころ「有価証券」という文言は出てくるものの、有価証券に関する一般的な(通則的な)規定というのは存在しません。
有価証券のうち、船荷証券については商法757条以下に、手形については手形法に、小切手については小切手法に、株券や社債券については会社法に、といった具合に、個別の有価証券について、それぞれの法律で定められているのが現状です。


では、今回の民法改正に関わってくる、民法に定められた「証券的債権」とは何なのか。

有価証券の定義にもよるものの、一般的には、証券的債権(が結合しているところの証書)は有価証券ではないと考えられており、通常の債権(指名債権)と有価証券の中間くらいのモノだということになります。

例えば、証券的債権の譲渡は意思表示によってなされ、上記のとおり証書の交付は対抗要件にすぎません(少なくとも条文上は)から、「権利の移転が証券によってなされる(=裏書・交付が移転の効力要件)」という有価証券の定義とは整合しないのです(権利の移転が証券によってなされることを有価証券の必須の要件としない見解ならこの点クリアされるのですが)。

では、有価証券とは似て非なる中間的な存在である証券的債権という中途半端なモノがどこで使われているかというと、「そんなものは現実には存在しない」とされています。
流通性を高めた債権が必要であれば、有価証券が使われるからです。

となると、この有価証券に似て非なる概念の存在を維持する実益もあまりないことから、改正民法では、従来の有価証券法理と抵触する部分は改めたうえで、これらを正面から有価証券に関する通則的な規定として整理しました。

すなわち、「有価証券」に関する規定として、520条の2から520条の20が新設され、名称についても、「指図債権」は「指図証券」に、「記名式所持人払債権」は「記名式所持人払証券」に、「無記名債権」は「無記名証券」となり、堂々と「証券」を名乗っております。


有価証券法が商法の一分野であるなら、有価証券の一般規定は、商法(商法典)に置けばよかったんじゃね?という疑問もあるかもしれないところですが、必ずしも商法の適用場面ではない(つまり、商取引と関係のない)有価証券というのも存在しうる(例えば発行主体が商人ではない「国立大学法人等債券」等)ことから、商法改正ではなく民法改正において、民法に一般規定を置くことになりました。


従来の証券的債権との比較でいうと、証券の交付(指図証券については裏書も)が譲渡の効力要件になったことや、無記名債権(無記名証券)が動産とみなされるのではなく記名式所持人払証券の規定が準用されるようになったことが主な相違点で、その他は基本的には従来の解釈が維持されたまま明文化されいるようです。

なお、民法に一般的規定ができたことで、商法から有価証券や証券的債権に関する一部の規定(516条2項~520条)が削除されていますので、併せて確認しておきましょう。


では、今日はこの辺で。