2021年4月29日木曜日

相続放棄後の管理責任

 司法書士の岡川です。


全国的に大量の空家(管理不全建物)が存在していることは以前から大きな社会問題となっています。


いわゆる空き家問題ですね。


私は、大阪司法書士会空き家問題対策検討委員会の委員をやっていたこともあり、現在も高槻市空家等対策審議会の委員を現役で拝命しているところでして、空き家問題についてはちょっとだけ詳しいのです。


さて、建物が空き家になる理由はいくつもありますが、大きな理由の一つが相続です。

さすがに自分が住んでいた家を空き家にしてそのまま引越しすることはあまりない(高齢になって施設に入所するとかいう場合は除く)ですが、親から相続した建物がそのまま放置されるという例は少なくありません。



さて、相続が発生した場合、相続を承認した相続人が所有者になります。

当然ながら所有者として自由に処分する権利もあれば適切に管理する義務もあります。



しかし、相続人が相続放棄をしてしまえば、被相続人(亡くなった親)の所有していた不動産はどうなるでしょうか。



相続放棄をした人は、初めから相続人でなかったものとして扱われます(民法939条)。

つまり、親が生前住んでいた実家が現在空き家になっているとしても、相続放棄した人は、その空家の所有権を取得することはありません。


親が借金まみれで亡くなった場合、相続放棄をすればその債務を承継するのを免れるのと同じで、親の相続財産が欲しくもない空き家だけなら、相続放棄をしてしまえばその空き家を承継する必要もなくなるわけです。


まあここまでは分かりやすい話です。



ところが、問題はここからです。



ここ1~2年くらい前からでしょうか。


「相続放棄をしても、実は管理責任が残る。管理し続けないと近隣住民や通行人に対して損害賠償責任を負うことがあるから気をつけよう!」なんていう話をよく目にするようになりました。


素人の記者が書いた週刊誌やらネットメディアのみならず、弁護士や司法書士、税理士などの相続を専門にする士業者のホームページにも書かれています。


さらには、東京の弁護士会が運営する法律相談センターのサイトでも同趣旨のことがかかれています。


相続放棄後の管理責任

民法第940条は、「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。」としています。

この管理責任が問題となるのは、例えば、山奥の山林であったり、老朽化した家屋が挙げられます。山林の木が敷地外の道路に倒れてしまったり、老朽家屋が倒壊して隣地に迷惑をかけたり第三者に怪我をさせたりすると、管理をしている相続人がその責任を問われることになりかねません。 

 (https://www.horitsu-sodan.jp/column/column/704.html



確かに、民法940条には「財産の管理を継続しなければならない」と書かれています。


しかしこの規定は、相続放棄した人が、次順位の相続人に管理を引き継ぐまでの間、その相続財産の価値を減少させないように管理する責任を負っているというものであり、一種の事務管理(契約によらずに他人の財産の管理を開始したときに、その相手との関係で一定の権利義務が発生するルール)の規定だと理解されています。


したがって、誰に対する義務かというと「その放棄によって相続人となった者」(遺言があった場合の受遺者等も含まれる)であって、管理責任を果たさずに財産的価値を損ねた場合には、引き継いだ相続人に対して損害賠償責任を負うというものです。


もちろんその管理の過程で、不法行為の一般規定である民法709条の成立要件を満たせば、(近隣住民や通行人等の)第三者に対する責任を負うことはあるでしょうが、940条自体には、相続放棄をした人につき、709条の要件を修正ないし緩和するような特殊な不法行為の成立要件は定められていません。

もしかしたら解釈上そういう何らかの第三者責任の趣旨を読み込むことは可能かもしれませんが、そうであったとしてもその要件効果については明らかではありません。



学説上こういった解釈が一般的でして、民法起草者も、相続人と「社会経済上の利益」を保護するためのものと考えており、第三者に対する責任というような解説はなされていません。

実務上も、940条の管理義務は対第三者に対するものではないために、市町村長が相続放棄した人に対して、空家特措法14条に基づき「必要な措置」をとるよう助言・指導・勧告・命令をすることはできないと考えられています(国土交通省や総務省がそういう見解であり、それに基づく市町村での運用もそのようになっている)。


また、第三者である近隣住民や通行人から相続放棄した人に対する損害賠償請求が認められた裁判例もありません。


そして、先日(令和3年4月28日)成立した民法の改正法に関する法制審議会での議論の中でも、940条の責任の相手方は相続人であるという前提で改正案が作られました。



にもかかわらず、あまりにも当然のように(あたかもそれが判例・通説であるかのように)940条に基づいて第三者から損害賠償請求されると解説されているのは、極めて根拠に乏しい見解なわけです。



さて、その民法改正により、940条についても改正され、これが相続人に対する責任であることを明確にするため、管理継続義務の内容を保存義務だと明記されました(あくまでも、もともとの義務の内容を明確にしたものであって、「この改正によって対第三者責任が無くなった」わけではありません)。


さらにその責任の発生要件についても「放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」に限定される方向で改正されました。


ちなみにこの場合、940条の責任を負う人は、現に占有しているわけですから、第三者との関係においては、940条とは無関係に工作物責任(民法717条)を負う可能性はあるということになります。



改正民法の施行は3年後ですが、上述のとおり、現行法でも第三者に対する責任は無いと考えるのが一般的です。

相続放棄をしたにもかかわらず、第三者から何らかの責任を追及された場合、根拠のない不当な請求である可能性もありますので、お近くの司法書士までご相談ください。


では、今日はこの辺で。