2020年12月21日月曜日

遺産分割協議書における「その他の財産」の扱い

司法書士の岡川です。 


前回の記事と同様、「幻冬舎ゴールドオンライン」の記事からご紹介。


今回は、記事の内容自体が法的に間違っているわけではないのですが、内容が一面的で鵜呑みにすると危険なものです。


なんで書いたかな…遺産分割協議書の「余計すぎた一言」で大損


遺産分割協議書を作成する際、わざわざ「これ以外の財産に関しては、Xが相続することとする」などという余計な一文を書く人がいますが、その必要はありません。その後財産が見つかったときに、その一文があるせいで、相続税をたくさん払うはめになることがあるからです。



適当なことを書かないでいただきたい…。


この一文は、「余計な一言」で片づけられる条項ではありませんし、一概に「その必要はありません」と断言できるようなものでもありません。

多くの場合、必要があるから書かれているのです。



確かに、記事で書かれているとおり、相続税の観点からすれば、この一文があることで節税ができなくなる場面というのは存在します(実際の事例としてどれほどの頻度で発生するのかは疑問ですが)。

そして、税金のことは相続人にとって大きな関心事ですし、税理士としての専門性が発揮されるのも税金の話です。


しかし、そもそも遺産分割の最終目的は遺産共有状態を解消して遺産を相続人に承継させることです。

税金のことだけ考えておけば良いのではありません。

むしろ、相続税がかかるのは全体の数パーセントだけですから、大部分の相続においては、税金以外の問題のほうが大きいのです。

節税の点で問題となりうる一場面のみをもって、上記のような一文につき一般論として「余計な一言」「その必要はありません」と切り捨てているのは、税金のことしか考えていない解説だといえます。



さて、遺産分割協議書における、「その他の財産は○○が取得する」という一文がなぜ書かれているかというと、相続手続きをしている際や、将来的に、「当事者が把握していなかった財産が見つかった場合」に遺産分割協議のやりなおしを回避できるというメリットがあるからです。


原則論でいえば、想定外の財産が出てきたときには改めて分配方法を協議するのが筋ですし、相続税がかかるような相続であれば、改めて税金がかからないように分割するのが良いこともあり得ます。

しかし、多くの場合は、わざわざ改めて協議をする実益がないのが実情です。


というのも、一般的にありうる「その他の財産」としては、例えば、預貯金の相続手続をしているときに出てきた「被相続人が昔使っていて放置していた口座に数円の預金」とか、相続の何年も後に見つかった「固定資産税が課されていないような被相続人の名義の土地(例えば道路部分)や建物」とか、遺品を整理していたら引き出しから出てきた記念硬貨とかプリペイドカードとか、そんなんです。


基本的に、相続税どころか相続人間の相続割合の大勢に影響を与えないような財産(したがって、しばしば相続財産の調査から漏れてしまうことがある)です。


「数円だけの預金通帳」なんかは、場合によっては相続手続をせずに放置すればよいかもしれません(可能であれば)。

しかし、例えば不動産に関していえば、それ単体では価値のない物件(広い土地の一角の小さな土地とか)であっても、本体の不動産を売却する際には絶対に自己名義にしなければならないようなこともあり得ます。



そして、こういう「他の相続人も別に欲しくもない」ような財産のために遺産分割協議をやり直すことが困難な場合も多いのです。

長い時間をかけてようやく遺産分割協議が成立した場合もあるでしょうし、何年も後に見つかったら、他の相続人に数次相続が発生している可能性もあります。

ここからの遺産分割協議のやり直しは、多大な時間と費用がかかることも少なくありません。



そういうリスクを回避するための方策が、「その他の財産は○○が取得する」という条項です。

この一文を入れておけば、遺産分割協議書の記載から漏れてしまった財産について、いちいち「遺産分割協議のやり直しリスク」を回避できます。



すなわち、遺産分割協議の段階で具体的に判明していない「その他の財産」に関して遺産分割協議書の中でどう取り扱うかというのは、上記のような「些細な財産が出てきた場合の遺産分割協議やり直しのリスク」と「高額の財産が出てきた場合に相続税の節税ができない(あるいは、相続人間の不平等が生じる)リスク」のどちらをとるか、という問題なのです。



資産家の相続で、かつ、不明な財産が多い場合など、後者のリスクを回避すべき場面もあり得ます。

その場合は「その他の財産については、別途協議する」というような条項にすることも考えられます。


しかし、現実的には、多くの場合は前者のリスクが問題となります(実際に、この条項で助かる場合は結構多いのです)。


というわけで、



「余計な一文を書く人がいますが、その必要はありません。」



この解説を鵜呑みにすると危険なことがおわかりいただけたでしょうか。



では、今日はこの辺で。

2020年12月11日金曜日

生前の相続放棄?

 司法書士の岡川です。

こんな記事を見つけました。

「嘘だったの…」ドケチ親父死去。後妻の要求で知った衝撃金額


やたらと長い(上に内容が間違っている)ので全部は読まなくても良いと思いますが、要旨は、税理士が経験した「死亡した男の実子と後妻との間の相続トラブル」というよくある話です。


ある人(被相続人)が配偶者と離婚や死別した後に再婚すれば、当然、その再婚相手は被相続人の法定相続人となります。

そして、被相続人に(前の配偶者との間で)子がいれば、その子らも法定相続人です。

このとき、被相続人が死亡したら、「被相続人の子」と「被相続人の再婚相手」が共同相続人として遺産分割協議をしなければなりません。



しかも、比較的若いときに再婚した場合のように、必ずしも再婚相手と夫婦関係(あるいは事実婚状態)がそれなりの期間続いているとは限りません。


再婚相手の相続分は婚姻期間とは無関係ですから、被相続人が死ぬ直前に出会った相手と再婚した場合など、数か月程度の婚姻関係であっても、遺産の半分がその再婚相手のものになります。


相続関係をきちんと理解したうえで、確たる意思を持って行動しなければ、これは本当にトラブルのもとです。



という前提知識をふまえて、上記の記事では、まさにそういう状況になります。

(「レスラーさん」というのが被相続人)



私はすぐにレスラーさんに電話をかけた。「おお、先生。久しぶりだね」レスラーさんは元気にそう答えた。挨拶もそこそこに、私は早速再婚の件について聞いた。 


「早耳だなあ、先生。相続のことが気になって電話してきたんだろう? その点は大丈夫だよ」「大丈夫というと?」「新しいカミさんには相続を放棄してもらったんだよ。たまたま相続を専門でやっている弁護士さんがいたので、その書類も作った。だから問題ない」レスラーさんはそう言った。


(中略)


子どもたちともめてしまう可能性を未然に防ぐため、再婚相手に相続を放棄してもらったというわけだ。



んん?


日本の法律では、生前に相続を放棄する方法は存在しません。

したがって、いくら「相続を専門でやっている弁護士」といえども、「生前に相続を放棄してもらう書類」など作成しようがない。

そんなもの作成しても法的な効力はありません(せいぜい紳士協定程度の意味しか持ちません)。


本当に後妻に相続させないようにするには、遺言書を作成するしかありません(それでも遺留分の問題がありますが)。



この時点で、「レスラーさん」が嘘をついているか、何か完全に勘違いをしていることが分かります。

しかし、この税理士はそこに全く疑問を持つことなくスルーしたようです。


続く文中で、書類の不備を確認しようとしたらしいことが書かれていますが、不備とかそういう問題ではありません。

そもそも生前に相続放棄をしたということ自体があり得ないのです。



さて、「レスラーさん」が死亡し、案の定、相続問題で「レスラーさん」の子らと後妻が揉めたようです。


だが、その揉め方がおかしい。




「わかった。すぐに調べてみる」私はそう言って電話を切り、弁護士に電話をかけた。相続放棄がどうなっているか確認しなければならなかった。


「ああ、レスラーさんの件ね。相続放棄の契約があるんですが、あれはダメ。通らないんですよ」「通らない。つまり無効ということですか?」「ええ。事前に契約を交わしているのですが、相続財産の額に嘘があったんです。実際の相続財産の額が本人の申告とかけ離れているんです」


弁護士によると、再婚相手と相続放棄の契約をしたときにレスラーさんは全財産が1000万円ほどだと言ったようだ。しかし、預貯金、土地、建物を合算してみると、実際には約5000万円の財産があった。


(中略)


「全財産が2000万円くらいだったなら夫人も文句なかったんでしょうけど、申告の額の5倍ですからね。これはダメでしょう」弁護士が言う。「そうですね」私はそう返し、電話を切った。


いやいやいや。


生前に相続放棄契約をしても効力はありませんから、この場合、相続財産の額に嘘があったかどうかは関係ありません。

仮に、本当に1000万円しかなかったとしても、その相続放棄契約なるものは当然に無効です。


だから弁護士がそのような話をするわけがありません。




というわけで、この記事は、論点が無茶苦茶ということが分かります。

弁護士が生前に相続放棄契約を作成することはないし、契約前に後妻に伝えた財産額に虚偽があったことが問題なわけじゃないからです。


これでは何の教訓にもなりません。


「いずれにしても、契約ごとの間違いや?は、契約そのものを白紙にする可能性を持つ。そのせいでトラブルが起きたり、大きくなったりするのだ。」とありますが、本件の問題点はそこではありません。

生前に相続放棄をしたという話を信じたことが間違いなのです。



記事中にも書かれていますが、この件でトラブルを避ける唯一の方法は、遺言書を作成することしかありません。

もっとも、仮に遺言書を作成したところで、後妻の遺留分を侵害することはできませんから、遺留分相当額(この場合遺産の1/4)は後妻のものとなります。



なお、生前に、配偶者の遺留分も排除する方法として、生前に遺留分を放棄するという方法はあります。

ただし生前の遺留分放棄は、家庭裁判所に申立てをして家庭裁判所が許可しなければ効力が生じません。

申立てをするだけで良いというものではなく、遺留分に相当する財産を生前に受け取っているなど、予め遺留分放棄をする合理的な理由がなければ、家庭裁判所も許可しません。


結局、何らかの財産が後妻にいくことは避けられないということです。




このように、結婚は自由ですが、結婚により相続関係は確実に複雑化します。

生前に一筆書いておけば済む話でもありません。


親子関係が良好で「遺産は子に残したい」と考える人もいるでしょうし、あるいは逆に、親子関係が悪くて「遺産は子に残したくない」と考える人もいると思います。


どっちにしても、きちんと専門家に相談して対策をしましょう。



では、今日はこの辺で。

2020年12月3日木曜日

最近の様子でも語ってみる

司法書士の岡川です。

めっちゃ久しぶりの更新ですね。

新型コロナウイルスの流行は、第3波といわれていますが、第1波や第2波と違って、今回の第3波では、実際に身近なところでも具体的な影響が出てきています。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。


今日は本当にただの雑記です。


さて、かくいう私がいかがお過ごしだったかという話ですが、このブログも何と3か月近いブランクが空きました。
もともと更新頻度が月1レベルに落ちていたこともあるのですが、特に最近はじっくりネタを考える時間が取れなかったからです。

このブログ、ネタを思いついたらある程度は頭の中の知識で書くんですけど、一応裏取りしたり、細かい情報を調べたりしてから投稿しています。

最近は、そういうことをやる時間がなかったのです。


実は、途中まで書いたネタってのも色々あったんですけど、長くなりすぎて途中で放置しているうちに旬が過ぎたりとか、逆に深みにはまりすぎて全部消したりとかを繰り返しているうちに、結局何も投稿してないというね。


スランプに陥ってる作家か!?


とはいえ、今年はコロナの影響で、ものすごく時間が有効活用されているという点はあるのですよ。
何といっても、会務がほぼ全面的にリモート(WEB会議)になっているのが大きい。
事務所から司法書士会館の往復の移動だけでも1時間半以上かかるのですが、今はこの移動時間が無い。

会議で週に何回もこの往復をしていたことを考えると、仕事に回せる時間が大幅にアップしています。
災い転じて何とやら、今年は一気にIT化、オンライン化が進み、業務の効率化が図られたんじゃないでしょうか。


それなのに、時間が空けばその分何かしらで時間が埋まって結局暇にはならない…というのは何なんですかね、これ。
宇宙の摂理ですかね。


ちなみに、そうはいっても色々情報を仕入れたりとかいうのは日常的にやってるんです(アウトプットできないことが多いですが)。
例えば、最近は電子署名の話とかがホットな話題だから、その辺の知識を入れときたいなーとか思い、『暗号技術入門』(SBクリエイティブ)とかいう本を読んだりしています。

これ、ガチで暗号技術に関する本なので技術的な説明部分は全くついていけません。

でも入門書なので一応読めますし、それなりに面白いです。実際に役に立つことは無さそうですが。

 

そんなわけで、そろそろ「このブログは3か月更新されていません」的なメッセージが出たりするんじゃないかとか思ったりしたので、こういう雑談を挟んでおこうかと思い立ったわけです。



このブログのコンセプトは、「知って得する情報や別にそうでもない情報」をお届けするというものですが、今日は完全に後者に振り切った、「岡川の最近の様子」という、マジで誰も得しない情報をお送りしました。


では、今日はこの辺で。