2016年9月30日金曜日

財産管理等委任契約の活用とその危険(その3)

司法書士の岡川です。

引き続き財産管理等委任契約の話。

その1は「活用」の話
その2は「危険」の話

そして今回は、「危険を認識したうえでうまく活用する」ためのポイントを解説します。


基本的なことですが、まずは「信頼できる相手と契約をする」ということ。
もっとも、誰が信頼できるかを見極めるのは難しいのですが…。

信頼できる相手を選ぶ「決め手」といえるようなものは、残念ながらないかもしれません。
しかし、なるべくリスクを低減することは可能です。


例えば安易に「個人より法人に預けたほうが安心」と考えるのも問題です。
全国的に展開していた「日本ライフ協会」が預託金を大量に事業資金に流用してそのまま破産した事件でもわかるとおり、「法人だから安心」「幅広く事業をやってるから安心」というようなものでもないのです。

では、司法書士や弁護士のように、法律の専門家に預けたら安心か。
これについては、安心です!と言いきりたいところではあるのですが、専門家といえども人間ですので、色んな人がいます。
司法書士や弁護士が預かったお金を横領した事件もニュース等で聞きます。

もちろん、専門知識があり、指導監督機関(司法書士であれば法務局や司法書士会、弁護士であれば弁護士会)の監督に服しており、場合によっては懲戒を受ける立場にある専門家のほうが、素人に預けるより安全であることは確かだと思います。
(実際に、成年後見人による横領は、大多数が親族後見人によるものです)

しかし、100%安全とは言い切れないことはきちんと認識しておかないといけません。
すべての受任事件について、個別具体的に監督されているわけではない(例えば、弁護士会が会員の懲戒権限を有するからといって、会員が受任する財産管理について全て目を通しているわけではない)からです。
財産管理等委任契約は、本人が自分で相手をチェックすることが想定されていますので、相手が専門家だからといってチェックを怠ることのないようにすべきです。


専門家の中でも、さらに安心なのは、「財産管理業務について第三者による監督を受けている専門家」です。

具体的には、公益社団法人成年後見センター・リーガルサポートという組織があります。
これは、司法書士で構成された団体ですが、リーガルサポートに所属する司法書士は、自身が受任している個別の後見業務や財産管理業務について業務報告をする義務がありますので、そこで不適切な管理がないようにチェックを受けます。
本人や受任者だけでなく、第三者が財産の管理状況に目を通すことで、不正(あるいは、不正には至らないような不適切な業務)が予防されます。

もちろん、これすらも100%安全とは言い切れませんが、「第三者がチェックしている」ということで安全性は飛躍的に高まるといえるでしょう。


さて、信頼できる相手が見つかったとして、契約を締結するわけですが、契約の内容についても当然注意が必要です。

まず、委任する事務の内容、あるいは代理権の内容についてチェックしてください。
必要のない(任せるつもりのない)事項まで入っていると、削除するよう求めないといけません。

それから、委任報酬。
報酬は、法定後見制度と違って完全に契約で定めることになりますので、きちんと納得した額で契約するようにしてください。

毎月1万円でも高いと思う方もいれば、10万円でも安いと思う方もいるでしょう。
事案によっても、妥当な金額というのは変わってくると思います。
定価があるわけでもなく、ケースバイケースではありますが、なんにせよ「自身が納得した金額になっているか」をチェックすることが大切です。

それから、できれば、任意後見契約と同時に契約することをお勧めします。
前回も書きましたが、任意後見契約を締結していなければ、自身が認知症等になっても、そのまま(誰のチェックも受けることなく)財産管理が続いてしまうことを避けるためです。
契約条項として、判断能力が低下した場合は速やかに任意後見監督人の選任申立てをする義務を入れておくとより良いですね。


さらに、受任者がリーガルサポート会員であれば、「リーガルサポートへの報告をする」という条項が入っているかも要チェックです。
「報告するというのが契約の内容に入っていないから報告しない」ということでは意味がありません。
なお、リーガルサポートの内部ルールでは、財産管理等委任契約の中に必ずリーガルサポートへの報告条項を入れることが決められていますので、もし仮に提案された契約書にその内容がなければ、怪しんでみるべきかもしれません。

もちろん、リーガルサポートのチェックを受けるという手法は、リーガルサポート会員に委任した場合にしか使えませんが…。


もし専門家でもない人に財産管理を委任する場合は、同じように第三者のチェックを受けられる仕組みを用意しておくと良いですね。
任意の財産管理というのは当事者間の契約ですから、安全確保の方法というのも契約次第になるわけです。


あまり一般的な方法ではありませんが、例えば、財産管理の受任者とは別に、専門家に「監督人」に就任してもらうという方法も考えられます。
ちょっと契約が複雑になりますが、(リーガルサポートの会員に委任するような場合を除き)第三者のチェックを受けさせる方法としては、契約によって第三者に「監督を委任」するしかありません。

法定の成年後見監督人や任意後見監督人と違い、法律に何の定めもないので、法的な権限は一切ありませんが、例えば、その監督人との間で任意後見契約を締結することで、いざとなったら任意後見契約を発効させる権限を付与することも可能ですね。



財産管理を他人に任せる場合、上記のようなことも併せて検討してみてください。

では、今日はこの辺で。

2016年9月26日月曜日

財産管理等委任契約の活用とその危険(その2)

司法書士の岡川です。

引き続き財産管理等委任契約の話。
前回は「活用」の話でしたが、今回は「危険」のほうに重点を置いてみます。

法定後見制度では、家庭裁判所が監督権限を有し、場合によっては成年後見監督人が選任されます。
相続財産や不在者財産の管理人についても、家庭裁判所が選任するので、その監督に服することになります。


契約に基づく財産管理であっても、任意後見の場合、任意後見契約を発効させるには、任意後見監督人の選任が必須です。
認知症等で判断能力が不十分な人に対して、契約に基づいて包括的な代理権を付与するには、適正な監督を受けられる仕組みが必要だからです。

他方、財産管理等委任契約が想定しているのは、任意後見の対象外の方、すなわち、判断能力が十分であり、受任者の財産管理状況を自ら監督できる場合ということになります。
このような判断能力が十分な方が任意で第三者に財産を預けることに関し、法律は特に何らの規制も設けていません。


理念的には、契約に基づいて認知症等で判断能力が低下した人の財産管理を行うには、任意後見制度を利用することが想定されており、任意後見監督の仕組みによってその適正性が担保されています。


ただし、任意後見制度において、任意後見契約の受任者(任意後見人候補者)が、任意後見契約を発効させる(任意後見監督人の選任を申し立てる)義務までは規定されていません。

任意後見契約法は、財産管理等委任契約などは想定していませんので、委任者(本人)の判断能力が低下しても、任意後見契約を発効させない限り財産管理は開始しません。
したがって、法が典型的に想定しているケースにおいては、受任者が財産管理権を取得したければ契約を発効させるしかありませんので、必要であれば契約を発効させるであろう、との考えのもとに制度が成り立っています。

逆にいえば、「任意後見契約を発効させない限り財産管理はしていないはず」なので、財産管理上の不正が発生する余地はありえないという制度設計になっています。


ところが、前述の通り、任意後見契約と同時に財産管理等委任契約を別途締結しておけば、あえて任意後見契約を発効させなくても、財産管理等委任契約に基づいて、委任者の判断能力が低下した後も財産管理を続けることが可能になります。
(認知症になったからといって、当然に財産管理等委任契約が失効することはありません)

あるいは、そもそも任意後見契約を締結せずに、財産管理等委任契約だけを単独で締結してしまえば、監督人選任がどうとかいう話にはなりません。


このような場合、第三者どころか本人による十分な監督も期待できないので、非常に危険な状況になります。
これは、任意後見制度の趣旨を潜脱する行為ではありますが、やろうと思えば簡単にできてしまうのです。


任意後見監督人の選任申立権者(=任意後見契約を発効させる権限を有する人)は、任意後見契約法では次のとおり定めされています。

本人
配偶者
四親等内の親族
任意後見受任者

本人が(受任者の意向に反して)自ら進んで任意後見監督人選任申立てをするようなことはあまり考えられません。
本人に親族がいれば、親族が申立てをすれば良いのですが、親族もいなければ、事実上、任意後見契約を発効させるかどうかは受任者にかかっているといってよい。

そして、受任者に「任意後見監督人選任申立てをする義務」はないのです。
さらにいえば、そもそも財産管理等委任契約と同時に任意後見契約を締結すべき義務もない。

怖いですね。
老後の安心を得るための契約が、不安の種になってしまっては本末転倒です。


とはいえ、実際に誰かに財産を管理してもらったり、契約などの手続を代理してもらいたいという方はたくさんいます。

財産管理等を他人に委任する契約をする際に気を付けるべきポイントを書こうと思いましたが長くなったのでこれは次回。

では、今日はこの辺で。

2016年9月16日金曜日

財産管理等委任契約の活用とその危険(その1)

司法書士の岡川です。

相続財産の管理には相続財産管理人という制度があります。
行方不明者の財産の管理には不在者財産管理人という制度があります。
判断能力が不十分な人の財産の管理には成年後見人という制度があります。

では、本人は生きているし、行方不明にもなっていないし、判断能力は問題ない、でも財産を第三者に管理してもらいたい、という場合はどうすればよいでしょうか。

若くて健康的な人にとっては関係ないことではありますが、例えば高齢で一人暮らしであったり施設に入所していたりすると、毎月の諸費用の支払いとか日々の財産管理とか、あるいは役所の手続きとかが大変になってくる方もおられます。

また、詐欺や消費者被害などに遭うのは、必ずしも明確に認知症等で判断能力が低下している方だけとは限りません。
認知症でもなく、判断能力が低下しているわけでもなくても、騙されることはあります。
以前、特殊詐欺の話も書きましたが、どんなに気をつけていても限界があるものです。
最近は、スマホアプリによる詐欺被害に遭う中高年の方も増えているようですし、古典的な特殊詐欺も依然として蔓延しています。

しかし、「判断能力が正常」であるということは、逆にいうと法的な救済手段も限定的だということです。

判断能力が正常なのであれば、自己責任が基本ですから、成年後見人のように、問答無用で契約を取り消したりすることはできません。

なんとか詐欺をや不法行為を立証したり、各種消費者法に定められた取消しの要件を検討して主張することになります。
また、仮に法的には契約取消ができたとしても、実際にお金を取り戻すのは難しいこともあります。


そうすると、騙されないためには(あるいは、騙されてもお金を取られるのを防止するには)、大事な財産は第三者が管理するというのも有効な選択肢のひとつになります。


そういう場合に利用されるのが、財産管理等を委任する契約を締結するという方法です。

よく行われるのは、「任意後見契約」と同時に「財産管理等委任契約」(「任意代理契約」といわれることもあります)を締結し、認知症になるまでは委任契約に基づいて財産管理をしてもらい、認知症になった後は任意後見人として財産管理をしてもらうという方法です。

専門職後見人として後見業務を行っている司法書士も、任意後見契約とセットで財産管理等委任契約を締結するケースは少なくありません。

(具体的な活用方法については、当事務所のホームページの「任意後見制度について」に詳しく書いています。はい宣伝です。)

これは別に法律で定められた制度ではなく、あくまでも委任契約(準委任契約)の一種に過ぎませんので、どのような契約にするのかは専ら当事者間の合意に基づきます。
契約自由の原則ですね。

なので、契約の名前も色々で、似たような契約をNPO法人などが行っていることもあります。
また、契約なので自由に内容を決めることができるので、その人に応じた使い方が可能になります。


ここで気を付けなければいけないのが、財産管理等委任契約は、法律で定められた制度ではないので、その財産管理人を監督する立場の第三者が全く存在しないということです。

高齢者から大量に預託金を預かり、それを事業資金に流用したまま破産した「日本ライフ協会」の事件は記憶に新しいところです。


次回、財産管理等委任契約の危険性について解説します。


では、今日はこの辺で。

財産管理等委任契約の活用とその危険(その2)

2016年9月1日木曜日

知らない間に被告になって敗訴していた事件の最高裁判決

司法書士の岡川です。

最高裁で珍しい判決が出たみたいです。
珍しいといっても、たぶん、そんなに珍しくないかもしれないけど、しょっちゅうあることではないという意味で。


「知らぬ間に被告」敗訴破棄=裁判やり直し命じる―最高裁

東京都内の夫婦が「裁判で被告となったことを全く知らないまま敗訴した」と訴えた損害賠償請求訴訟の上告審判決で、最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)は1日、「訴訟に関与する機会が与えられなかった」と認め、夫婦に賠償を命じた一、二審判決を破棄し、審理を東京地裁に差し戻した。


この記事にはあまり詳しいことが書かれてないのですが、事案としては、「とある会社と、その会社の代表取締役・取締役が訴えられた」というよくあるお話。

訴えられたら訴状が被告(訴えられた側)に送達されるのですが、送達されなければ訴訟手続は有効に進みません。
訴訟は、被告に訴状が送達された段階で係属する(スタートラインに立つ)ことになります。

個人に対する送達は、自宅に送付するのが基本ですけども、自宅がわからない場合など、被告の「就業場所」に送達しても構いません。
なので、今回の訴状は、会社に対するものも、代表取締役や取締役に対するものも、全て会社に送達されたものと考えられます。

会社と代表取締役は、それで訴状を受けとったことになるのですが、問題は取締役のほう。
実は、この取締役は勝手に取締役として登記されていただけで、取締役として登記されていることすら知らなかった。
当然、その会社は就業場所でも何でもなかったんですね。

そのため、訴状は自宅にも届いてないし、就業場所にも届いてない(もちろん、その他の方法でも送達を受けていない)。
となると、この取締役との関係においては、適法に訴訟手続が進んだ(訴訟が係属した)とはいえないということになります。

しかも、その後の手続きも、代表取締役が取締役の分の委任状も偽造して弁護士に渡していたため、弁護士は、全員分の代理人として訴訟活動をしていたのですけど、当然それも無効ですね。

したがって、弁護士も代表取締役に騙された側ではあるのですが、取締役の本人確認もせずに(会ったこともない人の)代理人として訴訟活動していたということで、相応の処分が待っていると思われます。

怖い怖い。


というわけで、もう一度地裁からやり直せ、という話になったわけですね。


Yahoo!ニュースのコメント欄に色々と書かれているので、ちょっと正確な情報を提供しておきますね。

>裁判所が主導で原告被告に対してお互いに都合のよい日にちを聞いてきて裁判が進行したという経験しかないから逆になぜこうなるのか信じられない。


(偽造された)委任状が提出されてたので、弁護士が代理人として日程調整してたからだよ!


>裁判所前に公示はしてるんだろ、だったら問題ない。

裁判所前に公示なんかされないよ!
公示送達という特殊な場合を除けば、訴状は直接本人に送付されるんだ!
今回は、代表取締役が(取締役の分も)受け取ってたんだよ!


>裁判所の職員の仕事がいい加減なことは有名だ。

本件に限っていえば、裁判所の職員に落ち度はないよ!


>まず、委任状をねつ造した弁護士がだれか報道しろよ

違うよ!
委任状を捏造したのは代表取締役だよ!
弁護士も偽造の委任状で騙されたんだよ!
本人確認しなかった落ち度はあるけどね!


>委任状を偽造した犯人が存在しているということ?

犯人は代表取締役だよ!


>弁護士自身が詐欺罪,公文書偽造で有罪です。

色々違うよ!


>裁判がおかしいという内容の裁判が行われ、最高裁まで持ち込まれた。

そうじゃなくて、裁判の途中で(途中っていっても、最高裁まで行ってるんだけどね!)気づいたから、最初からやり直せって話になったんだよ!



このテンションでコメントするのが疲れてきたのでもういいかな?





ちなみに、これとは別に、送達受け取っても放置してしまうことに乗じた本物の詐欺の手口もあるので、注意しましょうね(→「支払督促や少額訴訟を利用した詐欺」)。


では、今日はこの辺で。