2016年5月9日月曜日

既遂犯と未遂犯

司法書士の岡川です。

基本的なことなのでとっくに書いたと思ってたら書いてなかったので、前回の客観主義(行為主義)から連なる話をこのタイミングでしておきましょう。

主観主義的な考えを徹底した場合、処罰すべきは、犯罪者の危険な性格なのですから、そういう危険な性格があることさえわかれば、実際に許されざる行為や結果が存在しなくてもその人を処罰すべきである(少なくとも処罰を正当化する根拠がある)という結論に至ります。
平たく言えば、「殺人をするような人間」は、実際に人を殺していようがいまいが、「殺人をするような人間」なのだから殺人罪を適用して良いわけです。
しかも実際に殺人事件が起こる前に「犯罪者」を隔離し、予防することができるので、とっても合理的です。

まさしく、SF映画やアニメの世界ですね。
最近の作品では、「PSYCHO-PASS サイコパス」というアニメの設定がそんな感じ。


ただし、日本の刑法では、悪い性格や思想だけで処罰することはなく、何らかの危険な行為があって初めて犯罪が成立します。
これが前回紹介した行為主義の原則です。
また、仮に主観主義に立脚したとしても、現実にはSFの世界と違って「危険な性格」というものを直接的に判定できないので、実際に危険な行為に出たことをその性格の「徴表」であると考えて、そこで初めて処罰すると考えられています。


いずれにせよ、刑法は、処罰の対象として犯罪「行為」を類型的に規定しています。

さらに、刑法に規定されている基本的な犯罪類型は、ある人の行為によって他人の権利や利益の侵害を「実現した場合」が想定されています。

例えば殺人罪なら人を殺した(死に至らしめた)場合であり、窃盗罪なら他人の財産を自分の物にした(自分の支配下に移転させた)場合を処罰するものとして規定されています。
最終的に権利や利益が侵害されるに至った場合、これを「既遂犯」といい、日本の刑法では犯罪は既遂犯が原則的な類型とされているわけです。

これに対して、そういう危険な行為の実行に着手したものの、最終的に刑法に規定された結果の実現まで至らなかった場合を「未遂犯」といいます。


「未遂」というのは、通常の日本語としても使われますね。


未遂犯については、「未遂を罰する場合は、各本条で定める」(刑法44条)と定められており、逆にいうと、個別に「この罪の未遂は罰する」と書かれていない限り、その犯罪類型は既遂犯のみを処罰の対象としているということになります。

まあ、刑法典に規定された大抵の犯罪には未遂罪も規定されているので、例外だといっても大量にあるわけですが、例えば器物損壊なんかには未遂罪がありません。
他人の物を叩き壊そうとして鉄パイプか何かでガンガン殴りつけたけど、その物に傷ひとつつかなかったら不可罰ってことですね。

それから、暴行未遂罪ってのもありませんね(参照→「暴行と傷害の違い」)。


では「過失犯の未遂犯」ってのがありうるか。
故意犯処罰の原則と既遂犯処罰の原則という2つの原則に対する例外を重ねたものになります。

これには争いがあるところですが、少なくとも現行刑法において、過失犯について未遂を処罰をすると規定した条文はありません。

「包丁で遊んでたら手が滑ってうっかり友人の心臓を突き刺しそうになったけど相手にケガひとつなかった」という場合、理論的にはともかく、現行刑法上は「犯罪」ではないということですね。


未遂犯を理解するうえで重要なのは、犯罪の「実行に着手」したという点です。
着手すれば未遂犯の成立の可能性がありますが、着手しなければ、未遂犯としても処罰されません。

これが日常用語との違いで、例えば、銀行強盗の計画を考えて、その段階で「やっぱり人のお金を奪うのは良くない」と気づいて計画を破棄したら、これは未遂ですらありませんので、強盗未遂罪は成立しません。

これは結構重要です。


もし仮に、あなたが悪いことを考えていて、それを何かの機会に咎められたとしましょう。
「あれは未遂だから問題ない」とか言い訳するのは間違いかもしれない。

堂々と「あれは未遂ですらないんだ!」と主張してみましょう。
未遂ですら(刑法では)例外なのに、ましてや、その未遂より前の段階で責められる理由はないのです。



たぶん、相手を刺激して余計に怒られることでしょう。
世の中理不尽ですね。

では、今日はこの辺で。

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