司法書士の岡川です。
唯一の出入り口なのに…住宅地の橋が突然封鎖 実は私有物「買い取るか、通行料を」
約30戸が並ぶ神戸市北区の住宅地に、車で出入りできる唯一の橋が突然封鎖され、警察官が出動する事態がたびたび起きている。50年近く公共物という認識で使われてきたが、最近になって「私(し)橋(きょう)」であることが判明。所有者は老朽化のため「維持管理費がかかる」として住民に購入を求め、住民は市への移管を提案するが、主張は平行線をたどっている。
私道の所有者が通行料を徴収しようとして、住民が拒否したらその私道を封鎖した…という事件は以前もありましたが、橋というのは珍しいですね。
このニュースに対して、受け取る人の意見は分かれています。
当該橋が個人の所有物であることから、「使わせてもらっているのだから住民は所有者に金を払うのは当然」という意見もある一方で、所有者といえどもその人が橋を作ったわけではなく、50年も無料で通行されていた橋を最近になって購入したという経緯から、金を払う必要はないという意見まであります。
ここで、どういう理屈で住民が橋を通れるのか、あるいは所有者が通行料をとれるのか、といった点について、色んな人が色んな考察をしています。
ただし、大前提として、橋というのは河川上に設置された工作物であって、それ自体は土地ではありません。
地役権がどうとか囲繞地通行権がどうとかいう意見も散見されましたが、これらは、土地に関する権利ですので、橋の上に地役権やら囲繞地通行権が生じることはありません。
そもそも地役権やら囲繞地通行権といった権利も、別に無償の権利ではありませんから、通行料の妥当性とは無関係です。
さて、所有者のやり方が少々乱暴なところがあるので、所有者が一方的に設定した金額の通行料を支払わなければならないものではないと思いますし、1200万円という所有者の言い値で買い取る必要もないと思います。
また、通行料をとらなければ修繕費等が賄えないとしても、現状無償であることを承知で購入したのだからそのリスクは当然に所有者が負うべきであるし、もちろん何か事故が起きれば所有者として責任を負っても仕方がない(それが嫌ならそもそも購入しなければよい)。
他方で、実際に住民は通行によって利益を得ているし、所有者は(たとえ今になって購入したのだとしても)現時点で所有権を有していることに変わりは無いわけですから、例えば無償で通行するのは不当利得となっているのではないか、妥当な金額であれば通行料は徴収しても良いのではないか、ということも考えられます。
では、どういう点を考慮すべきか。
詳細な事実関係が必ずしも明らかでない(例えば河川の占有許可はどうなっているのか、元の所有者は誰だったのか、本当に1200万円で購入したのか等)ので想像するしかないのですが、少し考察してみます。
基本的には、所有者が自分の所有する橋を他人に有償で使用させる権利はあります。
しかし本件でいうと、例えば、住民には使用借権(無償で使用する権利)のようなものが認められるのではないか。
この橋には元の所有者(開発業者か?)がいたわけで、その人は、この住宅地ができたときから無償で使用することを承諾していたわけです。
ということは、橋の元の所有者と住宅地の住民との間で、当初から黙示の使用貸借契約のようなものが成立していた可能性、あるいは50年も経った現在では住民が使用借権を時効取得している可能性が考えられるわけです。
使用借権は比較的弱い権利ですから、賃借権と違って原則として第三者(本件でいえば、橋を購入した現所有者)に対抗することはできません。
ただし、例えば、使用借人がいる土地を安価で購入して建物収去土地明渡を請求した場合に、権利濫用の主張が認められたという裁判例もあります。
そうすると、本件の経緯に鑑みれば、現所有者が使用借権の消滅を主張して封鎖すると、場合によっては権利濫用になる可能性が考えられます。
現在は警察の指導により通行自体は可能になっているようなので、所有者は住民全員を相手取って不当利得返還請求訴訟を起こすことは可能だろうし、他方で住民側は使用借権(+権利濫用)を主張して争うことが可能ということになるので、どっちの主張が認められるか…という争いになります。
では、何でこんなことになったのか?
そもそも誰が悪いのか?
完全に想像ですが、例えば元の所有者が造成工事をした業者だったとすれば、本来は橋を無償で市に移管すべきだったものです。
そもそも、公道に出る橋が無ければその一帯の土地に価値はないですから、橋の設置費用は、その一帯を造成して住宅地として売り出した際に、土地の価格に転嫁されていたと考えられます。
元の所有者は、土地の代金(の一部)という形でその費用を回収できたわけですから、市に無償で移管しても損はしないわけです。
しかし、そうせずに第三者に売却したということであれば、これは利益を二重取りしている(土地の代金上乗せ分として住民から受け取り、さらに売買代金として現所有者からも受け取った)ことになるわけですね。
こういう話であれば、悪いのは、元の所有者だということです。
「住民は橋を無償で使わせてもらっていたのに文句を言うな」という意見も見られましたが、必ずしもそうではない。
橋の設置費用込み(維持管理費用については、市に移管されるので発生しないという前提)で土地を購入したのであれば、無償で使用できなくなったら「話が違う」と文句を言う権利はあると思われます。
そもそも50年間も無償で通行可能だったことに鑑みれば、元の所有者の認識もそういうものであったと推測されます。
造成工事をした業者も商売でやってるわけですから、仮に通行料を取らなければ損をするような事情があったなら、住宅地を売り出した当初からそういう話になっていなければおかしいですからね。
で、現所有者はそういう事情は当然に想定すべきであることから、そもそも橋を購入すべき物件ではないし、購入するのであれば、自由に使用収益する権利を制限されて損するリスクは甘受すべきである、という方向に傾くんじゃないでしょうか。
要は、そもそも1200万円の価値がある物件じゃないということです。
とはいえ、話が平行線なら橋の修繕もされないまま崩落でもしたら大変ですし、ここは思い切って、1世帯あたり20万~30万円ずつくらい出し合って、自治会が新たに河川使用許可を受けたうえで本件橋の横に同じような橋を作り、これを無償で市に移管してはどうでしょうか?
現所有者から1200万円で購入したり、通行料を延々と支払い続けるよりも安上がりかもしれません。
では、今日はこの辺で。