司法書士の岡川です。
例のあの事件の真犯人が見つかったようです(例のあの事件→「痴漢サイトなりすまし事件」)。
ネットで女性「私に痴漢して」実は国税職員の男
以前の記事では、「なりすました人物の罪責の検討は明日するかもしれません。」とか最後に書いておきながら、1か月放置してしまいましたが、このタイミングで考察します。
この事件をおさらいすると、
1.痴漢を呼びかけるインターネットの掲示板に「私を痴漢して」という趣旨の書きこみがされる。
2.その書き込みを見た男が、その特徴と完全に一致する女性を痴漢する。
3.被害女性は書きこんだ本人ではなく、別の第三者がその女性になりすまして書きこんでいた。
というものでした。
女性からすれば、まぎれもない痴漢被害なのですが、他方、痴漢をした男からしてみれば「被害者の承諾に基づいて体を触った」という認識です。
そして、「被害者の承諾に基づいて体を触る行為」は強制わいせつ罪を構成しません。
今回は、実際に承諾は無かったものの、「被害者の承諾についての誤認」があるわけで、この場合、故意が阻却されるのではないか?(したがって、故意犯である強制わいせつ罪は成立しないのではないか?)というのが前回の考察です。
結局、この男は処分保留で釈放されたようです。
「処分保留で釈放」とは、別に無罪放免ではなく、今は起訴するか起訴しないかを判断せずに、「とりあえず身柄の拘束を解く」というものです。
さて、おさらい終わり。
(ここからちょっと専門的な話になってしまいますが、なるべく簡単に書きます。)
実際に書き込みを行った男は、誰かに被害女性を痴漢させようとして書きこんだわけです。
もちろん、被害女性が「痴漢してほしいとは思っていない」ことは承知の上です。
単純に考えれば、「こいつこそが強制わいせつ罪の真犯人だろう」といえそうですが、実はそう単純でもない。
直接触った男に強制わいせつ罪が成立する(故意阻却が認められない)場合、書き込みを行った男には、強制わいせつ罪の教唆(唆した罪)が成立しそうです。
このとき、直接触った男が「正犯」で、書き込みをした男が「共犯」(教唆犯)です。
ところが、仮に、直接触った男の故意が阻却されるとなると、「故意のない他者を利用した犯行」ということになりますが、この場合、一般的には書き込みをした男を「正犯」と考えます。
これを「間接正犯」といいます。
(この場合に、正犯なき共犯を認める学説もあるのですが、それは華麗にスルー)
じゃあ、書きこんだ男が強制わいせつの正犯かー…となればいいのですが、必ずしもそうならない。
というのも、強制わいせつ罪の成立には、主観的要件として「わいせつの傾向」が必要な傾向犯だというのが判例です。
わいせつ傾向とは、要するに「自分の性欲を満たす意図」、もっとざっくりいえば「スケベ心」をもって犯行に及ばないと成立しないというのです。
例えば、全くエロい考えを持たずに、専ら相手を辱める意図で相手の裸を撮影したりしても、これは強制わいせつじゃない…というのが判例理論です。
この理屈には、学説はかなり否定的です(私も加害者の内心的傾向と法益侵害は無関係だと思います)が、最高裁はそう判断しました。
となると、「私を痴漢して」と書きこんだ男がどういう意図で書いたのかが重要になります。
もし、書き込みによって騙された第三者がその女性を痴漢するのを見て楽しもう…という意図なら、「わいせつの傾向あり」となるでしょう。
ところが、専らその女性に対する嫌がらせ目的だったとすれば、「わいせつの傾向がない」ため、強制わいせつ罪が成立しません。
この場合、「犯罪者なし」です(直接触った男には「故意」がなく、書きこんだ男には「わいせつの傾向」がない)。
書き込んだ男の罪を問う理論としては、
1.そもそも直接触った男の故意が阻却されず、教唆犯が成立する。
2.正犯に故意がない場合の共犯(教唆罪)の成立を認める。
3.強制わいせつ罪の構成要件として内心的傾向を不要とする。
私見では、直接触った男は故意が阻却され、他方、書きこんだ男には強制わいせつ罪の間接正犯を成立させるべき(内心的傾向を問題にしない)だと思うのですが、はてさて…。
では、今日は何かちょっとマニアック過ぎましたがこの辺で。
(追記)
結論的には、迷惑防止条例違反で逮捕されました。
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