2014年1月7日火曜日

毒物と毒薬

司法書士の岡川です。

最近、マルハニチロ子会社が製造する冷凍食品への農薬混入事件が世間を騒がせています。

何年か前に話題になった、中国産の毒餃子事件でも混入されたのも農薬で、そのとき混入されたのは、メタミドホスという有機リン系の農薬(殺虫剤)でした。
今回も同じく有機リン系の農薬ですが、マラチオンという物質が検出されたようです。

農薬は、一般的にも手に入り易い化学物質ですが、同時に人体にも有害な成分が含まれており、平たく言えば「毒」そのものです。
したがって、その取扱いには十分気を付けなければなりませんし、ましてや、故意に食品に混入させるなどもってのほかです。


ところで、日本において、「毒」はどのように規制されているのでしょうか。
実は、ここまで書くにもちょっと神経を使ったのですが、法律で規制される以上、「毒」の定義も厳密であり、何でもかんでも「毒性があれば毒物」というわけではありません。


「毒」とは、一般的には、毒性、つまり人体に有害な影響を及ぼす性質を有する物質の総称です。
ところが、日本の法律には、この「毒」そのものの定義は存在しません。
その代わり、「毒物」と「毒薬」について定義されています。

この「毒物」と「毒薬」は、一般的には同じような意味ですが、法律上は、両者は指定する根拠法が異なる全く別物です。

「毒物」とは、毒物及び劇物取締法に定義されており、同法の別表及びこれに基づく政令である「毒物及び劇物指定令」に掲げられた物質が法律上の「毒物」です。
逆にいえば、ここに掲載されていないものは、どんなに有毒でも、法律上は(同法による規制対象となる)「毒物」ではありません。

なお、「毒物」ほど毒性が高くないけど有毒な物質として同法で指定されるのが「劇物」です。
「毒物」と「劇物」も、あまり区別されずに使われることが多いですが、法律上は別物なのです。
さらにいえば、毒物の中でも特に毒性の高いものは、「特定毒物」とされ、さらに厳しく規制されています。

要するに、毒性の強さでいうと、「劇物<毒物<特定毒物」ということです。


他方、「毒薬」というのは、薬事法上の用語です。
医薬品のうち、毒性の高いものとして薬事法施行規則において「毒薬」と指定された医薬品が、薬事法において「毒薬」と定義されます。
同じように、同規則において「劇薬」として指定された医薬品が「劇薬」です。

毒物劇物取締法の定義上、毒物や劇物から医薬品が除かれており、他方、毒薬や劇物は医薬品であるため、両者は法律上全く別物ということになります。

ついでなのでもうひとつややこしいことをいうと、「流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法」でいうところの「毒物」は、上記の毒物劇物取締法における「毒物」と、薬事法における「毒薬」と、さらに、それらに類似する物質を含む広い意味での毒性物質のことを指しています。


とりあえず、流通食品毒物混入防止法のことは置いておいて、毒物劇物取締法と薬事法での指定がなければ、毒性のある物質であっても、「毒物」でも「毒薬」でもないということになります(もちろん、指定されなければ「劇物」でも「劇薬」でもありません)。
指定されるかどうかは、毒性の強さ(これは、致死量によって調べられます)が基準になりますので、ある一定以上の毒性がなければ、毒物でも毒薬でもないただの化学物質だということになります。
もちろん、ただの化学物質であっても、人体に悪影響を及ぼすものは、他の法律において色々と規制されていることは当然です。

実は、今回検出されたマラチオンも、毒餃子事件のメタミドホスも、毒物劇物取締法や薬事法上の「毒物」「毒薬」ではありません。


では、今回、故意に誰かがマラチオン等の薬品を冷凍食品に混入させたということであれば、流通食品毒物混入防止法が適用されるのでしょうか。
これは同法に定める「その毒性又は劇性が前二号に掲げる物の毒性又は劇性に類似するもの」に該当するのかで決まるのですが、「類似するもの」といっても、どの範囲が含まれるのか、その辺の解釈は、はっきりいってよくわかりません。
人体に同じように作用する物であればすべて含むということであれば「類似するもの」に該当しそうですが、さすがにそれは広すぎる。
他方で、毒性の程度も含めて類似性が判断されるのであれば、「類似するもの」には該当しなさそうです。

ちょっと規定が漠然としすぎているので、明確性の原則に反しそうな気もしますが…(明確性の原則は、罪刑法定主義の派生原理のひとつに数えられることもある重要な原則です)。


ちなみに、同法は、去年の「黒子のバスケ」作者に対する脅迫事件において、適用法令として挙げられています。
黒子のバスケ事件で検出されたのはニコチン(タバコに含まれるやつですね)だったのですが、ニコチンは毒物劇物取締法上の「毒物」に該当しますので、定義的にはクリアです(本当に混入させたかどうかが争点になります)。


なお、毒物混入の罪は、業務妨害罪なんかよりはるかに重罪です。
その行為によって引き起こされる被害の大きさを考えてのことです。

犯人はだいぶ絞られていそうなのですが、早く解決してもらいたいものです。

では、今日はこの辺で。


この記事が「面白い」「役に立つ」「いいね!」「このネタをパクってしまおう」と思ったら、クリックなどしていただけると励みになります。
↓↓↓↓↓

※ブログの右上に、他のランキングのボタンもあります。それぞれ1日1回クリックできます。

0 件のコメント:

コメントを投稿