2014年9月10日水曜日

「過料」の意味と執行方法

司法書士の岡川です。

(※最後に追記あり)

歩きタバコ自体はイラッとするものの、それを警察が取り締まっていないことについては特に気にしたことはなかったのですが、気になる方はいるみたいです。

歩きタバコは「犯罪」ではない?警察官が、路上喫煙を取り締まらない理由
しかしこれ、私も以前は勘違いしていたのですが、警察官が歩きタバコを捕まえたり、罰金を払わせることはできません。
(警察官によっては注意してくれますが、厳密には彼らの業務対象外)

確かに東京都内には地方自治体の条例によって、歩きタバコに罰金刑を設定しているところもあります。
しかしこれは「過料」という行政罰であり、刑事罰ではない=犯罪ではないのです。

うーん・・・。

この議員さんは、せっかく条例を調べられたみたいなので、それを発信するならもう少し正確に書いていただけるとよかったのですが、やはり刑事罰と行政罰の違いは理解されにくいようです・・・。


歩きタバコに罰金を支払わせることができない。これは正しい。
だから警察の取り締まりの対象外。これもまあ正しい。

しかし、「罰金刑を設定しているところもある」「それは『過料』という行政罰であり、刑事罰ではない」というのは、色々と矛盾しています。

「罰金刑」というのは、まさしく「刑事罰としての財産刑」のことを指します。
「金を徴収する罰」のことを総称して「罰金」というのではありません(参照→「ルール違反をした場合に支払うお金」)。

「過料」であるなら、それは刑事罰ではないし罰金刑でもないわけです。

過料は過料、罰金は罰金です。
ウチはウチ、ヨソはヨソなのです。


ここまでは言葉の問題なのですが、さらに問題は次の点。
刑事罰ではないので、実は強制力もそれほどなかったりします。

何をもって「強制力もそれほどない」というかは、人の受け止め方次第ではありますが、
ですが行政罰である「過料」の場合、公権力がこうした処罰を下してくれません。
じゃあ、ゴネて払わなかったらどうなるの??
非訟事件手続法の第121条によると、

>過料の裁判の執行は、民事執行法(昭和五十四年法律第四号)
>その他強制執行の手続に関する法令の規定に従ってする。

とのことで、まあ簡単に言いますと税金の滞納のように民事上の強制執行がされることになるようです。

実は、これは誤りです。
非訟事件手続法を調べられたのは惜しいんですけど、実は根拠条文が全く違うんです(参照→「過料についてもう少し詳しく」)。


過料にも2種類あって、国の機関が科すものと、地方自治体の長が科すものがあります。
前者については、確かに非訟事件手続法に則って検察官が民事執行法に則って執行します。

※追記:国の機関というのは、具体的には裁判所です。

しかし、条例によって地方自治体の長が科す過料については、非訟事件手続法ではなくて地方自治法が根拠条文になっていまして、

(地方自治法231条の3第3項)
普通地方公共団体の長は、分担金、加入金、過料又は法律で定める使用料その他の普通地方公共団体の歳入につき第一項の規定による督促を受けた者が同項の規定により指定された期限までにその納付すべき金額を納付しないときは、当該歳入並びに当該歳入に係る前項の手数料及び延滞金について、地方税の滞納処分の例により処分することができる。

とあり、「滞納処分の例による」のです。
これはつまり、民事執行の手続ではなく、税金滞納と同じ自力執行権が認められているという意味です。
要するに、税金と同じように、役所の徴税担当の職員によって差押えをくらうということですね。

どうやら「税金の滞納のように」という点は押さえておられるようなのですが、そもそも税金の滞納は「民事上の強制執行」ではないのです。
このへんは地方税法などをお読みくださいませませ。


危険ドラッグの規制に関する議論の最中のようですが、行政罰たる過料の迅速性(罰金と違って、裁判を経ることがない)というメリットも踏まえていただき、危険な薬物の撲滅に向けて最良の方法を見つけていただきたいですね。

では、今日はこの辺で。


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※追記
さっそく、前掲ブログ記事を書いた議員さんが訂正記事を出しておられます。

行政マンも間違える「行政罰」の違い…危険ドラッグは、警察官により取り締まられます

素早い対応ですね。

少し補足です。

上記議員ブログでは、「刑事罰」を限定的な意味で用いています。
すなわち、
刑事刑法上の刑罰・・・刑事罰
行政刑法上の刑罰・・・行政刑罰
というふうに定義するものです。

「刑事罰」をこの意味で使うことがあるらしいことは確認とれました(私の書棚にある古い行政法の入門書で、刑事罰と行政刑罰を対概念とするものがありました)が、当ブログでは「刑事罰」は、行政刑罰をも含む「刑罰」と同義として使っています(刑事法学上、これが一般的な用法だと思います)。

上記の分類は、行政法学独特の用法のようですが、手元の行政法の書籍にも行政刑罰が刑事罰として記されているところをみると、行政法学においてどこまで一般的な定義なのかは不明です。

刑事法学では、刑事刑法と行政刑法を区別することは一般的ですが、刑事罰と行政刑罰を対比させるのはあまり見かけません(ちなみに、私は刑事法系)。

この点、注意してお読みください。
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4 件のコメント:

  1. 上記のおときた議員のリンクから飛んできました。
    どちらも勉強になりました。というのは、これらが一般人の関心になるのは、具体的には禁煙関係だと思いますので、その範囲では議員さんの説明はほぼ正しいので
    (私も警察で確認しました)。しかし、今回検索したのは川崎市で新たに制定されたヘイトスピーチ条例のことでです。これを報じる各紙が「刑事罰」という表現を使っていたのに、行政の条例で刑事罰はおかしいのではと検索したわけですが、先生の説明によりますと、条例でも過料の他に、科料を定めることができ(行政刑罰?)、それは通常、刑罰と表現することもあるとあり、はじめて納得がいきました。
    (質問)
    としますと、この川崎市の条例による科料については、警察が介入し、逮捕、強制執行もありうると考えてよいでしょうか?
    (質問者の性質)私はとくにヘイトスピーチや政治団体には関係しませんが、法律を超えて、市程度の地方自治体の条例が厳罰を定めることは法治国家として逸脱しているのではないかと、ちょっと疑問に思う一般人です。
    (質問2)またこうした条例は制定されれば、日本の法体系でただちに有効とされるのでしょうか?

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    返信
    1. 条例によっても、刑罰(行政刑罰)を定めることができ、科料だけでなく罰金も条例で定めることがでます(ただし上限100万円)。

      川崎市ヘイトスピーチ禁止条例で定められている罰則は、科料ではなく「50万円以下の罰金」ですね。
      科料と罰金の違いは、その額です(1万円未満のものを科料といい、それ以上の金額のものを罰金といいます)。

      質問1
      理屈としてはそのとおりです。
      罰金刑が定められていますので、警察が介入し、逮捕も強制執行もあり得ます。

      質問2
      質問の趣旨がよくわかりませんが、条例も公布→施行という順序で有効となります。
      施行日は条例の附則に書かれるのが一般的で、当該条例は、一部の規定(罰則規定も含む)を除いて公布の日に施行されます。
      当該条例の罰則規定については、令和2年7月1日施行のようですね。

      もちろん、条例も法体系上、日本国憲法に違反することはできませんから、仮に当該条例について裁判で合憲性が争われ、その結果違憲という判決が出れば、そのときは事後的に(遡って)無効となります。

      削除
  2. 早速お答えいただき、ありがとうございました。
    大変よくわかりました。

    返信削除