2015年10月22日木曜日

賭博の話

司法書士の岡川です。

野球賭博の問題が連日報道されています。

読売巨人軍の現役選手が野球賭博をやっていたとかいないとか。

みなさんご存じのように、日本では、賭博は犯罪とされています。

刑法185条には、「賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。」と規定されています。

「賭博」は、「偶然の勝敗に関し、財物をもって博戯または賭事をすること」というふうに定義されます。

「偶然の勝敗」といっても、完全に結果がランダムに決まるものである必要はなく、当事者において不確実であれば足ります。
例えば、賭け麻雀のように、当事者の実力が勝敗に影響を与えるものであっても、不確実な要素があるところに財物を賭ければ賭博になります。

賭博が成立するには、当事者双方にとって偶然でなければならないので、一方当事者にとっては勝敗が分かっているようなもの(詐欺賭博)は、他方にとっては(賭博をしていたつもりであっても)その実体は詐欺被害にすぎないので、賭博罪は成立しないと考えられています。
騙していたほうに成立するのも、賭博罪ではなく詐欺罪です。


刑法上の区別はありませんが、「博戯」(ばくぎ)と「賭事」(とじ)は、区別することができます。
博戯というのは、賭麻雀や賭ゴルフのように、自分の行為によって勝敗を決めるものです。
これに対して賭事というのは、それ以外のもので勝敗を決めるものです。

なので、野球賭博というのは賭事ですね。

もうひとつ、「富くじ」というものもありまして、予め販売した番号札の中から偶然性のある方法で当選を決めて、利益を分配するものです。
宝くじとか競馬のようなものが「富くじ」にあたります。

富くじ販売も同じく犯罪とされています。


ところで、賭博や富くじが、何故違法(犯罪)とされているのでしょうか。

判例・通説では、「勤労の美風」の維持、つまり、勤労によって生計を維持するという健全な経済的生活の風習を堕落させないことと、あわせて、副次的な犯罪の誘発を抑止することが処罰根拠であるとされています。

もっとも、この説明はあまり説得的なものではありません。
堕落した生活で困るのはその人自身であり、「堕落しないよう制裁を加える」というのはどうなのか。

殺人罪や窃盗罪のように、他人の権利や利益を侵害する行為を処罰することで抑止するのが基本的な刑法の目的であるとすれば、「勤労の美風」などというものを維持するのが果たして刑法の役割なのか、という点には疑問が呈されているところです。

野球賭博をやっていた巨人の選手も、負けて損するのは自分自身なので誰にも迷惑をかけていない。
仮に勝って得したとしても、負けた人はやはり自業自得だから、勝った人のせいじゃないわけです。


窃盗とか強盗といった「副次的な犯罪の誘発を抑止する」というのも、それらを誘発するものはいくらでもありますから、賭博(だけ)を一律に禁止する理由としては弱い。


それに、他方で競馬や競輪、宝くじ等、公営のギャンブルが存在するわけで、これらは、明らかに「勤労の美風」の維持に反する者でありながら、法律で堂々と認められています。

法律で定めるだけで違法性が無くなるようなものであれば、いかなる処罰根拠も全く説得的でありません。

賭博を公の管理下において様々な弊害(犯罪の誘発とか暴力団の資金源になるとか)を防ぐという点に根拠を求める見解もありますが、いずれも、後付けになっている印象があります(現実に賭博罪が存在する以上、何らかの理由づけが必要なのです)。


個人的には、単純賭博などは「被害者なき犯罪」として合法化(非犯罪化)し、営利的な賭博場開張や富くじ販売に制限を加えておく(例えば許可制にして、過剰に射幸心を煽ったり、暴力団の資金源になることを防止する等)、という形が望ましいと考えていますが、社会がそれを許さないでしょうね。


なお、賭博も「一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるとき」であれば、合法です。

「一時の娯楽に供する物」とは、漠然としていますが……そう、ミカンとかですね!
賭麻雀をしたければ、ミカンを賭けましょう。

もっとも、ミカンなら大丈夫とはいえ、調子に乗って箱単位で賭けたりしたらどうなるか。
その場で消費しきれない物になるので、たぶんアウトですね。
試したことないのでわかりません。

では、今日はこの辺で。

2015年10月14日水曜日

辺野古埋立てを承認したり取り消したり審査請求したり

司法書士の岡川です。

辺野古の埋立て承認を取り消したとか、国が不服申立てをしたとか、執行停止を申し立てただとか、沖縄方面がややこしいことになっています。

米軍基地の問題はひとまず置いておいて、行政手続の点で、法律的に何がどうなっているのか簡単におさらいしましょう。


普天間基地を辺野古へ移設するという話があることは、皆さんご存知ですね。

もう少し細かくいえば辺野古周辺の海を埋め立てて、そこに米軍基地を作るということになります。

埋立てについては、「公有水面埋立法」という大正時代にできた法律がありまして、国が海を埋め立てるには、この法律に基づき、都道府県知事の承認を得なければならないと規定されています。

そこで、国(防衛省の地方支分部局である沖縄防衛局)が沖縄県知事に対して埋立ての承認申請を行い、2013年に仲井眞前沖縄県知事がこれを承認しました。


法律上必要な承認が得られたということで、埋立てに向かって進むことになったわけですが、ここで沖縄県知事が交代します。
現沖縄県知事は、埋立てに反対の立場です。

もちろん、反対だからといって、既になされた行政行為を何でもかんでも簡単にホイホイ覆すことはできません。
そうはいっても、違法であったり不当な行政行為(瑕疵ある行政行為)を、「やってしったもんは仕方ない」といってズルズル維持することもよろしくない。
そこで、行政庁は、一定の範囲で、瑕疵ある行政行為を自ら取り消すことができます(細かい要件論はとりあえずスルーで)。


というわけで、(現)沖縄県知事の翁長さんは、(前)沖縄県知事が行った埋立て承認について、「承認の要件を満たしていない違法なものであった」として、「沖縄県知事として沖縄県知事が行った承認を取り消す」という処分をしました。


そうすると今度は、一度は承認してもらっていた国側がたまったもんじゃないですね。
今回の当事者は、防衛省(沖縄防衛局)という国の機関ですが、例えば個人や会社が知事から何らかの許可をもらっていて、知事が交代した途端、一方的に「前知事が出した許可を取り消す」と言われたら、反論もしたくなります。

そこで、国とか知事とかの処分に対して不服がある場合に、それを覆すよう申し立てる方法が「行政不服審査法」という法律に用意されています(不服申立ての方法は、他の法律にも規定されているものもあります)。

それが「審査請求」という方法です。

審査請求が認められると、元の処分が取り消されます。
今回でいえば、埋立て承認について「『取り消す』という処分を取り消す」ことを求めて審査請求をすることになります。


なにやら一部のメディア(朝日新聞等)では「不服審査請求」と書かれていますが、正しくは「審査請求」です。
「行政不服審査法」に基づく「審査請求」です。
ごっちゃにしてはダメです。


それはさておき。

審査請求というのは一般的には上級庁にするものなんですが、今回の沖縄県知事の処分に対しては、国土交通大臣に対して行うことになります。
何でそうなるのかというと、行政不服審査法のほか、地方自治法2条、同法255条の2、同法別表第一、公有水面埋立法2条、同法42条、あたりを併せ読むとそうなるんじゃないかな。


というわけで、今回は、沖縄防衛局(長)が、国土交通大臣に対して、審査請求をするようです。
審査請求人は、沖縄防衛局(長)ではなく防衛省(防衛大臣)となっている報道もありますが、このへんの事情はよくわかりません。

防衛大臣(の部下)が、同じ内閣の仲間である国土交通大臣に訴え出るわけですから、沖縄知事が不利というのが下馬評です。

国土交通大臣が「沖縄県知事の『承認を取り消す』という処分は違法だ」と判断すれば、「承認を取り消す」という処分が取り消されるということになります。
結論的には、「承認されたまま」ということになるわけですね。
そうすれば、承認された以上は工事を進めることができるようになります。


ところで、執行停止の申立てというのは何かといいますと、「承認を取り消したのを取り消す」という判断(国土交通大臣の裁決)が出るまでは時間がかかります。
そして、この裁決が出るまでは、「承認を取り消した」という状態ですから、工事を進めることはできません


そこで、「承認を取り消す」という処分を一時的にストップするための申立てが執行停止の申立てです。
「承認を取り消す」がストップされるということは、「承認を取り消していない」状態に戻りますから、工事を進めてよいことになります。


やっぱり、どう説明してもややこしいですね。

では、今日はこの辺で。

2015年10月9日金曜日

官吏と公吏

司法書士の岡川です。

前回書かなかった、ちょっとマニアックなお話。

公務員」という言葉は、明治40年に成立した現行刑法で初めて登場したようです。

しかし当然ながら、それより前から日本にも近代的な法律が存在したわけです。
そこではどういう規定になっていたか、例えば、現行刑法以前に施行されていた旧刑法では、公務員に関する犯罪はどうなっていたか、というのが気になるところです。
みなさん気になりますよね。
気になったということにしましょう。


というわけで、旧刑法を紐解いてみると、旧刑法139条は今でいうところの公務執行妨害罪なわけですが、ここに「官吏」という単語が出てきます。
「官吏」というのは、古めかしい言葉ですが、「官」は国のことで「吏」は役人のことですから、これが今の国家公務員ですね。

実はこの「官吏」という単語は、現行法でも残っています。
主に制定年の古い法律に出てきます。

例えば、日本国憲法にも「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること」が内閣の事務として規定されています。


他方で、さらにあまり見かけない単語ですが、「公吏」という言葉もあります。
「公」は、国や地方公共団体など、「おおやけ」のすべてを指すこともありますが、そこから国を抜いたものを指すこともあります。
ということは、公吏とは、今でいう地方公務員のことですね。

こちらも、古い法律を中心に、現行法に残っていまして、刑事訴訟法230条には、「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない」というふうに、公務員の告発義務を規定しています。

「官吏又は公吏」で、公務員全体ということになりますね。



ところが、旧刑法では、「官吏」は出てきますが「公吏」は出てきません。
規定上「官吏」となっているからには、地方公務員には、刑罰規定が及ばないことになります(罪刑法定主義)。


もっとも、昔の地方公務員はフリーダムだったのかというとそんなわけはなくて、明治23年に「公署、公吏並公署ノ印、文書及免状鑑札ニ関スル件」という法律が制定されました。

一文のみの短い法律なのですが、ここに「官吏ニ關スル條項ハ公吏ニ適用」すると規定されています。
(他には、官署に関する規定は公署にも規定するということが規定されています)

つまり、明治23年以降は、旧刑法に「官吏」とある犯罪については、公務員全体に適用されたということです。


明治15年から23年まではどうだったんでしょうかね?


最近の法律では、「公務員」というが使われるようになっていますので、そのうち官吏とか公吏といった単語は条文から消えていくことになると思います。
ただ、日本国憲法の「官吏」が消えるには憲法改正が必要ですから、ずっと残るかもしれませんね。


では、今日はこの辺で。