2017年2月9日木曜日

養子縁組が無効になる場合

司法書士の岡川です。

少し前の話ですが、節税目的の養子縁組の有効性が争われた裁判の最高裁判決が出ました。

相続税を節税するために養子縁組をするというのは、よくある話どころか、かなり一般的な養子縁組の動機です。

ただ、養子縁組をするということは相続人が増えるということであり(そのために一定の節税効果が認められる)、他の相続人からすれば自身の相続分が減ることを意味します。
本件でも、他の相続人から「養子縁組は単なる節税目的だったから縁組の意思はなく無効だ」という訴訟が提起されたわけです。

第一審の東京家裁では、請求棄却、すなわち養子縁組は有効だと判断されたわけですが、第二審の東京高裁では養子縁組は無効という判決が出ました。

高裁判決に対しては、節税目的の養子縁組が無効なら、誰が養子縁組なんかするん?といったことも言われていましたが(いや、もちろん実際には色んな動機で養子縁組はあり得るんですけど)、最高裁はさらにこれをひっくり返して、高裁判決を破棄しました。


前提知識として、民法802条には、次のように縁組の無効事由が規定されています。
第802条 縁組は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
1 人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき。
2 当事者が縁組の届出をしないとき。ただし、その届出が第799条において準用する第739条第2項に定める方式を欠くだけであるときは、縁組は、そのためにその効力を妨げられない。

このうち2号の「届出をしないとき」というのは、養子縁組は婚姻と同じで届出をして成立するわけで、届出しなければ有効も無効もない(なので、2号はむしろ但し書きのほうが重要)。
というわけで、実質的に縁組が無効となるのは、届出はされているけども「当事者間に縁組をする意思がないとき」ということになります。

よく問題になるのは、認知症になっている高齢者と養子縁組して相続権を取得したような場合で、他の相続人等から訴えられて「縁組をする意思がなかった」として無効になる事例があります。
重度の認知症などで判断能力がないのに、勝手にハンコを押して縁組届出を出したような場合、いかなる意味でも縁組意思なんかないでしょうから、これが無効になるというのはわかりやすいですね。


ただ、この「縁組をする意思」とは何なのかという点について、どこまでの「意思」が必要なのかというのは解釈の分かれるところです。

形式的に「届出をする意思」と考え、届出をするつもりがなかったのに勝手に届出がされた場合が無効だという見解(形式的意思説)もあるのですが、判例・通説はもう少し実質的に解釈しており、当事者が単に縁組届を提出することに同意しているというだけでは足りず、実質的に養親子関係になる意思がなければ、その縁組は無効だということになります(実質的意思説)。

この見解では、例えば「社会通念に照らして養親子関係という真の身分関係を形成する意思」のように表現されることがあります。
そうはいっても「真の身分関係を形成する意思」って何なのか、ってところがまた抽象的でよくわからない。
過去の判例では「精神的つながり」なるものに言及するものも見られますが、これも「精神的つながり」って何なんだって話です。

実際の判断としては、「何らかの方便として養子縁組の形式を利用したに過ぎない場合」に縁組意思がないものとして無効とされた判決(名古屋高判平成22年4月15日)があります。
ここでは、「少なくとも親子としての精神的なつながりを形成し、そこから本来生じる法律的または社会的な効果の全部または一部を目的とするものであることが必要である」とされています。

この裁判例は、相続人を排除する目的(養親には子がおらず推定相続人は兄であったが、兄に相続させたくない)で養子縁組をしたという事例です。
「被控訴人への相続を阻止するための方便として、控訴人との養子縁組という形式を利用したにすぎない」と判断されたわけです。
ところが、同じく他の相続人の相続分を排するという動機で行われた養子縁組について、相続分を排するという意思とともに真実養親子関係を生じさせる意思も認められるとして、縁組が有効とされた判例もあります(最判昭和38年12月20日)。


つまり、一般論として「何らかの目的の方便として行われた養子縁組は(縁組をする意思がないので)無効」という一応の枠組みはあるものの、同時に「何らかの目的」と「縁組をする意思」は併存しうるというのが判例の考えなわけです。


その流れの中で今回の最高裁判決(最判平成29年1月31日)は次のように判示しました。

相続税の節税のために養子縁組をすることは,このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず,相続税の節税の動機と縁組をする意思とは,併存し得るものである。したがって,専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。


今回の最高裁判決は、「節税の動機」が「縁組をする意思」を排除するものではない(併存し得る)ことを示したわけですが、それ以上のことは述べていません。
「節税の動機で縁組をする場合、縁組をする意思が認められる」という判断をしたわけじゃないことは注意ですね。

「直ちに」無効とはいえないということなので、純粋に節税目的で、ほぼ何の交流もない人と養子縁組したら、場合によっては縁組が無効になる可能性がないともいえない。
逆に言うと、縁組意思が否定されるのって、それくらい極端な場合に限られるのでしょうかね。


では、今日はこの辺で。

0 件のコメント:

コメントを投稿