2013年11月27日水曜日

猪瀬氏のアレは法的にどうなのか

司法書士の岡川です。

徳洲会による、公職選挙法違反事件に絡んで、猪瀬知事が、徳洲会から5000万円を受け取っていたことから、政治資金規正法違反や贈収賄の疑惑が出ています。
そこで、その金は選挙資金として受け取ったものではないということを示すために「借用証」という表題の書面を記者会見で提示し、「5000万円は借りた金だった。そして、もう返した」と主張しました。

そしてその「借用証」と称するソレが、実に、こう、何といいますか、世の中を舐めきった感じの粗末なものでありまして、マスコミやネット上で総ツッコミをくらっている状況で、ネット上では早くもコラ画像祭りが大盛況であります。
文面を再現すると、こんな感じ。

           借用証

徳田毅殿
              平成24年11月20日

        金 5000万円 也

               港区(以下略)
                 猪瀬直樹

…いやぁ、画像見ただけで手打ちで全文再現できる書類って、引用が楽で助かります。

さて、政治資金規正法違反の件はひとまず置いておいて、猪瀬知事が作った「借用証」と称するアレに法的な問題はないのか、ネット上でもいろいろ書かれていますので、検証してみましょう。

1.私文書偽造罪じゃないか?

仮に、「借用証」と称するアレが、記者会見の前に慌てて作ったものだったとしましょう。
ありもしない「借入れ」があったという内容の書面を作ったのだとすれば、虚偽の書面ですよね。

ただし、仮にそうだとしても、私文書偽造には当たりません。

文書偽造罪というのは、「自分に作成権限がない文書を作成する」という犯罪です。
言い換えれば、「他人の名前を使って、他人名義の文書を作る」ということです。
これを、「有形偽造」といいます。

作成した文書が公文書なら公文書偽造罪(刑法155条)、私文書なら私文書偽造罪(刑法159条)になります。

他方、「作成権限がある人が、内容虚偽の文書を作成する」場合を「無形偽造」というのですが、公文書に関しては虚偽公文書作成罪(刑法156条)という罪が成立することになります。
しかし、内容虚偽の私文書を作成すること自体は、刑法上犯罪とされていません。
「虚偽私文書作成罪」という犯罪類型は、刑法のどこを見ても書いていないのです。
例外的に、私文書でも虚偽の内容を書くと犯罪になるのが診断書で、虚偽の診断書の作成は、虚偽診断書作成罪(刑法160条)になります。

そうすると、「借用証」と称するアレは、「猪瀬直樹」名義の私文書ですから、文書偽造には該当しないということです。
もし、徳田毅氏の署名まで(猪瀬氏が)書いたりしていれば、それは私文書偽造ということになります。

2.猪瀬氏の印鑑がないから無効じゃないの?

文書に印鑑がなくても、法的には何ら問題なく有効に成立します。
ただ、一般的には、印鑑のない文書は、証拠としての価値が下がるので、重要な文書にはふつう印鑑が押されているものです。

なお、一部誤解があるようですが、「印鑑がないから有印私文書偽造には当たらない」というわけではありません。
有印私文書偽造罪の「有印」とは、署名がある場合も含み、なんなら、自署でなくパソコンによる記名であっても構いません。

3.徳田毅氏の署名押印がないから無効じゃないの?

「借用証」と称するアレは、借りた側から貸した側へ一方的に差し入れる形式の書面です。
金銭の貸し借りにおいて、証拠として残しておきたいのは、主に「貸した金返せ」という貸した側です。
したがって、借りた側が署名した文書を残しておけば、貸した側は「ほれ、お前が『借りました』って書いた文書があるやないか!」と言えるのです。

まあ、5000万もの貸し借りを、ぺらっと借用証1枚で済ませるなんて、普通あり得ないですけどね。
普通は、支払期限や支払方法、利息の有無、利率、担保の有無等を記し、双方が署名押印する「金銭消費貸借契約書」を作って、双方が保管するものです。
それに、仮にゼロがひとつ少ない借金であっても、不動産に抵当権を設定したり、連帯保証人を付けたりしないと、貸してくれないものです。

普通はそうですけど、そうじゃないといけないというわけでもないので、法的には問題ありません。
どんな契約をどんな方式で締結しても(仮に書面で残さなくても)契約は成立するのが民法の原則なのです(契約自由の原則。参照→私法の三大原則)。

4.収入印紙が貼ってないから無効じゃないの?

契約書の類には、収入印紙を貼らなければいけません。
借用書も同様です。
ただ、それは、印紙税という税金を納める義務があるという意味であって、収入印紙が貼られていないからといって契約が成立しないとか、文書が無効になるという意味ではありません。

もっとも、収入印紙が貼られていないことは問題でして、5000万円の借入なら、2万円の印紙を貼らなければいけません。
貼られていないアレがもし原本だというのなら、印紙税法違反ですね。
まあ大した制裁は無いのですが。


とまあ、こういうふうに、「借用証」という表題の怪しげなアレについては、印紙税が払われていないという点を除けば、文書としては何ら問題はないということです。
ただし、その文書によって猪瀬氏が主張している内容について誰がどこまで納得するかというのは、全く別問題でして、私には猪瀬氏が自らの傷口を全力でぐりぐりと広げているようにしか見えないわけであります。

仮に、この一連の事件において、猪瀬氏の関与が法的に何の問題もなかったとしても、知事としての危機管理能力の低さが露呈した結果になったんじゃないでしょうか。

では、今日はこの辺で。

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