2019年11月7日木曜日

債権法改正について(36)(危険負担)

司法書士の岡川です。

債権法改正では、危険負担のルールについても大きく変わります。

そもそも「危険負担」とは何かというと、双務契約(ざっくりいうと当事者双方が義務を負っている契約)上の債務の履行ができなくなった場合に、どちらがその不利益を甘受するかという問題です。
より具体的にいうと、履行できなくなった債務と対価関係にある他方の債務(反対給付)は消滅するかどうかです。

ただ、債務者の過失で履行できなくなったのであれば、債務不履行の問題として処理すればよいので、危険負担の問題は、債務者に過失がないような場合です。


例えば、車の売買契約が成立した後、引渡し前に車に隕石が直撃して木っ端微塵にになった経験がある人もいると思います。私はないですけど。

この場合、車の引渡債務を負う売主(債務者)が危険を負担するということであれば、売主の代金債権(=買主の代金支払債務)が消滅するということを意味し、代金をもらうことはできません。
売主としては、車は消滅するし代金はもらえないし、で丸損です。

逆に、買主(債権者)が危険を負担するということであれば、引渡債務が履行できなくなっても、代金債権(=買主の代金支払債務)は消滅しないということを意味し、車を渡さなくても代金をもらうことができるということになります。
先ほどと違い、今度は買主が、車はもらえないし代金は支払うし、で丸損です。


もっといえば、債務不履行の問題になる場合(債務者に帰責性がある場合)以外であれば危険負担の問題が生じるので、債権者側に責任がある場合も問題になります。
例えば、車に直撃したのが隕石ではなく、実は買主(債権者)がマンションの上から投げ落とした岩だったような場合ですね。
この場合も、車を引き渡すことはできませんので、それでも代金はもらえるのか、もらえないのか。


さて、この危険負担のルール(どっちが危険を負担するか)は、民法にあります。

現行民法では、債務者負担が原則とされており、基本的には、債務が履行できなくなった場合、たとえ自分に責任がなかったとしても反対給付を受けることはできません(債務者主義)。

しかし、その例外として、

1.特定物に関する物権の設定又は移転の場合
2.停止条件付双務契約の目的物が条件の成否が未定である間に滅失した場合
3.債権者に帰責性がある場合

の3パターンについては、債権者負担とされています(債権者主義)。

先ほどの例でいうと、車が特定物(※簡単にいうと、売買の対象が「この車」と具体的に特定されている場合です)だとすれば、隕石が直撃しようがマンションの上から投げ落とした岩が直撃しようが、いずれにせよ債権者負担であり、買主は代金を支払わなければなりません。


買主としては、マンションの上から岩を投げ落とした場合はさておき、「何で隕石が直撃した場合まで代金支払わなあかんねん。引き渡すまでは責任もてよ」っていう批判が大きいルールとなっています。
なので、実際の取引では、物を引き渡す時まで債務者負担とする特約がついていることが少なくありませんし、感覚的にもそのほうが納得しやすいですね。


というわけでここからが改正法の話で、上記の債権者主義の規定の1と2が条文ごとバッサリ削られました。
さすがに3は債権者負担で誰も文句は言わないでしょうから、これは残っています。

もちろん、いつまでも債務者負担になるわけでなく、現在の取引でも一般的に行われているように、目的物の引渡し(あるいはその提供)があったときまでが債務者負担で、それ以後は債権者負担となることが条文化されました(567条)。
これが原則となったので、わざわざ特約にする必要もありません。


なお、危険負担の効果として、現行法では、「反対給付を受ける権利の消滅」ということになっていますが、改正法では、当然に権利が消滅するわけではなく、相手方が「履行を拒むことができる」だけになりました。
もっとも、契約解除の要件が改正されて、履行が不能であれば債務者の帰責性を問わず契約を解除することができるようになるので、債権者が契約を解除すれば、これによって反対給付を受ける権利も消滅することになります。


というわけで、今日の結論としては、債務者は自分の債務を完全に履行するまでは、自分に過失のない色んなリスク(隕石とか)にも備えておきましょうということです。


では、今日はこの辺で。

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