2019年12月16日月曜日

債権法改正について(37)(定型約款)

司法書士の岡川です。

今日は、今回の債権法改正の目玉のひとつでもある「定型約款」の話。

これは、完全に改正法で新設される概念です。
とはいえ、実生活では今でも普通に存在するものですね。

約款というのは、不特定多数を相手とする取引において、定型的な内容について予め定められている契約条項(の総体)をいいます。

例えば、銀行で預金するのも一種の契約ですけど、銀行で口座を作るときに、いちいち銀行の担当者と交渉して契約の内容を決めていき、合意に達した段階で個別に契約書を作成し…なんてことはしませんね。
予め銀行が用意している銀行取引約款(名称は様々)に基づいて取引が行われるだけです。
口座開設するときには皆さん受け取っているはずですが、小さい冊子に細かい文字でびっしりと書かれたアレが約款です。
あんなもん、誰も読みません。
あれが約款です。

ところで、契約というのは、当事者の合意(意思の合致)によって成立するものですから、約款を読んだこともない人との間で契約が成立するのか?という根本的な疑問が生じるかもしれません。
内容を知らずに合意なんかできませんからね。

ただ、予め約款が用意されている取引をするにあたっては、「約款に従って取引をする」という合意はなされているはずなので、この合意をもって契約が成立したと観念できます。
つまり、一方当事者(主として事業者)が約款を用意し、他方当事者(主として消費者)は、「その約款にしたがって取引をする」か「取引をしない」かを選択することになり、取引をする方を選択すれば、自動的に約款に書かれていることが契約の内容となるわけです(こういう契約を附合契約といいます)。

とはいえ、基本的に約款とか熟読しないものだし、個別の条項について交渉の余地がないわけで、何でもかんでもそれで契約が成立してしまうとすれば、危険極まりない。

そこで、約款について、どのような場合に、どの範囲で契約が成立したといえるのか(逆にいえば、どういう条項は無効となるのか)、というルールが必要となるわけですが、現行民法には約款に関する規定はありません。

今までは、実務と判例の蓄積で、おおよそのルールが確立されていたわけですが、今回、債権法改正によって約款に関する細かいルールが条文化されました。
ただし、あらゆる約款についてのルールではなく、改正民法における「定型約款」の定義(548条の2)に当てはまる約款だけを対象としています。

たとえば、約款の条項について、個別の取引において修正する余地がある(常に修正しないで使用することが合理的だとはいえない)ような場合、定型約款には該当しません。
定型約款に該当しない場合(あるいは、該当しても新法の射程が及ばない場面では)、なお従来の判例法理が適用されることになります。


その定型約款に関する基本的なルールは次のとおりです。

第548条の2 定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。
2 前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。


1項は、定型約款の定義と、これが契約の内容となる場合のルール。
明確に「この約款で契約します」と合意する場合が1号、そうでなくても、約款を作った側が「この約款で契約します」と相手に表示していた場合が2号で、いずれも約款が契約内容となります。

で、2項については、信義則(1条2項)に反して一方的に相手方の利益を害するような条項(例えば、約款作成者の免責条項などが該当する可能性があります)は、合意をしなかったとみなされる(つまり、その条項が無効になるのではなく、そもそも契約の内容として成立していないことになる)というルールです。
不当条項を無効とする消費者契約法10条とは効果が異なりますね。


また、定型約款が契約の内容に取り込まれるためには、相手方がその内容を認識しているか、少なくとも認識可能でなければなりません。
そのため、定型約款準備者には、内容開示義務があり、開示義務に違反すると548条の2の規定の適用が排除され、合意が擬制されません(548条の3)。


定型約款の内容で合意した後、継続的な取引が行われている途中で、事後的に契約内容を変更する必要性が出てくる場面は少なくありません。
画一的な取引のための約款ですから、変更には常に個別対応しなければならないとすれば不便です。

とはいえ、勝手にその内容が変更されても困ります。
そこで、変更ルールも明記されました(548条の4)。

一方的に定型約款を変更できるのは、次のいずれかに該当する場合です。

一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。

特に2号の場合、定款変更の効力発生時期が到来するまでに、その内容を周知しなければ効力を生じません(1号の場合も周知はしなければならないが、効力発生時期より後でもよい)。


定型約款の規定が明記されたことで、これまでの判例法理との関係や、新たな解釈上の疑義等が問題になってくると思いますが、すくなくとも部分的には約款の取り扱いが明確になりました。
消費者問題が生じたときに、この条項がどこまで効果を発揮するか、今後の運用に注目です。

では、今日はこの辺で。

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