司法書士の岡川です。
「不動産登記の名義」といえば、皆さん登記簿より「権利書」を思い浮かべるのではないでしょうか。
ドラマとか映画とか(あるいは漫画とか)で、悪い人に権利書を奪われて、土地が他人の物になってしまう…というのは、よくあるエピソードですね。
こういう描写がよくあるせいか、「土地の所有者=権利書を持っている人」というふうに考えている方もいるのではないでしょうか。
しかし、法律家の目から見ると、あの「権利書さえ手に入れればこっちのもんだ(ニヤリ)」「権利書を返せー!」といった一連のやり取りは、単なる茶番です。
皆さんがイメージする、昔ながらの「権利書」は、正式には「登記済証」といって、登記が完了したときに発行される証書です。
もし手元にあれば、最後のページを見ていただければ、「登記済」という法務局の印が押してあるはずです。
この権利書ですが、非常に重要な書類であることは間違いないのですが、株券などの有価証券と違って、「持っている人が権利者」というような類の証書ではありません。
権利書というのは、基本的に「次の登記(例えば、権利者が土地を売って名義を書き換える等)をするときに必要な書類」です。
登記名義を新しい所有者に移す場合、「その権利書を渡す」のではなく、「その権利書を使って登記手続きをする」ことになります。
そして、登記手続きが終われば、新しい名義人には、登記所から新しい権利書が発行され、売主が持っていた権利書は、売主の手元に戻ってきます。
戻ってきた古い権利書は、登記手続きが正常に終わっていれば、ただの紙切れであり、俗に「空(から)の権利書」というふうにいわれます。
空になった権利書は、廃品回収に出そうが、記念にとっておこうが、鍋敷きに使おうが自由です。
そういう書類なので、もし「土地を売買しても、登記はしない」という人(いないでしょうけど)にとっては、必要のない書類です。
このように、権利書は、土地の権利とともに所持者が転々とするものではありません。
つまり、たとえ権利書を奪われたり、権利書を売られたり、権利書を質にとられたりして、権利書の所持者が変わったとしても、それだけで不動産の権利そのものが一緒に移転することはありません(民法176条参照)。
権利書が重要書類であり、軽々に他人に渡してはならない理由は、「他人の手に渡ったら、土地も他人の物になる」からではなくて、「他人の手に渡ったら、勝手に他人名義に登記をされる危険が高くなる」からなのです。
そういうわけなので、他人の権利書を悪用して所有権移転登記をしたとしても、法的には「無効な登記」ということになるので、権利書を奪われたからといって即絶望する必要はありません。
もっとも、無効だということを主張するには、裁判で争ったりすることになるので、それはそれで非常に大変な思いをすることにはなるでしょう。
あるいは、権利書を誤って燃やしてしまったような場合は、勝手に登記をされる危険もないですし、権利書が燃えただけで所有権が消滅することもありません。
この場合、土地を売って買主に名義書換(登記)をしようと思えば、権利書が無いと非常に困りますが、権利書はあくまでも「本人確認のための(最も重要な)証拠のひとつ」という位置づけになので、権利書がなくても登記をする方法は存在します。
もっとも、その場合は費用とか手間が余計にかかりますけどね(詳しい方法は、お近くの司法書士へ)。
これらのことは、逆にいえば、権利書を持っているからといって「その土地はその人の物」とは限らないわけです。
例えば、父親が死んだときに、タンスの中から父親名義の土地の権利書が見つかったとします。
あなたが父親の相続人だとして、「遺産の中に広大な土地の権利書があった!これを売れば大金持ち!」と喜ぶのは少し早い。
その権利書はもしかしたら「空」の権利書で、既に登記名義は他人の物になっているかもしれないからです。
その土地の名義が現在誰になっているかは、権利書の有無では判断できないので、必ず登記簿謄本(登記事項証明書)を調べる必要があります(→参照「登記簿には何が載っているか?」)。
ところで、ここまでは、昔ながらの権利書、すなわち登記済証の話をしてきましたが、実は、不動産登記法が改正されたため、現在では登記済証は基本的に発行されないことになっています。
既に発行された登記済証が残っている(これはまだ有効です)ため、まだまだ目にする機会はありますけども、今から新たに登記をする場合、新しい権利者は登記済証をもらえません。
その代わり、「登記識別情報」というものが発行されます。
長くなったので、この話は次回です。
では、今日はこの辺で。
登記の基礎知識シリーズ
・登記とは何か
・登記はどこでするのか
・登記簿には何が載っているか?
・公示の原則
・公信の原則
・権利書の話 ← いまここ
・登記識別情報の話
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