2014年4月24日木曜日

認知症患者の家族の損害賠償責任

司法書士の岡川です

認知症の症状のひとつとして、徘徊があります。
夜中や、家族等が目を離した隙に、家を出てどこかへ行ってしまうのです。

そんな病気が元で起こった事件の裁判が昨年大きな話題になりました。

事案の概要はこうです。
2007年、認知症により徘徊していた91歳の男性がJRの電車にはねられました。
同居していた妻がうたた寝をしていた数分の間に、家を出てしまったのです。

人身事故が起こると、ダイヤの乱れや振替輸送のため、鉄道会社には多大な損害が発生します。
JR東海は、その損害の賠償を求め、男性の妻等の遺族に対して不法行為に基づく損害賠償請求をしたのです。
遺族からしてみれば、家族が死んだ上に、損害賠償請求をされるという、正に泣きっ面に蜂の状態ですが、昨年その第一審判決が名古屋地裁であり、妻と長男に対する720万円の損害賠償を命じました。

これに対する控訴審判決が今回出たようです。

認知症で徘徊し線路で事故、遺族の賠償減額 名古屋高裁

徘徊(はいかい)中に列車にはねられ死亡した愛知県大府市の男性(当時91)の遺族に、JR東海が損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が24日、名古屋高裁であった。長門栄吉裁判長は、介護に携わった妻と長男に約720万円の支払いを命じた一審・名古屋地裁の判決を変更し、359万円に減額して妻に支払いを命じたうえ、長男は見守る義務はなかったとして請求を棄却した。

結論からいうと、妻の損害賠償額が359万円に減額され、長男の損害賠償義務が否定されたということです。

長男の責任が否定されたのは良かったですが、依然として妻の責任が認められたのは、非常に酷なことであります。


そもそもなぜ遺族が責任を負うのでしょうか。

これには、民法の規定があります。

重度の認知症患者は、責任能力が否定されます。
民事上の責任能力とは、「自己の行為の責任を弁識するに足りる能力」(民法712条)で、この責任能力が無い者(責任無能力者)は、不法行為に基づく損害賠償責任を負いません。

そのままだと、被害者は「やられ損」になってしまうため、本人が賠償責任を負わない代わりに、民法714条には、「責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と規定されています。

もっとも、ただし書きで「ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」とありますので、「義務を怠らなかったこと」を証明することで、責任を免れることができます。


未成年者の親は、監護権という監督義務が民法820条に規定されているので、未成年者の法定の監督義務者になります。
他方、「認知症患者の妻」が当然に監督義務者になるという規定は存在しませんが、判例によれば、事実上の保護者も、法定の監督義務者に「準ずる者」として責任を負う場合があるとされています。

【追記】さらに、妻自身に、認知症患者の他害行為を防止する法的な義務が認められた場合、それを怠ったこと自体が不法行為(709条)を構成することもあります。

詳しくは判決文を読まなければわかりませんが、本件では、妻にはその責任が認められ、かつ「義務を怠らなかったとはいえない」と認定されたいずれかの義務違反が認められたことになります(※訂正。下記補足参照)。

【追記2】 地裁判決では、妻は709条に基づく責任、長男は714条に基づく責任が認められましたが、高裁判決では、妻は714条に基づく責任が認められ、長男はいずれの責任も否定されました。


しかし、仮に監督義務があるとしても、認知症患者を24時間監視しなければならないような義務を認知症患者の家族に負わしてよいものか、非常に疑問です。
認知症患者の家族というのは、数分のうたた寝すら認められないのでしょうか。

確かに、ヘルパーを頼んでおけば事故は防げたかもしれませんが、ヘルパーを頼むのもそう簡単ではありませんし、ヘルパーを頼んだところで、24時間を離さないなんてことはできません。
鎖でつないだり、外から鍵のかかった部屋に隔離するわけにもいきません。

あとから「こうすることもできた」というのは、色々指摘することはできるでしょうが、言うは易し・・・です。

本件では、男性に資産があったという事情も考慮されているようで、色んな対策をとる余裕はあったのかもしれません。
その辺の事情はよくわかりませんが、何にせよ、介護現場にいる人間にとっては、なかなか厳しい判決ですね。


この男性の妻が、本件のような事故も補償対象になっている賠償責任保険に加入していればよいのですが・・・。
(賠償責任保険については、自動車保険の記事参照→「加害者側の保険」)

では、今日はこの辺で。

(※補足)
判決の法律構成を勘違いしていたので訂正です。
まだ高裁の判決文を読んでいませんが、地裁判決を読み直してみると、長男に対しては本文で述べた監督義務者(に準じる者)の義務違反を認定し、714条によって賠償責任を認めていますが、他方で、妻に関しては、二人きりのときに目を離したことが注意義務違反(過失)として、709条に基づき、「妻自身の不法行為」が認定されています。
高裁でどういう認定がされたかはまだわかりませんが、 取り急ぎ訂正します。

(※さらに追記)
 高裁判決をざっと読むと、結論としては、妻に対して714条に基づいて責任を認定し、709条に基づく責任を否定しています。
一審判決と法律構成が変わったようです。

(※さらにさらに追記)
最高裁判決が出ました。
妻も長男も損害賠償責任を負わないとして、請求が棄却されました。
→「成年後見人の監督義務(名古屋の認知症患者の列車衝突事故に関する最高裁判決を踏まえて)

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