司法書士の岡川です。
今日のテーマは「信義誠実の原則」です。
略して、「信義則」といいます。
法学の初学者や、教養として法律を学んだ方は、おそらく、民法の規定として理解されていることでしょう。
民法1条2項には、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と規定されています。
なお、この信義則を含む、民法1条の規定を「一般条項」といいます。
一般的・抽象的な基本原則を定めたもので、1項は、「私権は、公共の福祉に適合しなければならない。」と公共の福祉について定め、3項は、「権利の濫用は、これを許さない。」と権利濫用について定めています。
何か法律上の問題が生じた場合、その種の紛争のために用意された具体的に規定されている個別の条項が適用されるのが基本です。
しかし、事案によっては、個別の規定では対処できないようなとき(規定が存在しなかったり、直接その規定を文言通り適用したのでは不当な結論になる場合など)、広く一般的に妥当する原則に立ち戻って判断することになります。
その時に「戻ってくる場所」が、「一般条項」です。
一般条項は、法令の解釈の基準になったり、あるいは、直接一般条項を適用したりしますが、規定が抽象的で漠然としているので、いきなり一般条項から検討するようなことはしません。
そんなことしたら、何のための個別の規定なんだ、ってことになりますからね。
さて、そんな一般条項のひとつ「信義誠実の原則」ですが、文字通り、「信義に従い誠実に行わなければならない」というものです。
義務の履行だけでなく、権利の行使についても、信義誠実が求められます(信義則違反の権利行使は、権利濫用も問題になってきます)。
信義則の下では、具体的な事情の下で、相手方に対して持つであろう正当な期待や信頼は裏切ってはなりません。
具体的に、信義則によって認められた法理としては、例えば次のようなものがあります。
消滅時効の期間が経過た場合に、債務者がそのことを知らないで、債権者に「きちんと支払います」と約束した場合、あとから「あ、時効完成してたわ。やっぱ払わないでいいよね」とか言い出すことは、信義則違反とされます。
時効の援用権は期間の経過によって生じたんだけども、それを行使しない(債務を弁済する)と言った以上は、信義則上、後から「やっぱ時効援用する」ということはできない、というこの法理を「援用権の喪失」といいます。
他には、契約交渉段階において、相手方に重要な事項を説明すべき「信義則上の説明義務」が課せられたり、契約交渉が煮詰まった段階でいきなり交渉を破棄するような行為が信義則に違反するとなれば、それによって損害賠償責任を負うことになります。
このように、自分の利益だけを考えた行動をとり、相手に損害を与えたりすることは許されないのです。
ところで、信義則というのは、民法(私法上の法律関係)においてのみ妥当する原則ではなく、手続法上もやはり妥当します。
民事訴訟法2上には、訴訟法上の信義則として「当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない」と規定されています。
同様の規定は、同じく手続法の非訟事件手続法や家事事件手続法にも存在します。
この規定は民事訴訟法の改正(新法制定)によって新設されたものですが、従来から判例で、訴訟追行上も信義則が妥当すると解されていました。
自己の権利を実現すべく争う法廷においても、相手方の利益をも尊重しなければならないということが宣言されているわけです。
「私的自治の原則」とか「契約自由の原則」があるからといって、自分の好き勝手にやっていいというわけではなく、信義に従い誠実に行動しなければいけません。
法律というのは、少なくとも建前上は「やったもん勝ち」を認めていないということですね。
では、今日はこの辺で。
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