元プロボクサーで法科大学院生の男が、弁護士事務所に押し入って弁護士を殴り、枝切りバサミで性器を切断したという事件が報道されています。
事件の括りとしては単なる「傷害事件」ですが、その内容は想像したくもない凄惨なものです。
事件の背景に何があったのか分かりませんが、許されざる凶行であることは間違いありません。
詳しい情報も出てきていませんし、内容について論評するほど社会的な影響のある事件でもなさそうですが、少し気になったのが、この犯人の法的責任のところです。
とある弁護士の見立てによれば、
「刑事事件としては傷害罪で懲役3~5年、執行猶予もあり得ます。民事事件としては損害賠償700万円程度、慰謝料を含め1000万円程度じゃないですか」
とのことです。
うーん、それはちょっと軽すぎませんかね?
刑事事件の量刑相場についてはそれほど詳しくないのですが、感覚的には回復不能な傷害を負わせて執行猶予というのは軽すぎるように思います(なお、執行猶予が付くということは、懲役3年以下ということです。)。
もっとも、量刑相場は、一般的に感覚的なものより軽いことが多いので、実際にはそんなものかもしれません。
他方、民事責任が損害賠償額1000万円というのは、どうでしょうか。
少し検討してみましょう。
なお、これ以下は、事案の性質上、色々と直接的な表現が含まれますので、ご注意ください。
また、あくまでも一般論として検証するものであり、今回の事件で実際にいくらの賠償額になるかを算定できるわけではないのでご了承ください。
さて、「性器を切断」したということなので、これは後遺障害が残存していることになると思われます。
労災や交通事故で用いられる障害の系列でいえば、外生殖器は「胸腹部臓器」の系列に含まれます(障害の系列については、事務所サイト内の「障害の系列」を参照)。
故意の不法行為の場合も、損害項目については交通事故の場合と基本的には同じように考えることができるので、「後遺障害による損害」が生じていることになります。
後遺障害による損害は、慰謝料と逸失利益です。
これを算定するには、後遺障害等級何級に相当するのかをまず判定しなければいけません(等級認定の詳細については、事務所サイト「後遺障害等級の認定基準」を参照)。
そこで「性器の切断」ですが、「どこから切断されたか」が重要です。
例えば、陰茎部分を切断したということであれば、「陰茎の大部分を欠損したもの」ということができます。
これは、「生殖機能に著しい障害を残すもの」にあたり、自賠法における後遺障害等級9級17号(労災保険法における9級12号)の「生殖器に著しい障害を残すもの」に該当します。
自賠責基準でも、9級の後遺障害慰謝料は245万円です。
裁判基準でいけば、600~700万円程度になります。
逸失利益は、9級の労働能力喪失率が35%です。
被害者は42歳であり、67歳まで25年なので、ライプニッツ係数は14.094。
仮に被害者の年収が1000万円とすれば、
1000万×0.35×14.094=49,329,000円
逸失利益だけで約5000万円ですね。
これに、先ほどの後遺障害慰謝料のほか、治療費、傷害慰謝料、休業損害、といったものを加えると、軽く6000万円は超えそうです。
もし、陰茎部分のみならず、外生殖器の根元からざっくり切り取られていた場合は、「両側の睾丸を失ったもの」になり、これは自賠法における後遺障害等級7級13号(労災保険でも同じ)に該当します。
7級の後遺障害慰謝料は、自賠責基準で409万円、裁判基準だと1000万円程度です。
7級の労働能力喪失率は56%なので、逸失利益を計算すると、
1000万×0.56×14.094=78,926,400円
となります。
慰謝料やらなんやらを含めた損害賠償総額は、1億円近くになりそうですね。
ただし、逸失利益は、実際に労働能力を喪失したことによる減収を補填する損害項目です。
生殖器の喪失が直ちに減収につながるか、というと、これは裁判例では消極的に判断されています。
なので、結論的には、逸失利益の部分については否定されて、上記の金額からは大幅に下がる可能性が高い。
もっとも、逸失利益が否定される代わりに慰謝料額が増額される可能性は十分あります。
また、故意の傷害事件ですから、慰謝料などは、交通事故の場合の基準である上記の額よりも上乗せされることも考えられます。
そうすると、慰謝料はどれくらいですかね。
3割増しくらいにはなりますかね?
傷害慰謝料は、200万円程度だとして、これに3割増しした後遺障害慰謝料を加算すると、慰謝料部分は、ざっくり計算で、
9級だとすれば1100万円くらい
7級だとすれば1500万円くらい
が妥当なところでしょうか?
これに治療費とか休業損害とかも合わせれば、1500~2000万円くらいになるかもしれません。
ただ、交通事故の場合と違って、加害者側の賠償責任保険金が支払われることがありません。
そうなれば、損害額が1000万円だろうが1億円だろうが、被害者としては、加害者から賠償金を回収することは非常に困難でしょう。
基本的には、自身が加入する傷害保険等で補填することになると思われます。
あとは、犯罪被害者給付金の障害給付金を申請すれば、いくらかもらえる可能性がありますが…。
1億円の損害を負いながら加害者にお金が無いから賠償してもらえなくて、しかも犯人が執行猶予になったりしたら、被害者としてはやるせないですね。
犯罪被害者の救済制度の充実が望まれるところです。
では、今日はこの辺で。
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