司法書士の岡川です。
こんな記事を見つけました。
やたらと長い(上に内容が間違っている)ので全部は読まなくても良いと思いますが、要旨は、税理士が経験した「死亡した男の実子と後妻との間の相続トラブル」というよくある話です。
ある人(被相続人)が配偶者と離婚や死別した後に再婚すれば、当然、その再婚相手は被相続人の法定相続人となります。
そして、被相続人に(前の配偶者との間で)子がいれば、その子らも法定相続人です。
このとき、被相続人が死亡したら、「被相続人の子」と「被相続人の再婚相手」が共同相続人として遺産分割協議をしなければなりません。
しかも、比較的若いときに再婚した場合のように、必ずしも再婚相手と夫婦関係(あるいは事実婚状態)がそれなりの期間続いているとは限りません。
再婚相手の相続分は婚姻期間とは無関係ですから、被相続人が死ぬ直前に出会った相手と再婚した場合など、数か月程度の婚姻関係であっても、遺産の半分がその再婚相手のものになります。
相続関係をきちんと理解したうえで、確たる意思を持って行動しなければ、これは本当にトラブルのもとです。
という前提知識をふまえて、上記の記事では、まさにそういう状況になります。
(「レスラーさん」というのが被相続人)
私はすぐにレスラーさんに電話をかけた。「おお、先生。久しぶりだね」レスラーさんは元気にそう答えた。挨拶もそこそこに、私は早速再婚の件について聞いた。
「早耳だなあ、先生。相続のことが気になって電話してきたんだろう? その点は大丈夫だよ」「大丈夫というと?」「新しいカミさんには相続を放棄してもらったんだよ。たまたま相続を専門でやっている弁護士さんがいたので、その書類も作った。だから問題ない」レスラーさんはそう言った。
(中略)
子どもたちともめてしまう可能性を未然に防ぐため、再婚相手に相続を放棄してもらったというわけだ。
んん?
日本の法律では、生前に相続を放棄する方法は存在しません。
したがって、いくら「相続を専門でやっている弁護士」といえども、「生前に相続を放棄してもらう書類」など作成しようがない。
そんなもの作成しても法的な効力はありません(せいぜい紳士協定程度の意味しか持ちません)。
本当に後妻に相続させないようにするには、遺言書を作成するしかありません(それでも遺留分の問題がありますが)。
この時点で、「レスラーさん」が嘘をついているか、何か完全に勘違いをしていることが分かります。
しかし、この税理士はそこに全く疑問を持つことなくスルーしたようです。
続く文中で、書類の不備を確認しようとしたらしいことが書かれていますが、不備とかそういう問題ではありません。
そもそも生前に相続放棄をしたということ自体があり得ないのです。
さて、「レスラーさん」が死亡し、案の定、相続問題で「レスラーさん」の子らと後妻が揉めたようです。
だが、その揉め方がおかしい。
「わかった。すぐに調べてみる」私はそう言って電話を切り、弁護士に電話をかけた。相続放棄がどうなっているか確認しなければならなかった。
「ああ、レスラーさんの件ね。相続放棄の契約があるんですが、あれはダメ。通らないんですよ」「通らない。つまり無効ということですか?」「ええ。事前に契約を交わしているのですが、相続財産の額に嘘があったんです。実際の相続財産の額が本人の申告とかけ離れているんです」
弁護士によると、再婚相手と相続放棄の契約をしたときにレスラーさんは全財産が1000万円ほどだと言ったようだ。しかし、預貯金、土地、建物を合算してみると、実際には約5000万円の財産があった。
(中略)
「全財産が2000万円くらいだったなら夫人も文句なかったんでしょうけど、申告の額の5倍ですからね。これはダメでしょう」弁護士が言う。「そうですね」私はそう返し、電話を切った。
いやいやいや。
生前に相続放棄契約をしても効力はありませんから、この場合、相続財産の額に嘘があったかどうかは関係ありません。
仮に、本当に1000万円しかなかったとしても、その相続放棄契約なるものは当然に無効です。
だから弁護士がそのような話をするわけがありません。
というわけで、この記事は、論点が無茶苦茶ということが分かります。
弁護士が生前に相続放棄契約を作成することはないし、契約前に後妻に伝えた財産額に虚偽があったことが問題なわけじゃないからです。
これでは何の教訓にもなりません。
「いずれにしても、契約ごとの間違いや?は、契約そのものを白紙にする可能性を持つ。そのせいでトラブルが起きたり、大きくなったりするのだ。」とありますが、本件の問題点はそこではありません。
生前に相続放棄をしたという話を信じたことが間違いなのです。
記事中にも書かれていますが、この件でトラブルを避ける唯一の方法は、遺言書を作成することしかありません。
もっとも、仮に遺言書を作成したところで、後妻の遺留分を侵害することはできませんから、遺留分相当額(この場合遺産の1/4)は後妻のものとなります。
なお、生前に、配偶者の遺留分も排除する方法として、生前に遺留分を放棄するという方法はあります。
ただし生前の遺留分放棄は、家庭裁判所に申立てをして家庭裁判所が許可しなければ効力が生じません。
申立てをするだけで良いというものではなく、遺留分に相当する財産を生前に受け取っているなど、予め遺留分放棄をする合理的な理由がなければ、家庭裁判所も許可しません。
結局、何らかの財産が後妻にいくことは避けられないということです。
このように、結婚は自由ですが、結婚により相続関係は確実に複雑化します。
生前に一筆書いておけば済む話でもありません。
親子関係が良好で「遺産は子に残したい」と考える人もいるでしょうし、あるいは逆に、親子関係が悪くて「遺産は子に残したくない」と考える人もいると思います。
どっちにしても、きちんと専門家に相談して対策をしましょう。
では、今日はこの辺で。
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