司法書士の岡川です。
お笑い芸人キングコングの西野亮廣さんという方がおられるんですけどね。
今は絵本作家やったり、オンラインサロンやったり、最近では、自身の絵本を映画化した「映画えんとつ町のプペル」という作品が話題を呼んでいたりしますね。
私自身は、絵本は買ってないし映画も見てないし、もちろんオンラインサロンにも入っていませんが、何か色々頑張っている人(のうちの1人)という認識ではあるので、ぼんやりと外野から眺めているところです。
まあとにかく多方面で活躍されているので詳しくはWikipediaでも読んでもらったらいいと思うんですが、今日はその西野さん(あるいは、その周辺)で起こっている「マルチ商法」疑惑?批判?について、ツイッター等で話題になっていたので触れてみようと思います。
西野さんは、オンラインサロンという、有料会員を集めて仲間内で色んな事をやっているようです。
サロンメンバーは、基本的に西野さんのビジネス論やら思想やら生き様やら、まあ何かしらに興味なり関心をもって集まっている方々です。
傍から見たら、西野さんを崇拝している集団のように見えるらしく、宗教だとか詐欺師だとか批判(揶揄?中傷?)されることもあるようですが、個人的に「なんか皆さん楽しそうに頑張ってるなぁ」くらいにしか思っておりませんので、西野さんの活動全体に対する評価はとりあえず置いときましょう。
で、今回の話題なんですけど、そのサロンメンバーに、「えんとつ町のプペルの映画チケットと台本をセットで買い取ったうえで自由な価格設定で販売する権利」を売ってたみたいなんですよね。
サロンメンバーは1セット約3,000円で購入し、あとはそれを3,500円で売っても4,000円で売ってもよい。
その差額がサロンメンバーの利益(小遣い)になるという仕組みだそうです。
まあ、3,000円とか30,000円とかを身内でワイワイ楽しく売り捌いている分には良かったんでしょうけど、その中から
「無職が失業保険使ってチケット台本を80セット(約24万)買った」
(で、結局売れなかった)
とかいう、まあまあインパクトのある話題が表に出てきちゃった(実際には、何か月も前の話なのですが、誰かが見つけて表面化したのが最近のようです)もんだから、おいコラ西野それはマルチ商法やろ…という批判がネット上で噴出。
「会員に儲け話をして(再販のための)物を売りつける」…これがマルチ商法の手法だということでプチ炎上中なわけです。
でも待ってほしい。
西野さんはマルチ商法はしてないから!
あー…これまあ別に西野さんを擁護してるとかそういうことではなく、もっといえばこのビジネス(?)が良いとか悪いとかも含意しない、純粋に「これはマルチ商法じゃない」という、それ以上でもそれ以下でもない話ではあるんですが。
どういうことかというとですね。
「マルチ商法」ってのは別に、怪しげなビジネスやら悪徳商法の総称ではありません。
そもそも悪徳かどうかも問わず(悪質な場合が多いですが、マルチ商法自体は一応合法です)、一定の手法の商法を意味する言葉です。
あくまでも、「マルチ」の仕組みの商法をマルチ商法というのです。
じゃあ「マルチ」って何かというと、「multi-level」のマルチです。
日本語にすると「多層」とか「重層」とかいう意味ですね。
法的には「連鎖販売取引」や、あるいはもっと露骨に違法な「無限連鎖講」がこれに該当します。
無限連鎖講というのは、平たく言えば「ねずみ講」です。
これでいうと、「連鎖」が「マルチ」に相当する日本語です。
では、何が「多層」やら「連鎖」なのかというと、その組織の会員(加入者や販売者)です。
マルチ商法は、AさんがBさんを勧誘し、BさんがCさんを勧誘し、CさんはDさんを勧誘する…というふうに、連鎖的に販売員を増やしていくものを指します。
このとき、CさんがDさんを加入させて利益を得れば、その利益の一部を、Cさんを勧誘したBさんも得ることができ、さらにBさんの利益の一部を、Bさんを勧誘したAさんも得ることができる、というふうに、上位の階層の人が下位の階層の人の売上に応じて利益を得る仕組みです。
要するに、「誰か他の人を会員に引き込めば、その人の利益の一部があなたのものになる」として物を売りつける(と同時に相手を会員とする)販売手法をマルチ商法といいます。
「物」を売るのではなく、「物を売る人」を連鎖販売組織内に引き込むことにより利益を出すということがマルチの本質的特徴です。
この構造では、自分よりさらに下層で「物を売る人」を大量に増やさなければ利益が出ない(その下層の人も、さらに自分より下層の販売者を増やさなければならない)ばかりか、そう簡単に自分より下層の会員を増やすことはできませんから、現実的には利益を出すことが極めて困難です。
なので悪質商法になり易く、法律で規制されているわけです。
特定商取引法で規定された法律用語としての連鎖販売取引は、もう少し厳密に定義されるのですが、いずれにせよポイントは、単に「会員に再販用の物を売る」というだけでマルチ商法になるわけではないということです。
単に再販目的で物品を売っただけでマルチ商法になるなら、卸売業者は全員マルチ商法をやってることになってしまいます。
しかし、卸売業者から品物を購入した小売業者は、単にその品物をお客に転売してその差益で儲けているわけで、別に客を連鎖販売組織の会員に勧誘するわけじゃないですから、これはマルチの仕組みではないわけです。
特定商取引法でも、最終消費者に再販することを目的として、その者(再販する人)に物を売る行為は、連鎖販売取引には該当しません。
さて、映画チケットの件ですが、運営側は、再販用として会員にチケットを販売しています。
ここで会員がチケットを販売(再販)する先は、最終消費者(映画を見に行きたい人)が想定されているようです。
例えば「会員が『誰か』をオンラインサロンの会員に勧誘してチケットを再販し、その『誰か』が『さらに他の誰か』にチケットをさらに転売して利益を出せば、その売上の一部が売った会員に還流してくる」という仕組みであれば、これはマルチ商法ですが、そういうわけではなさそうです。
となると、ここに「マルチ」要素が全くなく、ただ「全部売り切るのが難しい量の商品を、会員に売っただけ」という「マルチ商法以外の何か」です。
チケットを売りきれば純粋に差益で儲かるし、売れなければ在庫抱えて損をするという単純な話なわけです。
まあ強いて言えば、近いのは「代理店商法」あたりかな、と思ったりしますが、典型的な代理店商法(代理店登録料を吸い取られる仕組み)とも異なります。
そう考えると、本当に一番近いのは、「タピオカブームに乗っかって、販売ルートも確保せずに転売目的で大量にタピオカを購入した人が在庫抱えてる」というような話なのかなと。
てなわけで繰り返しますが、西野さんは「マルチ商法は」してない!
でまあ、先に述べたとおり、この記事は「マルチ商法じゃない」という、ただそれを言いたかっただけなので、じゃあこのビジネス手法が良いのか悪いのかというところまで論評するものではありません。
サロン内でどういう勧誘が行われたのかも知りませんし。
もしかしたら、「マルチ商法なんて生ぬるいものではなく、もっと悪質な何かだ!」という話かもしれないし、「新しい収益モデルを作ってスゲー」って話かもしれない。
そこは今のところ中立です。
いずれにせよ、短絡的に「何か怪しい。これはマルチだ!」と批判するのではなく、何がどう問題なのかを冷静に分析する姿勢が大切です。
「悪質商法=マルチ商法」というような考えをしていると、逆にマルチっぽさが全くないスキームを紹介されたときに、「マルチじゃない」というだけで、別の悪質商法に引っかかる危険もありますから注意しましょう。
あと本件の教訓として、そもそも、自分自身に独自の販売ルートも人脈も特殊な能力もないなら、安易に奇抜なビジネスで儲けようとは思わないことです。
では、今日はこの辺で。
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