2013年5月10日金曜日

痴漢サイトなりすまし事件

こんにちは、司法書士の岡川です。

事件名これでいいのかわかりませんが、珍しい事件がありました。

「なりすまし?ネットの「痴漢募集」で男2人が…」(読売新聞)

痴漢を呼びかけるインターネットの掲示板を見て、電車内で女性の体を触ったとして、和歌山県警和歌山東署は8日、大阪府岸和田市の介護福祉士小川雅矢容疑者(26)を強制わいせつ容疑で現行犯逮捕したと発表した。小川容疑者は「体を触ってもいいという女性の書き込みを見てやった」と容疑を認めている。
(中略)
女性は身に覚えがないと話しており、同署はなりすました人物がいるとみて特定を急いでいる。掲示板は近畿地方の路線を走る電車内やネットカフェで痴漢を呼びかけるサイト。同23日以降、「痴漢してくれる人いませんか」という書き込みとともに、日時や乗車する車両、服装などの女性の特徴が詳しく記されていたという。


要するに、特定の女性乗客(A)になりすました第三者(B)が、「私(A)を痴漢してください」と呼びかけ、それに応じてAを痴漢した男が逮捕された…という事件です。

インターネット上にはありとあらゆるマニアックなものがゴロゴロしているわけで、痴漢したい人とされたい人が交流する掲示板があったところで、別に全く驚きはないのですが、これが悪用されて(そもそもこの種のサイトを善用できるのかという疑問はありますが)、一般人が被害を受けてしまったという事件です。


ところで、この事件を皆さんはどう見ますか。
ややこしいので、ひとまず「そもそも、公共の電車内でそんな“痴漢プレイ”なんかをやること自体が犯罪(迷惑防止条例違反、公然わいせつ)だろう」という点は無視しましょう。


ちなみにどうでもいいことですが、実は、私の大学時代の研究テーマ(故意論、錯誤論、構成要件論とかその周辺)と半分くらい被っているので、見過ごせない事件でもあります。


どうでもいい情報はさておき、この加害者は、「痴漢してください」という求めに応じて痴漢したわけですが、これは犯罪(強制わいせつ罪)が成立するでしょうか。

犯罪というのは、他人の法益(法的に保護される利益)を侵害したときに成立します。
傷害罪なら「身体」、窃盗罪なら「財産」が侵害されているわけですね。

したがって、一般的に、被害者が処分可能な法益に関して、被害者が同意を与えた場合、犯罪は成立しません。


例えば、私が自宅に誰かを招き入れたときに、客が玄関扉をくぐった瞬間、警察が飛んできて住居侵入罪で客を連れていくなんてありえません。
勝手に人の家に入ったら犯罪ですけど、その家の人が同意していたら犯罪は成立しえないのです。

あるいは、公衆に対してやたらと健康状態を大声で訪ねることが日課の男がいるとして、その男のファンが自らの左頬を平手で殴るよう男に求めた場合、その男がファンを殴った瞬間警察が出てきて暴行罪で男を引っ張っていくようなことはありません。
何が嬉しいのか理解できませんが、殴ってもらいたい人が殴ってもらう自由はあるのです。
(殺してもらいたい人が殺してもらう自由に関しては、制限されています)

これと同じことで、「わいせつな行為」について、それをされる側が同意していたら強制わいせつ罪は成立しません。
どういう行為をしてもらうかは、基本的には、される側の自由なのです。
(ただし、未成年者については例外なので注意。)

仮に、本当に「痴漢プレイ」を望んでいた女性が痴漢されたのであれば、今回の加害者は、少なくとも強制わいせつ罪に問われることはありませんでした。
これをちょっと専門的にいうと、「強制わいせつ罪の構成要件該当性が阻却される」ということになります。


問題は、この被害女性が「わいせつ行為」に全く同意していなかった点。
加害者側の認識はどうあれ、被害者からしてみれば純粋な強制わいせつ行為の被害以外の何物でもないわけです。

ただ、今回の事件では、もうひとつ重要な要素があり、それが「加害者が『被害者の同意』の存在を誤信していた」という点です。

被害者の同意はないので、「そもそも強制わいせつ行為じゃない」とはいえません。
しかし、少なくとも「『強制わいせつ罪に該当する事実』の認識(故意)はなかった」という主張が可能になります。


強制わいせつ罪は故意犯ですので、故意がなければ犯罪が成立しません(「故意犯処罰の原則」)。
なので、被害者の同意を誤信していた場合、結果的に強制わいせつ罪の成立が否定されることになります。

(↓※若干専門的なので読み飛ばし可↓)
考え方にもよりますが、強制わいせつ罪における「被害者の同意」は一般的には構成要件該当性阻却事由だと解されます。同意がある以上、そもそも強制わいせつ行為の類型に当てはまらないからです。
したがって、構成要件該当事実に関する認識の問題ですので、違法性阻却事由の錯誤ではなく、構成要件的錯誤の問題になります。
もし「構成要件的故意」「責任故意」という二段階の故意の存在を認めるのであれば、構成要件的故意が阻却されるかどうかの問題です。
(↑※ここまで読み飛ばし可↑)


今回の事件は非常に特殊で、かなり明確に「被害者の同意」が表明されているんですね(第三者による嘘の同意だったわけですが)。
ここからは事実認定の問題ではありますが、必ずしも「被害者の同意を誤信したとはいえない(=故意は認められる)」とはいいきれないように思います。
なので、故意の成立について、慎重に検討する必要があります。


ところが、ここで書いたような話は全部すっ飛ばして、書き込みを見て痴漢したという点は強制わいせつ罪の成立に影響はないというふうに断言している弁護士のコメントが朝のテレビ番組(とくダネ)で出てたんですけど、非常に疑問。

これが編集上の問題なのか何なのかはわかりませんが、少なくとも、故意阻却の可能性(結果的にされない可能性が高くても)については触れるべきであって、そこに触れないと、本件のコメントとしては何の価値もないと思いました。


ちなみに、この加害者、民事上は不法行為責任を負う可能性があることは言うまでもありません。
さすがに過失は認められるでしょう。
それから、最初に無視を宣言した、強制わいせつ罪以外の犯罪についても成立の可能性があります。



他方、書き込みをした人物については何罪が成立するのか。
いろいろ面白い論点がありそうです。


…ちょっと長くなりすぎたので、今日はこの辺で。
(なりすました人物の罪責の検討は明日するかもしれません。)

(追記)→こちらの記事で検討しました。

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