2013年10月23日水曜日

覚醒剤密輸を「知らなくても有罪」?

司法書士の岡川です。

今日、こういうニュースがありました。

覚醒剤運搬役「知らなかった」でも有罪…最高裁(読売新聞)

覚醒剤密輸の「運搬役」として覚醒剤取締法違反に問われた英国籍のロバート・ジョフリー・ソウヤー被告(56)について、最高裁第1小法廷(横田尤孝(ともゆき)裁判長)は21日の決定で、「覚醒剤が入った荷物の運搬を委託された者は、特段の事情がない限り、密輸組織の指示を受けたと認定すべきだ」との判断を示し、被告の上告を棄却した。

記事の検討に入る前に、まず、このタイトルどう思いますか?
私は、一瞬「そんな馬鹿なことが!?」と思いましたが、実際、そんな馬鹿なことはありませんでした。


覚醒剤取締法違反は、故意犯です。
なので、知らなかった場合に犯罪が成立することはあり得ません。

実際にこの事件でも、最高裁決定は、被告人が覚醒剤を運搬していることを「知らなかった」と認定したわけではありません。
最高裁は、「被告人は、密輸組織の関係者等から、回収方法について必要な指示等を受けた上、本件スーツケースを日本に運搬することの委託を受けていた」と認定しています。

つまり、「知っていて運んだ」という認定なのです。

有罪にする以上、当たり前といえば当たり前の認定なのですが、これを受けて、


「知らなかった」でも有罪


という記事タイトルを付けるのは、ミスリードでしょう。
そりゃ、被告人は「知らなかった」と言っているので間違いじゃないでしょうけど、このタイトルは、

「殺してない」でも有罪
「盗んでない」でも有罪

とかいうタイトルを付けるようなものです。
そんな馬鹿なことがあるか…と。


続いて、記事の中身ですが、決定の要約が、
「覚醒剤が入った荷物の運搬を委託された者は、特段の事情がない限り、密輸組織の指示を受けたと認定すべきだ」
となっていますが、これがセンター試験の国語の文章要約問題だったら、この選択肢を選んだら×ですよ。


最高裁の言ってることは次の通りです。
まず前提として、
運搬者に対し、荷物の回収方法について必要な指示等をした上で覚せい剤が入った荷物の運搬を委託するという密輸方法を採用するのが通常である
つまり、密輸組織は「普通は回収方法を指示して運搬するものだ」としています。
ただ、弁護側がいうように、「運搬者に知らせず、こっそり運ばせる」という手段もないことはないが、そういう手段は、
密輸組織において目的地到着後に運搬者から覚せい剤を確実に回収することができるような特別な事情があるか、あるいは確実に回収することができる措置を別途講じているといった…(中略)…特段の事情がない限り、運搬者は、密輸組織の関係者等から、回収方法について必要な指示等を受けた上、覚せい剤が入った荷物の運搬の委託を受けていたものと認定するのが相当である。
という判断基準を示しています。

これを要約するならば、

「覚醒剤を運んでいた者は、特段の事情がない限り、委託を受けて運んでいたと認定すべきだ」

ということになります。


読売新聞の記事のように「覚醒剤が入った荷物の運搬を委託された者は」という主語だと、ごくごく当たり前のことをいってるだけになります。
つまり、「指示を受けて覚醒剤の運んでいた人は、指示を受けて覚醒剤を運んでいたと認定すべきだ」といっているのと同じことです。

これだと、ちょっと何がいいたいかかわからないですね。
実際には、「覚醒剤が入った荷物の運搬を委託されていたかどうか」が問題になっているのですから。

そして、今回の事件に当てはめると、特段の事情が存在しないので、「委託されていた」と認定したものです。


ここまでは、特に詳しい刑法の知識がなくても、決定を読むだけで正しく記事にできたはずです。
WEB上で日経新聞とNHKの記事が読めますが、どちらも、きちんと要約できています。


さらに、ここからは少し刑法の知識が必要になってきますが、読売新聞の記事は、
ソウヤー被告も1審・千葉地裁で無罪とされた。被告の違法性の認識を立証するのが難しいためだ
と書いてありますが、本件で、「違法性の認識」などは全く問題になっていません。

違法性の認識とは、「(事実の認識を前提として)その事実が違法であるという認識があったか」という問題です。
本件でいうと、例えば「覚醒剤を運ぶことは知っていたが、覚醒剤を運ぶことが法律に違反しているという認識があったか」という問題ですね。

基本的に、違法性の認識が欠けていたとしても犯罪成立には影響しませんので(参照→「法の不知は害する」)、違法性の認識を立証する必要はありません。

刑法学的には、「何か怪しい白い粉を運んでいる認識はあったがそれが覚醒剤とは知らなかったとしたら、故意が認定できるか」といった論点は存在するのですが、そこは今回の争点ではありません。


最高裁決定の中でも、きちんと、
本件の争点は、本件スーツケースの中に覚せい剤を含む違法薬物が収納されていることを被告人が認識していたかどうか(以下、この認識を単に「知情性」という。)にある。
と書いてあるとおり、「事実(事情)」の認識の認定(立証)の問題です。


こんな具合に、読売新聞の記事は、結論だけは正しいのですが、その他の理由付けとか背景とか経緯とかは全部おかしなことになっています。


よみうりの司法記者さん、もうちょっと頑張って!


では、今日はこの辺で。

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